精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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135話 結界にも穴はある

 地下牢の中に一人の男がいる。

 かつての金髪碧眼の優男の面影はない。

 髪は乱れ頬はこけ、目の下には隈ができていた。

 

綿毛羊(フラフィーシープ)から微量の神力が検出されました。ムハイが綿毛羊を捕食していた理由はこの神力だったと予想されます」

 

「もしかして綿毛羊を食べて神力を蓄えていたってこと?」

 

 シキは拡張画面に映るサーライトから視線を外して、オルティエに顔を向ける。

 ムハイを倒しガルムと合流した後、森人族の里と聖樹守り、狼人族の里に安全宣言を届けた。

 外様の神とは公表せず、大型魔獣討伐ということにしてある。

 

 シキは森人族の里を担当し、残りはガルムにお願いした。

 狼人族の里はキルテ経由になるのでちょっと……いやかなり心配だ。

 早めにエンフィールド男爵家として、狼人族の里に接触したほうが良いだろう。

 

 あとガルムのシャンプーは諦めた。

 苦渋の顔で⦅覚悟を決めるから少し時間をくれ⦆と言われたら断念せざるを得ない。

 本当に残念だ……。

 

 推測になりますが、と前置きをしてオルティエが説明を続ける。

 

「まず神力というのは魔素の成分の中でも特殊かつ貴重で、強力なエネルギーを秘めていて、神と呼ばれている存在を構成するのに必要不可欠です。外様の神も同様ですが、アトルランは創造神が展開した世界網という結界で守られているため、そのままでは侵入できません」

 

「だね。代わりに世界網を通過できる魔素の少ない闇の眷属を送り込んでいると。ムハイもそのはずだけど」

 

「ムハイは闇の眷属としてアトルランに降り立ちましたが、長い年月をかけて綿毛羊を捕食し体内に神力を溜め続け、外様の神へと進化を遂げていたのです」

 

 シキは魔獣に詳しい宮廷魔術師のサマンサが、〈無敗をもたらすもの〉は外様の神の末席に連なるものだという説があると言っていたのを思い出した。

 

「綿毛羊の供給が絶たれ、ムハイは新たな神力の入手先として選んだのが聖樹守りでした。聖樹守りが縄張りにしている大木ですが、検出された内包エネルギーの一部が神力と一致しました」

 

「なるほどね。そうなるとムハイが暴走したのは、やっぱり俺のせいか」

 

「あのままムハイが神力を取り込み続けていれば、より強力な外様の神……いいえ、メナスとして成長し被害が拡大していたでしょう。ショート級なら問題ありませんが、グランデ級と同じ地点で戦闘した場合、余波でエンフィールド男爵領まで被害が及ぶ可能性があります」

 

「そんなに」

 

 メナスはそのエネルギー量でランク付けされている。

 下から順にショート、トール、グランデ、ベンティ、トレンタだ。

 どこのコーヒーショップのお洒落なサイズ設定だよと突っ込みたくなるが、どうやら上位メナスによる被害は洒落にならないらしい。

 

「それに綿毛羊の保護は私たちスプリガンの要望です。罰せられるならマスターではなく私たちです」

 

「ううむ……そう言われると困る。綿毛羊の神力はなんというか、外様の神のそれと互換性があるの? それとも綿毛羊も闇の眷属だったりするの?」

 

 あの(一人を除いて)屈託のない鳴き声で寄ってくる白いモコモコたちが、敵意を剥き出しにして襲ってくるのを想像してしまいシキの眉尻が下がる。

 

「迷宮は創造神の子である試練の神が関わっていると言われているわ。だから綿毛羊の神力は間違いなく創造神のものね」

 

 頭の上からそれまで黙って会話を聞いていた義母エリンの声が聞こえてくる。

 シキはエンフィールド男爵家の屋敷で寛ぎながら、アートリース伯爵によって囚われているサーライトを観察していた。

 

 迷宮都市ムルザで大立ち回りをして家名まで名乗ってしまったので、エンフィールド男爵領まで馬車で帰ったふりをする必要がある。

 なので暫くは視察団や領民には会わず、屋敷か樹海に引き篭もらなければならない。

 

 サーライトの聴取は一通り完了していて、背後にいる上位貴族を突き止める段階だ。

 〈SG-061 リファ・ロデンティア〉専用の鼠型ドローンが、本物の鼠のように地下牢の隅で蹲りサーライトの様子を映している。

 地下牢にサーライト以外の姿はなく、彼は幽鬼のような青白い顔で唯一の出入口である扉をじっと見つめていた。

 

「それじゃあムハイは蓄えた神力を外様の神仕様に変換してるのかな。まさか互換性が……」

 

「シキ、母様も綿毛羊を見てみたいわ。連れて行ってよ」

 

「うーん、遠いからなあ」

 

 ソファーの上でシキを抱きかかえているエリンが、シキの黒髪に顔を埋めながら甘えた声を出す。

 エリンと父親のロナンドは領地運営で忙しい。

 

 一応シキも樹海方面の管理で領地運営に関わっているが、それもスプリガンたちが主体なのでシキ自体はさして忙しくなかった。

 皆が忙しくしているのにフラフラしている気がして申し訳ないシキだったが、エリンとロナンドの考えは違う。

 

 樹海で起きるトラブルを解決できるのはシキだけであり、樹海の脅威を気にせず領地運営に専念できるだけでも十分有難い。

 それにシキはまだ十二歳の子供だ。

 

 将来の男爵家領主ではあるが、転生者であり地頭も良いため貴族の勉強を始めるのは、成人する一年前の十四歳からでも十分間に合う。

 シキにはまだ子供でいて欲しい、という親心であった。

 

「〈パイロット登録〉を使えば母様もじいちゃんも複座に乗せて転送可能になる。でも〈パイロット登録〉はグレード2の拡張機能だから、取得するには無償チップが必要だ。もっとムハイのような外様の神を倒さないと」

 

 ムハイを倒して無償チップが手に入ったということは、Break off Online としてもアトルランを侵略する外様の神を倒すことが推奨されているのは間違いない。

 相変わらずメニュー欄にある〈告知〉は空欄なので、シキは「運営仕事しろ。詫びチップよこせ」と言いたくなる。

 

「樹海にムハイ以外に外様の神はいそう?」

 

「現時点で存在は確認できていません」

 

「そっか。ガルムにまた神託が降りて情報をくれないかなあ」

 

「神託といえばもう一人お忘れではないですか?」

 

「えっ……ああ、ウル姉か。すっかり忘れてた。結局神託の東の脅威はムハイだった? それなら次の神託も外様の神のヒントかもしれないね」

 

 それにものすごい時間はかかるが、外様の神が創造神が張った世界網を通り抜ける裏技を知ってしまった。

 この事実をアトルランの人々が知っているか確認する必要もあるだろう。

 

『にぃに、来たよ』

 

 リファのボイスチャットが聞こえてきて、シキは再びサーライトへと意識を戻す。

 拡張画面に映る地下牢の扉が丁度開くところだった。

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