精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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111話 迷宮都市での一幕

 綿毛羊はスプリガンたちをメロメロにした。

 〈ユニット転送〉が実装され樹海の防衛ラインに張り付く必要性がなくなった昨今、自由時間の使い道の選択肢の中に、迷宮で綿毛羊と戯れるという項目が増えた。

 都度シキがスプリガンを転送させる必要があるが、そのくらいお安い御用だ。

 

 ではシキが眠っている夜間はどうしているかというと、従来通り夜勤で防衛するパターンと、オルティエに〈ユニット転送〉を扱える権限を期限付きで譲渡して対応してもらうパターンがある。

 マスターの権利を侵害しないという規定があるため、期限付きでしか権限の譲渡はできないが、シキが寝ている間くらいなら問題なかった。

 

 自由時間にシキと何をするかは、スプリガンたちの要望が最大限に取り入れられている。

 シキを複座に乗せてドライブデートしたり、一緒に訓練をしたり、王都で食べ歩きをしたり。

 

 そして本日シキがお相手するのはアリエだ。

 スプリガンの中で唯一、綿毛羊に懐かれなかった女である。

 あの肉食獣のように眼光鋭いフェリデア(他意はない)でさえ懐かれたというのに、一体彼女の何が悪いのか。

 

 シキに対してはあまり見せないが、割と本気でへこんでいるとオルティエから聞いていた。

 なので慰めも込めていつも以上におもてなしするつもりだった。

 

「それで本当に迷宮探索でいいの?」

 

「いいわよ~。シキくんのことはお姉さんがしっかり守るから、安心してね」

 

 二人はレドーク王国南部、アートリース伯爵領にある迷宮都市ムルザを訪れている。

 スプリガンによる高速飛行と〈ユニット転送〉が組み合わされば、現代地球における航空機よりも便利だった。

 

 ムルザには名前の通り中央に迷宮があり、そこから産出される魔獣の素材、宝物、資源で繁栄した都市である。

 アートリース伯爵は第一王子派に所属しており、経済面で派閥を支えていた。

 

 ムルザを南下するとロシェという小さい街がある。

 更に南に行くと、かつてシキと生みの母親エフェメラが住んでいたカドナ村があるはずだが……。

 

「カドナ村、ですか?」

 

「ロシェより南にある村で、十年前に闇の眷属に襲われた後どうなったか知りたいんです」

 

 ムルザの冒険者ギルドの若い女性職員に聞いてみたシキであったが、彼女は疑問符を浮かべるばかりだ。

 年配の男性職員にも声をかけて聞いてみたが、何も手掛かりは得られなかった。

 

 ただその職員曰く、辺境の小村が魔獣や闇の眷属によって滅ぼされることは珍しくなく、毎年のようにある村が消え、別の場所に新しい村ができているそうだ。

 村の記録を残すのは冒険者ギルドではなく領主の仕事である。

 

 領主の館に行けばわかるかもしれないが、個人的な問い合わせは相手にしてもらえない。

 だからロシェまで行って、カドナ村を知っている人を探した方がよいと教えてくれた。

 

 シキがエンフィールド男爵家の長子だと素性を明かせば、記録を見せてはくれるかもしれないが、カドナ村を調べている理由が説明できない。

 当時のシキは二歳と物心が付く前なのに、何故母親や村の名前を知っているのか、という話だ。

 

「迷宮はやめて村まで行ってみる?」

 

「いや、それは次にして今日は当初の目的通り迷宮に行くよ。ロシェに行ってすぐわかるかも怪しいし……あ、冒険者ギルドで 〈十年前に闇の眷属に襲われたカドナ村のその後を知る者求む〉みたいな依頼ってできます?」

 

 ダメ元で情報提供を求める依頼を出してから、シキとアリエは都市の中心にある迷宮へと向かう。

 エリンとロナンドに聞いた限りだと、樹海の迷宮は普通の迷宮とはかなり違うらしい。

 

「そりゃぁ魔獣らしい魔獣が綿毛羊しかいないからなぁ」

 

「ふんっ、あいつらなんて荷電粒子収束射出装置(ラプソディ)でこんがり焼いてジンギスカンにしちゃえばいいのよ」

 

「塵も残らないね? まぁまぁ、今日は俺がアリエをおもてなしするから機嫌直してよ」

 

「わ~い! お姉さん嬉しい」

 

 アリエは小柄なシキを背後から抱きかかえると、そのまま歩き出した。

 迷宮で成り立っている都市というだけあって、武具屋や宿泊施設がいくつも建ち並び、各種依頼や素材買取をする冒険者ギルドも南北に一つずつ支部があった。

 先ほどシキが訪れたのは北支部である。

 

「ちょ、降ろしてよ」

 

「だめ~。おもてなししてくれるんでしょう?」

 

 体の後ろ半分が柔らかいものに包まれ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 日頃からコアAIたちに抱きつかれたり同衾したりしているので、彼女たちと密着することには慣れていた。

 しかしその様子を他人に見られるとなると話は別だ。

 

 すれ違った中年女性からは生暖かい目で見られ、店先で武器を物色していた冒険者らしき男からは舌打ちと共に殺気の籠った視線が飛んできた。

 もてなす意思に偽りはないので、こうなるともうシキは俯いて我慢するしかない。

 

 鼻歌交じりのアリエに借りてきた猫のように大人しく抱かれ、迷宮の入口まで運ばれる。

 迷宮都市ムルザは中心に向かって緩やかな下り坂になっていた。

 

 都市全体がすり鉢状になっていて、中心に迷宮の入口がある。

 それは垂直に自立した真っ黒な板だった。

 

「ぱっと見はモノリスみたいな入口だね」

 

 アリエに抱えられたままシキが感想を口にする。

 入口は四方を厳重なバリケードに囲まれていて、すぐ傍には兵士が常駐している詰所があった。

 迷宮は常に魔獣が氾濫する可能性を秘めているため、有事に備えるための施設なのだろう。

 

「おい、そこの二人! 冒険者たちの邪魔になるからどきなさい」

 

「あ、俺達も冒険者です。迷宮に入場希望です」

 

「……それなら向こうの列に並びなさい。迷宮の出入りはすべて管理しているのだ」

 

 アリエに抱えられたまま普通に会話してくるシキに戸惑いながらも、兵士は親切に教えてくれた。

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