精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「どうかされましたか? ジーナ様」
「……いいえ、なんでもないわ」
侍女にそう答えつつもジーナは胸騒ぎを覚えていた。
部下はともかく、ジーナ自身が視察団としてする仕事はほとんどない。
裏では第一王女暗殺も計画していたが、シキに《誘惑》の魔術が抵抗された瞬間から一切の暗躍を中止する。
この選択は間違いなかったとジーナの直感が言っていた。
その直感が新たに何かを訴えているが、何かはわからない。
第一王女は先に王都へ帰還し、視察団もあと一週間ほどで帰還することが決定している。
一子相伝で受け継がれし精霊の存在、樹海から来る魔獣の脅威、長きに渡って続けられてきた国防と魔獣から採れる貴重な素材。
すべてが事実であり、エンフィールド男爵領の主張は全面的に認められるだろう。
視察が終われば次は開拓だ。
第二王子派として視察団に加わったジーナだが、開拓には別の誰かが派遣される予定になっている。
遅れてやってきたランディはこのまま残って開拓にも参加するようだ。
最弱派閥だった第一王女派がエンフィールド男爵家に最も近く、派閥間のバランスを大きく狂わせている。
第一王子派、第二王子派のどちらも後れを取っていて、それはジーナの悲願にも影響する話だったが、ジーナがエンフィールド男爵領で出来ることは少なかった。
王都に戻って本業をこなした方がましだ。
だからこのバカンスのような生活もあと一週間で終わる。
また薄暗く淀んだ裏社会へ戻らなければならない。
「あ、ジーナ様。ごきげんよう」
「あら、ごきげんよう。マリナ」
ジーナが侍女も連れずに散歩していると、向かいからエンフィールド男爵家の領民であるマリナがやってくる。
服装こそ村娘じみた質素なワンピースだが、カーテシーする姿は中々様になっていた。
「またドロシーのところに行くの?」
「はい。礼儀作法のお稽古と新しいお洋服の絵を見に……」
マリナとは今回のように道端でばったり出くわしてから、なんとなく仲良くなって言葉を交わす間柄になっている。
王都ではこの年代の少女たちには恐れられていたので、ジーナとしては新鮮な気持ちだった。
「目標のために頑張っているのね」
「えへへ」
マリナは整った顔立ちをしているので、身なりを整えて礼儀作法を覚えれば、もし貴族令嬢になってもやっていけそうだった。
屈託のないマリナの笑顔を見ていると、過去に見たある少女の姿と重なる。
それはイザベラ・ノーグという名の侯爵令嬢で、
イザベラも最初はマリナのように自然な笑みを浮かべていたが、貴族の裏社会に飲み込まれてからは、ジーナと同様に上っ面だけの微笑を貼り付けるようになってしまう。
悲願のためなら自分自身も含めどんな犠牲も厭わないとジーナは誓っていたが、それでもイザベラの変わり様にはいたたまれないものがあった。
自分でイザベラを暗殺者に育てておいて感傷に浸るなんて、
自己嫌悪で歪みそうになる頬は微笑を貼り付けて隠す。
ジーナの内心には気付かないマリナは、上目遣いで遠慮がちに聞いてきた。
「またジーナ様もドロシー様のところに行きませんか? 新しいお洋服、一緒に見ませんか?」
マリナの誘いはこれで三度目だ。
一度目で断わったのに、めげずに誘ってきたマリナの胆力にジーナが折れた形で、二度目の誘いの際にドロシーのいる天幕に足を運んでいた。
前回は行ったのだし今回は断わろうかと思ったジーナだが……残された時間的に誘われるのもこれが最後だろうからと思い直す。
「そうね。行こうかしら」
「ありがとうございますっ」
嬉しそうに笑うマリナの表情が眩しかった。
「ごきげんよう、ジーナ様。折角お越し頂いたのに、部屋が片付いておらず申し訳ありません」
「いいのよ、マリナに誘われて覗きに来ただけだから。私のことは気にせず作業に戻ってちょうだい」
「それでは失礼いたします」
貴族社会のマナーとしては「そういうわけにはまいりません」と多少はもてなすものだが、ドロシーは言葉通りに受け取り衣装の図面制作に戻ってしまった。
しかもマナーを理解した上でのことなので、マリナとは違う意味で胆力がある。
アリアン伯爵家の三女のドロシーはエンフィールド男爵領に来てから化けた。
王都では病弱なため社交界の表舞台には現れず、姉たちのフォローに回っていたとジーナは記憶している。
元々あった服飾の才能が更に開花しただけでなく、病弱な体質も何故か治った。
骨と皮だけのゾンビのような姿だったが、肉感が増し女性らしいフォルムを手に入れ、肌も年相応の張りが戻っている。
こうなると三姉妹の中で一番美人かもしれない。
……ただし寝不足で出来た目の下の隈と、手入れされていないぼさぼさの髪を何とかしてからの話だが。
折角健康になったのだから、もう少し体に気を遣えばいいのにと思ってしまうジーナであった。
「これは前に精霊が纏っていたものね」
「はい。細部は悔しいですが簡略化して表現しています。ほーーーんと悔しいですが」
「そ、そう」
「このお洋服、ジーナ様に似合うと思うの」
「えっ」
マリナの発言にジーナは驚く。
何故ならマリナが見入っているドレスのデッサンは、妖艶さを売りにしているジーナとは真逆のデザインだったからだ。
それは全体的に淡い衣装のドレスで、フリルの他に花柄や花びらが随所に散りばめられていた。
足元は白とピンクのボーダー柄のニーソックスが彩り、頭には兎耳の生えた小振りのシルクハットがくっついている。
シキの元いた世界でいうところの春のイースターをイメージした、少女趣味全開のドレスだった。
「このドレスは若い子向けじゃないかしら」
「そんなことありませんわ。だって精霊様のお姿はジーナ様寄りでしたが、似合っていましたもの」
「そ、そうかしら……」
ジーナもこのドレスを纏った精霊を目撃しているが、確かに大人びた外見でも似合っていた。
仕事柄無縁なデザインだったため、無意識のうちに自分の衣装候補から外していたのかもしれない。
「私もいずれ王都に戻りますので、是非ジーナ様のドレス作成のお手伝いをさせてください」
「どうしてそこまでこだわるの?」
「だってジーナ様と精霊様はスタイルが似ていますから、ドレスの再現性が増します。だから是非私のモデルに―――」
「はい、ドロシー様ステイ」
「あーーーっ」
作業の手を止めてジーナに近づき、今にも採寸を始めそうなドロシーを侍女のキャロラインが止めた。
背後から羽交い絞めにして作業机までずるずると引きずって行く。
「ジーナ様、あのね、ドロシー様が私にもこのドレスを作ってくれるんだって」
「あら、そうなの」
「そしたらお揃いだね」
「おっ」
「お?」
ジーナが素っ頓狂な声を上げたため、マリナが首を傾げていた。
もし自分がサンルスカ侯爵家ではなく、違う家の娘として生まれていたらどうなっていただろう?
ドロシーやマリナたちのように、純粋に着飾ることを楽しむような令嬢になっていたのかもしれない。
だが立場が変わっても王国に巣食う裏社会の存在は揺るがず、争いの如何によっては無防備なところを襲われて、巻き込まれて、イザベラのように人生が破滅する。
だからサンルスカ侯爵家に生まれて良かったのだ。
悲願を達成し、罪のない彼女たちの平穏が少しでも守られるのならば、血塗られた道を歩むのも厭わない。
願わくば……仮初でもいいから、マリナとお揃いのドレスを着てみたい。
そうジーナは祈った。