精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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127話 蕩ける女

「あのう、私はこれからどうなるのでしょうか」

 

 翌日、シキは兵士詰所の個室で盗賊の女ことジェリと面会していた。

 二人は机を挟んで椅子に座っている。

 調書によると彼女はスラム街出身の孤児で身寄りはなく、仲間だった冒険者パーティーもサーライトたちによって全滅させられてしまった。

 

 これからの自分の処遇に不安を感じているのだろう。

 力なく俯いて空色の前髪が揺れる。

 元々垂れ気味の眉と目尻が更に下がっていた。

 

「聞いていると思いますが、ジェリさんは無罪です。むしろ被害者なのですが、今回の事件については解決するまで黙っていてもらえませんか」

 

「もちろん誰にも話しません。それにシキ様に命を助けてもらった御恩も忘れません。首が千切れて絶対死んだと思ったのに、傷一つ残っていないなんて、とても高価な霊薬を使ったんですよね?」

 

「ええまぁ、それなりに特別なので霊薬のことも秘密でお願いします」

 

「わかりました。もし喋らされそうになったら自害します」

 

「いやいや、さすがにそうなったら命優先だよ? それでジェリさんは申し訳ないのですが、事件解決までは身柄を保護させて欲しいのです」

 

 アートリース伯爵の庇護下に置かれることを説明すると、ジェリは神妙な顔で頷いた。

 

「私には行く当てもお金もありませんので、当面保護してもらえるのならありがたいです。その後はどうしたらいいでしょう? 霊薬の代金がいくらかわかりませんが、一生をかけてでもお支払いします」

 

「秘密にしてもらえれば、あとは気持ちだけで十分ですよ。見返りを求めて助けたわけじゃないので」

 

「いいえっ、是非恩返しさせてください。軟泥人なんていうわけのわからない気色の悪い亜人ですが、加護の力もあって迷宮探索だけは得意です。傍に置いてもらえれば雑用でもなんでもします」

 

 恩返ししたいというジェリの気持ちに偽りはないが、打算が皆無というわけでもなかった。

 奪われるだけの人生で、初めて見返りのない施しをくれる人に出会ったのだ。

 

 独りになればまた奪われるだけの人生に戻ってしまう。

 この繋がりを逃してはいけないと直感が言っていた。

 

「軟泥人? そういえばジェリさんは亜人なんでしたっけ。見た目は人族と変わらないんですね」

 

「普段は隠しています。今お見せしますね」

 

 僅かな逡巡の後に、ジェリがシャツのボタンを外し始める。

 

「ちょッ~~~! 急に脱ぐんじゃないわよ」

 

「おぶ」

 

 背後で控えていたアリエがシキを抱え上げ半回転させると、視界を塞ぐように抱きしめる。

 

「色仕掛けなんて承知しないわよっ……て、そういうことね。着痩せするタイプか。ボタンを一つ閉めなさい。開け過ぎよ」

 

「は、はい」

 

「シキくん、お触りは禁止だからね」

 

 アリエの胸元から解放されると、今度は抱えられたままジェリの胸元へ運ばれる。

 露わになった肌は透き通るように、などという比喩表現ではなく実際に透き通っていた。

 

 ジェリの左鎖骨から下は皮膚が透けていて、まるでクラゲのように半透明になっていたのだ。

 ということはつまり血管や肺といった臓器が見えるはずだが、これらも半透明になっていて光の加減でうっすら見えるくらいだった。

 

 唯一心臓だけは透過度50パーセントくらいで存在を主張していて、規則正しく脈打っていた。

 

「気色悪いと思いますが……」

 

「綺麗だね」

 

「えっ」

 

 シキの回答にジェリは固まる。

 これまで内臓が透けて見えるなんて気持ち悪いと言われ続けてきたので、肌の露出は出来るだけ隠してきた。

 後から気味悪がられるよりはと思って見せたわけだが、まさか正反対の感想が返ってくるとは想定外だった。

 

「クリオネみたいで透明感があって綺麗だね。心臓の鼓動もCGを見ているみたいでちょっと懐かしい。だ、大丈夫? 鼓動がすごい早くなったけど」

 

「はいおしまい。いつまでも女子の胸元を覗き込んじゃだめよ~。貴女もさっさとしまいなさい」

 

 アリエに持ち上げられてシキは椅子に座らされる。

 顔を真っ赤にしたジェリもいそいそと服装を正した。

 

「わ、私は軟泥人と人族のハーフです。ただ物心つく前に両親とは別れているので、両親の片方が軟泥人だったのか、それとも先祖返りだったのかは不明です」

 

 軟泥人とは全身が半透明のスライム人間で、種族の数としては非常に少なく、森の奥の沼地でひっそりと暮らしているのだとジェリは説明する。

 

「純血の軟泥人は体の形を自由自在に変えられるそうです。私はハーフなので得意ではありませんが」

 

 ジェリが左手だけに付けている手袋を取ると、肘のあたりから先が透けている。

 そして人差し指を立てると、指先がするすると伸びて刃渡り30センチくらいのナイフになった。

 

「おお、T-1000みたいだ」

 

「てぃーせん?」

 

「なんでもないです。負傷した時は赤い血が出ていたけど、透明な血もあるんですか?」

 

「体内にある時だけ透明になっているみたいです。その証拠に左手を怪我すると赤い血が出ます。このように左手の形を変えられるので、鍵穴に手を流し込んで鍵の形にしてしまえば何でも開けられます。犯罪に使えてしまうので、他人に見せるのは初めてです。普段は透明なだけで何の役にも立たないと説明していました」

 

 前の冒険者パーティーでは宝箱の鍵開けを担当していたが、普通にピッキングツールで解錠するふりをしていたという。

 その他にジェリは【暗影神の加護】により気配を限りなく薄くすることもできるため、迷宮での斥候も担っていた。

 

「そんな重要なことを俺に言っていいんですか? って聞くのは野暮ですね。少し考えさせてください。どちらにせよ保護中は動けないので」

 

『マスター、報告があります』

 

 呼ばれてシキが虚空を見上げる。

 釣られてジェリが同じ方向を見るが何もなくて首を傾げていた。

 

『略称:ムハイが縄張りを離脱して暴走。呼称:聖樹守りの縄張りへと向かっています』

 

『まじか』

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