精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
盗賊の女を包み込んでいた火柱が消える。
中から出てきたのは焼死体ではなく、不可視の壁に囲まれて呆然としている無傷の女だった。
それを見て何かを確信したサーライトがシキへと問いかける。
「貴様は王都の御前試合で〈雷霆〉と引き分けた〈精霊使い〉か」
あっさり素性がバレるとは想定していなかったシキだったが、それならそれで利用しない手はなかった。
改めて説得を試みる。
「そうです、俺はあの〈雷霆〉と引き分けています。だからその気になれば貴女たちを制圧するなんて簡単にできます。無駄な抵抗はやめてください。サーライトに逆らえないんですよね? 第一王女とも親交がありますので、すべて話してくれれば決して悪いようにはしません」
「聞いたか、こいつはお前たちの罪を王族にバラすと言ったぞ。そうなれば確実に家族どころか一族が連座で処断され家が潰される。嫌だったら刺し違えてでも殺せ」
「そんなことはさせない! 俺の話を信じてくれ!」
「エンフィールド男爵家って知ってるか? 知らないだろう。こいつは名前も忘れられているような田舎男爵家の長男で、しかも元孤児の養子だ。いくら強くても孤児だったガキに対して、第一王女がそこまで便宜を図ると思うか?」
サーライトのその言葉が決定的となり説得は失敗した。
彼女たちの命だけでなく家族の命まで人質に取っていたのだ。
神官の女の瞳に改めて殺意が籠り、魔術師の女が詠唱を始める。
愕然とするシキを取り残して、事態はさらに悪化していく。
「主人の言うことも聞けない役立たずに首輪は必要ないな。〈解放〉」
急に盗賊の女が首を押さえて苦しみ出す。
瞬く間にスカーフが血で染まりその場に蹲った。
「オルティエ!」
パルスシールドを解除してシキは盗賊の女を抱きかかえる。
マフラーを剝ぎ取ると、首にある〈隷属の円環〉の内側から大量の血が流れ出ていた。
「もう遅い。そいつは即死だ」
サーライトを無視して、シキは腕に装備していた〈RP-CO0W1:Mondlicht〉を起動させる。
パルスブレードで〈隷属の円環〉を切断すると力任せに首から外す。
〈隷属の円環〉の内側には無数の棘が生えていて、これが盗賊の女の首を容赦なく傷つけていた。
『問題ありません』
「うん」
シキは手際よくストレージボックスから治療薬を取り出し、盗賊の女の首へとふりかけた。
Break off Online 製の治療薬にかかれば、心肺停止までなら蘇生を間に合わせることができる。
盗賊の女の首は急速な細胞分裂を繰り返し、白煙を上げながら瞬く間に再生した。
傷痕は一切残っておらず、失血により白くなっていた肌に赤みが戻る。
「……う……あ、あれ。私は」
「なっ!? 馬鹿な」
意識を取り戻した盗賊の女を見て、サーライトだけでなく神官と魔術師の女も驚き動きを止めてしまっていた。
「この通り貴女方を含めて、誰一人死なせるつもりはありません。魔術は通用しないし、致命傷も一瞬で治せる。第一王女の側近も治療したことがあり、親交のある理由のひとつですが、まだ信じてもらえませんか?」
「おい、何をやっている。さっさとこいつらを殺―――」
サーライトは言葉の途中で脇腹にトンファーの一撃を食らい、地面を転がった。
着込んでいる板金鎧が大きく陥没し、内臓を痛めてすぐに起き上がれずその場で吐血する。
「が、がはっ」
「大将、折角だから強さもこいつで実演しようじゃないか。ほら、落し物だぜ」
「舐め、がやって」
フェリデアが取り落とした剣と盾を蹴って寄越すと、サーライトは憎悪の視線を向けながら拾った。
ゆっくり立ち上がり口の中の血を吐き捨てると、フェリデアへと斬りかかる。
サーライトの剣の腕は悪くない。
〈剣姫〉エリンとの稽古で目の肥えているシキの見立てでは、第三位階冒険者の上位程度の実力はありそうだった。
在野の最上位が第二位階なので、その手前ともなれば恵まれた才能の持ち主と言える。
更に剣だけでなく盾も武器のように使い、まるで双剣のような連撃を繰り出すが、フェリデアは両腕に装備したトンファーで完璧に受け流す。
暫くはサーライトの猛攻が続いたが、一瞬の隙を突いてフェリデアが反撃した。
「ほら、足元がお留守だぜ」
サーライトは自身の盾で視界を奪われていたため、攻撃を受けるまで気付かなかった。
板金鎧に覆われていない内腿に蹴りが突き刺さり、激痛で立っていられず尻もちをつく。
「がぁ……あっ!」
「一発食らったくらいで情けないな。鎧なんて着てるから痛みに弱くなるんだぞ」
「ふ、ふざけやがって。お前たちこいつらを―――」
サーライトの命令は再び妨害される。
フェリデアがトンファーを一閃させるとサーライトの顔面に直撃。
鈍い音を響かせながら下顎を打ち砕いた。
その衝撃は骨を介して脳を揺さぶりサーライトの意識を刈り取った……が、これで終わりではない。
フェリデアは崩れ落ちかけるサーライトの鳩尾を蹴り飛ばす。
息が詰まり強制的に覚醒させられると、顎を砕かれた激痛と脳震盪による吐き気がサーライトを襲う。
「あが、あががっ」
「根を上げるにはまだ早いぞ。さっさと拾えよ」
再度フェリデアが剣と盾を蹴って寄越すが、サーライトは拾おうとはしなかった。
血と胃の内容物をぶち撒き、顎が砕かれ開いた口が塞がらない顔でフェリデアを見上げている。
涙で滲んだ瞳にははっきりと恐怖の色が浮かんでいた。
「もう心が折れたのか? 散々人を弄んでおいて自分の番になったらすぐ降参か。情けない奴だな。でもまぁ俺は優しいからな。参ったと言えば許してやる」
「ふぁ、ふぁいっあ」
「ああん? なんだって? 聞き取れないな。ちゃんと言わないとわからないぜ」
「ふぉ、ふぉんあ」
「武器を拾えよ。体はまだ動くだろう? 動くうちは抵抗したほうが痛くないぞ?」
「が、がぁぁぁぁぁ!」
トンファーを構えてゆっくり近づくフェリデアに、逆上したサーライトが武器を拾って襲い掛かる。
「そうだ、それでいい。大将を侮辱したツケも、きっちりと払ってもらうぜ」
獰猛に笑うフェリデアの黄金色の瞳が、妖しく輝いた。