精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「あ、あれ。僕は……」
「グリク! よかったぁぁぁぁ」
グリクが意識を取り戻すと、目の前に大泣きしているナーヤの顔がある。
どんなに辛いことがあっても、いつも笑っていたナーヤがわんわんと泣いていた。
ぼんやりと直前の記憶を思い出す。
ナーヤを庇って
激痛と出血で急速に意識が混濁し、あ、これは死んだなとグリクは悟ったのだが……。
「ナーヤが治してくれたの?」
「うああああぁぁぁぁぁぁ」
二人とも血まみれで、体の下も真っ赤になっていた。
治癒魔術は傷口を塞ぐが、失われた血液までは元に戻らないと聞いている。
これだけの大量出血なのに失血死せず、ナーヤの初歩的な治癒魔術だけで治るものなのだろうか?
それを尋ねたかったのだが、ナーヤはこちらに抱きついて大泣きするばかり。
ここまで取り乱した幼馴染を見るのは初めてで、グリクは困惑していた。
「十字路を真っすぐ進んだ先に安全地帯があります。一旦そこに退避しましょう」
知らない声が聞こえて、ようやく自分たち以外の人がいることに気が付く。
冷静に考えればそうだろう。
グリクたちだけでは間違いなく全滅していた。
声の主は黒髪の幼い少年で、どこかで見覚えがあるなとぼんやり見ていたが、隣に立つ美女を見て思い出す。
迷宮の入口ですれ違った、商人か貴族と思われる人たちだ。
「君、大丈夫? もう立てる?」
「は、はい。大丈夫です……とと」
「ほらほら、女の子はちゃんと支えてあげないと駄目よ」
グリクは立ち上がろうとしたが、ナーヤが抱き着いたままだったのでよろけてしまう。
美女はこちらが血まみれにも関わらずグリクの肩を掴んで支えてくれた。
その手は柔らかいのに力強い、不思議な感覚だった。
彼らが何者なのかは気になるが(美女も二人増えているし……)、安全な場所へ移動するのが先だろう。
「ナーヤ、歩ける?」
「………うん」
ようやく泣きやみすっかりしおらしくなったナーヤの手を引いて、安全地帯へと移動する。
そこは二つの扉で仕切られた大部屋で、八人全員が入ってもゆとりがあった。
部屋の中央には噴水があり、綺麗な水が
ここは通称〈泉〉と呼ばれていて、グリクたちが目指していた第二層の中間地点で安全地帯でもある場所であった。
「し、死ぬかと思った」
「ふにゃぁぁ」
「軽く自己紹介だけして、先に休憩しましょう。ここは安全なので安心して休んでください」
緊張の糸が切れたのか、ジャンとエスパが床に座り込む。
それを見た少年の提案で先に休憩することになった。
グリクは噴水の水を使って手と顔に付着した血を洗い落とす。
服はどうしようもないので放置する。
乾けばごわつくくらいで気にならなくなるだろう。
問題は血の匂いで魔獣を引き寄せてしまう可能性だが、迷宮から脱出するだけならそこまで影響はないはずだ。
全滅しかけたのだから、撤退以外の選択肢はない。
「ほら、手と顔を洗うからこっちきて」
「……ん」
ナーヤは力なく俯くばかりなので、グリクが手や顔を布でぬぐってやる。
ただしその間も決してグリクの服の裾から決して手を離さなかった。
「助けてくれてありがとうございました!」
落ち着いたところで、パーティーリーダーであるジャンに合わせて皆で頭を下げる。
シキと名乗った少年は、グリクたちの無事を素直に喜んでくれているようだった。
「それでどうやってお礼をすればいいでしょう? 俺たちは見ての通り新人冒険者で、たいして金も持ってないんですが……」
「ああ、お礼はいりませんよ。その代わりグリクさんに使った治癒の霊薬のことは、秘密にしておいてもらえませんか。ちょっと特別なやつなので、あまり人に知られたくないんですよ」
やはりナーヤの治癒魔術だけではなかったのだ。
もしシキの霊薬がなければ間違いなく死んでいただろう。
今更になって死の恐怖を感じて、グリクの背筋に冷や汗が流れる。
「俺たちに第二層はまだ早かったか」
「にゃ、そんなことはない。モンストランス・バットが二匹も襲ってきたのがおかしい。やつらは強い魔獣だけど、鐘楼から出てこないはず。インプだけなら余裕だった」
「鐘楼?」
第二層の北西の端には鐘楼と呼ばれる建物がある。
三階建てくらいの塔になっていて、最上階には大きな鐘が取り付けられていた。
地下迷宮なのに塔があるというのもよくわからないが、迷宮とはそういうものなのだろう。
モンストランス・バットは鐘楼に生息していて、鐘を鳴らすとどこからともなくやってきて襲ってくる。
牙や翼が素材として高く売れるため、一部の冒険者の狩りの対象になっていた。
そのことをシキに説明すると、彼はどこか遠くを見つめるような仕草をした後に顔を顰める。
「あー、モンストランス・バットを狩ろうしていた冒険者がいて、失敗したのかもしれませんね。鐘楼から逃げた冒険者を追いかけて始末し、その近くで偶然ジャンさんたちが戦闘していた……みたいな」
「にゃあ、そういえば最初から血の匂いがしていた気がする。あれはやられた冒険者のものだったのかも」
エスパがシキの推測を裏付けるような発言をしたため、ほぼそれで間違いないだろうという結論に至った。
「さすがに他の冒険者の動きまでは予想できないぞ」
「うにゃぁ。よっぽど運が悪くない限り同じことは起きない、はず……」
ジャンとエスパは頭を抱え、黙って聞いていたナーヤはグリクを不安そうに見つめてくる。
これまで順調だったパーティーに訪れた、初めての挫折だった。