精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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140話 まぁまぁ拗らせている

『ちょっ』

 

 ボイスチャット越しにシキの動揺する声が聞こえた。

 当然だがリューナの(ミロード)はたった一人、シキしかいない。

 

 シキ以外に触られるなんて以ての外だ。

 今すぐにでもジョルジュの手を払い除けたかったが、これも仕事と思って我慢する。

 

「その美貌を男爵家の侍女に留めておくのは王国にとって損失だ。其方だって女に生まれた以上、他の女からの憧憬や羨望の眼差しを浴びたいのではないか?」

 

 全然違う。

 自分の下らない観念を至上のものとして他人に強要するな。

 リューナは無表情のまま内心で反論した。

 

「私の女になるのならば、その機会を与えよう。その豪奢なメイド服に劣らないドレスを用意しよう。貴族の社交界で大輪を咲かせてみないか? ……いや、これは建前だ。お前に惚れたのだ。お前が欲しい」

 

 執務室には二人以外に給仕する侍女が控えているが、お構いなしの愛の告白だった。

 ジョルジュは次期国王の最有力候補である第一王子派に属する伯爵で、本人もナイスミドルと言って差し支えない。

 

 リューナの素性は一切明かしておらず、美貌だけでアートリース伯爵に迎え入れようというのだから、側室だとしてもかなりの玉の輿だ。

 まあリューナとしては何の価値もない提案だったので、さっさと断わろうとしたのだが……。

 

『リューナ、断わるよね?』

 

 ボイスチャットからシキの不安そうな声が聞こえてきて、リューナの体に雷に撃たれたような衝撃が走った。

 シキとスプリガンたちの間には、マスター権限で定められた絶対的な主従関係がある。

 だがそれ以上の絆で結ばれているとリューナは確信していた。

 

 長きに渡り王国を守ってきたスプリガンたちに、シキは感謝し恩を返そうとしてくれている。

 リューナたちとしても主に評価され、報奨まで与えてくれるというのは至上の喜びだ。

 お互いの信頼関係は揺るがないという自負がある。

 

 なのでシキもこの状況を余裕をもって見守っていると思っていた。

 ところがどうだろう。

 シキが不安そうに声を震わせているではないか。

 

 それが嫉妬か独占欲かわからないが、動揺しているミロード可愛い。

 今すぐ屋敷に戻って抱きしめたい。

 

 内から沸き起こる感情を抑えきれず、その場から全力で飛び退く。

 ソファーから執務室の扉の前まで瞬間移動したリューナに、ジョルジュは全く反応できない。

 

 護衛役でもある侍女がリューナの急激な動きに遅れて反応する。

 主を守ろうと慌ててスカートの下から隠し武器の短剣を抜き放つが、ジョルジュが声で制止した。

 

「私は大丈夫だ。リューナ、返事をもらえないか?」

 

「申し訳ありません。私の主はシキ様ただひとり。お気持ちは大変嬉しいですが、お応えすることはできません」

 

 リューナが深々と頭を下げる。

 

「私よりシキが良いというのか。確かにエンフィールド男爵領はこれから発展する可能性はある。だがそれは数年、いや十数年は先の話。リューナ、お前の自身の幸せを考えるなら―――」

 

 食い下がるジョルジュだったが、頭を上げたリューナの表情を見て言葉を詰まらせる。

 

 リューナが笑みを浮かべていた。

 頬を上気させ、それまでの無表情が嘘だったかのような、恋する少女のようなあどけない笑顔をさらけ出している。

 

 この笑顔が誰に向けられたものかを理解して、ジョルジュは降参した。

 

「そんな顔をされては何も言えない……そうか、もう幸せなのだな」

 

「はい」

 

「親子ほど歳が離れた子供から略奪するほど、私も落ちぶれてはいない。そういうことなら祝福しようじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 リューナは改めて深く頭を下げてから執務室を後にした。

 

 ちなみにアートリース伯爵家に仕える侍女のうち数名はジョルジュの()()()()で、護衛していた彼女もその中の一人だ。

 当然正妻は他にいるので完全に遊びである。

 

 遊びでも少なからず情けをかけてくれるのなら、下級貴族や豪商出身の侍女たちにとっては十分な後ろ盾であった。

 身分差を考えればお手付き程度でも光栄なことかもしれない。

 しかし一人の女としては忸怩たる思いがある。

 

 純愛っぽい雰囲気を醸し出していたジョルジュだったが、普通に軟派野郎なのだ。

 だからジョルジュを真正面から拒否するリューナを見て侍女はスカッとした気持ちになる。

 リューナを屋敷の門まで案内し、立ち去るその背中に侍女はサムズアップした。

 

「何してるんだ?」

 

「ちょっと賞賛を贈っていたところです」

 

 侍女の言っている意味がわからず、門番は首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 この日の深夜、ライロー商会にアートリース伯爵家の家宅捜索が入った。

 当初は余裕を見せていた商会の支店長だったが、何故か隠し金庫を開けるスイッチが勝手に作動してしまい顔が真っ青になる。

 

 その様子をドローンで監視していたシキには、スイッチを押した非表示状態のリファが見えている。

 いたずらっ子のようなわる~い顔をして、カメラに向かってピースサインしていた。

 

 隠し金庫から不正な〈隷属の円環〉が見つかると、ライロー商会は処罰され迷宮都市ムルザから追放される。

 またそれだけでは済まされず、懇意にしていた第二王子派からも見放されてしまった。

 ライロー商会は王都の本店も追い出され、没落の一途を辿ることになる。

 

 明らかにトカゲの尻尾切りだったが、第二王子派への牽制効果は十分にあったようだ。

 こうして派閥争いは新たな局面を迎えた。




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