精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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113話 魔術と魔法

 入口でたむろしていると他の冒険者の邪魔になるということで、親切な先輩冒険者ベンジャミンの案内で〈星屑の迷宮〉第一層を探索する。

 

「ひひっ、見ての通りこの迷宮は同じ大きさの石畳が敷き詰められている。部屋も通路も似たような作りだから迷いやすい。マッパーは必須だが大丈夫か? 筆記用具を持っていないようだが」

 

「えーっと、大丈夫です。記憶力は良い方だから覚えられるので。脳内マップでいけます」

 

 正しくは拡張画面に映るオートマッピングだけどね、とは口に出して言えないので代わりに気になったことをシキは尋ねる。

 

「目印として壁に傷を付けたり、何か物を置いたりしたら駄目なんですか?」

 

「〈星屑の迷宮〉には自動修復機能がある。もしナイフで壁に傷を付けても数時間で元通りだ。物を置いた場合は迷宮に取り込まれる。物には死体も含まれるぜぇ。証拠隠滅にも使われるから、悪い奴に近づかないことだなぁ、ひひっ」

 

 ニタリと悪そうな笑みを浮かべて忠告するベンジャミン。

 他にも用事もないのに別のパーティーに接近しない。

 助太刀する場合でも一声かけてからといった、迷宮でのマナーについても教わった。

 

「次に魔獣だが……丁度良いのが来たな」

 

 二つ目の小部屋に入ったところで、ベンジャミンの視線が先の通路へと向けられる。

 薄暗い通路から現れたのは、小柄な人影が二つ。

 

 大人の腰くらいまでの高さで、爪の生えた手足は細いが胴体は丸く腹が膨れている。

 背中には蝙蝠のような小さい羽を生やし、額からは短い角、口からは牙が覗いていた。

 

 手には大きな鉈のようなものを持ち、それが重いのか体を左右に揺らしながら近づいてくる。

 全身が金属が錆びて風化したような青銅色のため、動いていなければただの彫像に見えたかもしれない。

 

「あれはインプ(小悪鬼)だ。試しに戦ってみるか?」

 

「わかりました。アリエ、一体ずつ受け持とうか」

 

「りょうか~い」

 

 シキとアリエはお互いに腰に下げていた得物を抜き放つ。

 ショートソードとメイスだ。

 

 未成年で小柄なシキが扱うには、ショートソードは丁度良い長さであった。

 大人でいうところのロングソードくらいの使用感だ。

 

 インプは威嚇の声を上げるでもなく無言だが、足を引きずるようにして歩いているので、石畳と擦れてガリガリと音を立てている。

 その音が止まったかと思うと、一足飛びでシキへと襲い掛かってきた。

 

 シキの体内に取り込まれているナノマシンがシキの脳内分泌に作用し、体感時間が大幅に加速すると、インプの動きがスローモーションになる。

 真っすぐ振り下ろされた鉈を半身になって躱す。

 

 鉈は石畳に激突し、砕けた石畳の破片が周囲に飛び散った。

 追撃を警戒して身構えていたが、振り下ろした姿勢のままインプは硬直して動く様子がないので反撃に出る。

 

 鉈を握る右腕の肘目掛けてショートソードを振るうと、インプの骨張った肘関節に刃が食い込む。

 金属同士が削り合うような鈍い手応えがあったが、それも一瞬のことだ。

 肘を切断されたインプはバランスを崩してその場に転倒した。

 

 特に痛痒も感じていないのかインプはゆっくり立ち上がると、鉈は拾わずに自前の牙と爪を武器にしてシキへと襲い掛かる。

 しかし鉈が失われた今、ショートソードを持つシキのほうがリーチは長い。

 

 シキが真正面から袈裟斬りにすると、インプの牙と爪が届く前に頭と胴体の右半分がずり落ちる。

 切断面は外見と変わらず青銅色の金属のようなものが詰まっていて、血や臓物が零れることはない。

 

 この様子だと頭部に生物の中枢器官である脳味噌があるわけでもなさそうだが、インプの活動限界は超えていたようだ。

 胴体の落下から少し間を置いて、下半身がゆっくりと後ろに倒れると動かなくなった。

 

 さて、アリエのほうはどうだろう。

 そう思ったシキが視線を巡らせようとした瞬間、ばかん、と何かが破裂するような大きな音が響いた。

 

 音のする方へ振り向くと、アリエが何故かメイスを両手で持ちフルスイングしたポーズで止まっている。

 シキにはもうメイスが野球のバットにしか見えなかった。

 

 ボール扱いされたインプは壁の高い位置まで弾き飛ばされ、貼り付いている。

 メイスの打撃と壁に衝突した衝撃で、全身が脆い陶器のようにひび割れていた。

 

 そしてずりずりと壁伝いに床まで落ちると、粉々になってしまう。

 この結果に色めき立ったのはベンジャミンたちだ。

 

「おいおい……これはとんでもない大型新人が現れたんじゃないか」

 

「あー、アリエは凄いですよね」

 

「ひひっ。いやシキ、お前も凄いぞ。まだ未成年だよな? インプをほぼ一撃で倒すなんて、さっきのひよっこ共でも無理だぜぇ。複数で囲んで手痛い反撃を食らう前に仕留めるのが新人の鉄則だが、お前らなら二人だけでも第四層までは行けるかもしれん。いったいどれだけ強力な加護を……おっとすまん。詮索はマナー違反だったな。さて、話を戻してインプを見てみろ」

 

 ベンジャミンが指差すと既に変化は起きていた。

 インプの死骸は空気に溶けるようにして消えてしまったのだ。

 

「えっ、消えた!?」

 

 アリエが自分のメイスとシキを交互に見る。

 謝って Break off Online の武器で倒してしまい、CR(クレジット)に変換してしまったのかと慌てていた。

 

 シキも拡張画面上のCR総額を確認したが、増えてはいない……はずだ。

 正直言ってインプを倒す前の総額を覚えていないが。

 

『マスター、CR獲得はしていません』

 

 どこからともなくオルティエの声が聞こえてくる。

 アリエとの迷宮デートの間は気を利かせて姿を隠していた。

 その報告にシキとアリエの両名がほっとしているところに、ベンジャミンの説明が入る。

 

「急に消えてびっくりしただろう。ひひっ。このインプは迷宮特有の魔獣で魔法生物と呼ばれている。全身が魔素で作られていて、迷宮の中でしか活動できない。そして倒されると魔素に戻って空気中に消えちまう」

 

「てことは倒しても素材が手に入らないから、倒すだけ無駄なんですか?」

 

「いや、稀に魔素の結晶である魔石を落とす。魔石は普通の魔獣からも採れることがあるが、魔法生物のほうが純度が高いと言われている。まぁ第一層のインプの魔石程度じゃたかが知れてるがな。何故魔術生物じゃなくて魔法生物と呼ばれているかわかるか?」

 

『マスター、魔術と魔法の違いについては王城でスキャンした書物の中に記載があり―――』

 

 残念ながらオルティエの声はシキとアリエにしか聞こえないので、ベンジャミンの解説は止まらない。

 

「簡単に言うと魔素を用いて事象を操る術、それが魔術だ。その一方で事象そのもの、法則を変えてしまうのが魔法だ。魔法生物は魔素の法則を改竄して作られていて、当然人が再現できる領域にはない。魔法は神の領域なんだぜぇ」

 

「神の領域……」

 

 それは少し前のエリンとの会話でも感じた、印象的な言葉だった。

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