精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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4章 僻境の精霊使い
152話 暗躍者ウォッチング


「まったく、どいつもこいつも役に立たない。所詮は兄上の派閥に入れなかった余り物の集団か」

 

 レカールキスタ第二王子が、自室でワイングラスを傾けながら呟く。

 贔屓にしてやっていたライロー商会は非合法の〈隷属の円環〉の使用で摘発され、切り捨てざるを得なかった。

 

 あっさり見捨てては派閥の士気に関わる。

 今後似たようなことがあった時に、助けてくれないとなれば求心力を失う。

 

 側近がそう諫言してくるが何もわかっていない。

 最初からそんなものはないのだ。

 第一王子の予備である第二王子には、忠誠心など持っていない余り物しか寄ってこないのだから。

 

 ただひとつだけ第一王子派より有利なものがあった。

 それはこの国の裏世界の最大勢力であるサンルスカ侯爵家だ。

 

 第一王子派、第二王子派、第一王女派の各派閥の影響力を比率で表現するなら、表世界は6:3:1、裏世界は4:6:0といったところ。

 表と裏の比率を単純に合算すれば、第一王子派とは10:9と肉迫しているが、裏世界はあくまで裏だけで通用するもの。

 

 表世界の影響力と比較したら半減、いや三分の一程度だろう。

 これらを合算して7:5:1くらいが総合的な勢力比率だ。

 もしサンルスカ侯爵家が第一王子派に引き込まれていれば、倍以上の勢力差になっていただろう。

 

 そしてその第二王子派の命綱ともいえるサンルスカ侯爵は、直近で二つの失態を犯していた。

 一つはエンフィールド男爵領の視察団に参加している、イルミナージェ第一王女暗殺の失敗。

 

 天幕生活で護衛の数も少なければ、不特定多数の人間が常に身近にいるという絶好の機会だったというのに、ジーナ・サンルスカは暗殺を躊躇った。

 シキ・エンフィールドが使役する精霊による監視が厳重だから、などと言い訳をしていたが知ったことではない。

 

 要はイルミナージェを殺せればよいのだ。

 そのあとジーナが精霊とやらに殺されても何の問題もない。

 

 暗殺者は目的遂行のためなら命を捨てるくらい当たり前だが、それを最近のジーナは忘れている。

 少し可愛がってやっただけで、自分が王族の一員になれると勘違いでもしているのだろう。

 そろそろ替え時か。

 

 もう一つはノーグ侯爵家三男、サーライト暗殺の失敗。

 第一王子派への揺さぶりとして非合法の〈隷属の円環〉を横流ししたまではよかったが、ライロー商会がノーグ侯爵家へ罪を擦り付ける前に表沙汰になってしまう。

 

 サーライトには碌な情報を渡しておらず、生きていても大きな問題にはならない。

 暗殺は念のため、見せしめの意味合いが強かった。

 

 だがこうも暗殺に失敗されると、サンルスカ侯爵家の暗殺の実力を疑わざるを得ない。

 サンルスカ侯爵家は嫁いできたノーグ侯爵家の娘を暗殺に差し向けたらしいが、その娘はなんとサーライトの実妹であった。

 

「あのオークのように身も心も醜い男が考えそうなことだ。家族相手だろうが殺しの道具に仕上げられるとアピールしたかったのだろうが、失敗しているではないか」

 

 しかもサーライトを捕らえたのはシキ・エンフィールドであった。

 何故自領と反対側のアートリース伯爵領の迷宮都市にいたのか。

 偶然にしては不自然すぎるので、第一王子派のアートリース伯爵に接触するために訪れたと考えるのが妥当だろう。

 

 少し前までの第一王女派は無いに等しい派閥だった。

 派閥間の比率でいえばゼロ。

 そこにこれまで無派閥だったウォルト侯爵家が加わったため1に増えたが、問題はエンフィールド男爵家だ。

 

 これまで認識もされていなかった辺境の男爵家など、通常なら勢力として数えるに値しない。

 ところがシキ・エンフィールドはあの〈雷霆〉と互角に戦える戦闘力を持ち、男爵領の奥にある樹海では、濃密な魔素で育った魔獣の上質な素材が採れるという。

 

 試算される経済効果は、第一王子派の稼ぎ頭であるアートリース伯爵領の迷宮都市ムルザに匹敵する。

 視察団からそう報告を受けた時は、さっさとイルミナージェを殺しておけばよかったと後悔した。

 

 そうしていれば辺境に興味のない第一王子より先に、エンフィールド男爵家を取りこめていたはずだ。

 だが状況は変わった。

 

「お前の言う通り外遊に出たふりをしたのは正解だったな。まさか本当に叔父上に会わせているとは。ベリーズ、よくやった」

 

 レカールキスタが不意に部屋の片隅へと話しかける。

 するとその暗がりから一人の女が音もなく現れた。

 

 女は踊り子のような肌の露出の多い黒の衣装を纏い、顔はヴェールに覆われている。

 褐色の肌にダークグレーの髪と全身が暗闇に溶け込むような色合いをしているが、ヴェールの奥から見える紅い瞳だけがはっきり見えた。

 

 ベリーズと呼ばれた女はレカールキスタの前まで来ると優雅に一礼する。

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「俺の騎士がエンフィールドの二人を捕らえたというのは大きい。叔父上は非公式の存在故に、そのまま王族への弑逆で裁くことはできない。だが王族しか踏み入ることを許されない禁足地に侵入したという罪には問える。そして身柄を押さえた我々第二王子派の裁量で裁けるというわけだ。減刑を餌にして奴らの領地の利権を掠め取ることができるだろう」

 

「その際には是非ペトルス伯爵家、及びペトルス商会をお使いください」

 

「サンルスカ侯爵家の地位を狙うつもりか? 好きにすればいい。俺は俺に利益をもたらす奴を評価する」

 

 そう言ってレカールキスタはベリーズの腰に手を回すと、二人で寝室に向かう。

 

「殿下、どんな女でも快楽に溺れて抜け出せなくなる秘薬を、ペトルス商会で扱っております。これでエリン・エンフィールドを殿下の虜にしてしまってはいかがでしょう?」

 

「そうやって男爵家を支配するというわけか。あれも顔は悪くないから相手をしてやってもいいが、そんなものがなくても虜にできるぞ?」

 

「もちろん存じ上げております。ですが秘薬を使って常に狂わせておけば、余計なことをさせずに飼っておけますよ」

 

「ふっ、お前も随分と酷い女だな」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 ベリーズはヴェールの奥で妖艶な笑みを浮かべると、レカールキスタと共に寝室へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

『―――だってさ、にぃに』

 

『おおう、母様の貞操の危機だ』

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