精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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162話 ヒロインムーブ

 吸脳鬼(イーリアス)という邪人の外見を端的に説明すると「蛸人間」だろうか。

 肌はぬめりのある粘膜に覆われ、顔からは表情が失われのっぺりしている。

 

 ベリーズは五指の全てが蛸の足のように伸びていたが、駆け付けたペトルス伯爵家の家臣たちの腕は、一本の太い足になっていた。

 ただし足に吸盤はついていないので、あくまで蛸のよう、なのだが。

 

『また蛸か……〈悪魔卿(イビルロード)〉って確かムハイと同じ勢力の神だっけ?』

 

『はい、マスター。〈悪魔卿〉は八つの師団を率いていて、ムハイは第八師団〈腐乱の群衆〉に所属しています。吸脳鬼は第二師団〈集積智会〉に所属しているとサマンサの手稿に記載があります』

 

 パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉の内部でオルティエと会話をしながら、シキはストレージボックスから武器と治療薬を取り出す。

 掲げた右手から手品のように一振りの剣が生えてくる。

 それは名工によって造られた至高の一品、ではなくアトルランで売られている一般的な剣だ。

 

 Break off Online 製の武器を使うと、()()魔獣も死体が消失してCRに変換されてしまう。

 なのでこういう時のために大量にストックしてあった。

 

 左手は虚ろな瞳でこちらを見ているジーナの額に優しく乗せる。

 手の平から降り注ぐ粉状の治療薬が彼女の傷を癒していく。

 

『彼らは操られている人間とかではなく、邪人なんだよね?』

 

『はい。スキャンの結果、内包している魔力反応がムハイと38%一致しています。なお人間とムハイの一致率は0.2%です。ここにいる者たちの中に人間はいません。元から身元を偽造していたか、記憶を吸い取り成りすましているかになります』

 

 38%と聞くと低く聞こえるが、人間の0.2%と比べるとどちら寄りかは明白だった。

 アトルランで生きる生物は、量の差はあっても体内に必ず魔力を内包している。

 

 魔力の性質は遺伝子情報のように親から子へと受け継がれ変化していくのだが、そのルーツはアトルランを造った創造神だ。

 つまりアトルランに住む生物たちは紛れなく創造神の子らである。

 

 しかし闇の眷属と邪人は違う。

 闇の眷属は宇宙からの侵略者である外様の神が生み出した怪物だ。

 邪人は元はこの世界の住人だったが、創造神を裏切り外様の神を信仰したことにより、外見だけでなく内包する魔力も変貌を遂げていた。

 

 闇の眷属と邪人が纏う魔力は、この世界の生物にとって異質であり、嫌悪感を抱き、近づくだけで潜在的恐怖が掻き立てられる。

 それは外部からの侵略者に対して全生命が持つ、ある種の免疫反応なのだろうか。

 お互いに相容れない存在であり、両者の遭遇はどちらかの破滅でしか決着はつかない。

 

「全員邪人か。見た目通りで良かった」

 

「ちっ、複数人で増幅させた精神干渉(マインドブラスト)も通用しないか。ならば我々を知るある人物とやらは、お前を捕まえて脳味噌に直接聞くまでだ。二人とも首から下はいらない。やれ」

 

 ベリーズ指示で四体の吸脳鬼が一斉にシキへと襲い掛かる。

 二体が左右に回り込み、もう二体が正面からその場から両腕を槍のように突き出してきた。

 

 銃弾のような速度だったが、シキの目はしっかりと捉えている。

 体内に取り込まれているナノマシンがシキの脳内分泌に作用し、体感時間が大幅に加速しているからだ。

 

 一秒の出来事が十秒にも二十秒にも感じる世界で吸脳鬼の腕を斬り払う。

 ゴムを斬るような鈍い手応えを感じながら剣を振り抜くと、切断された腕の先端はシキを掠めて飛んでいく。

 

 切断面に血管や骨は存在せず、本物の蛸のように筋繊維で構成されていた。

 二体の両腕、都合四本をあっという間に斬り払うと、今度は左右に回り込んでいた二体が腕を伸ばす。

 

「ちょっと失礼」

 

「きゃっ」

 

 ストレージボックスから外套(マント)を取り出すと、ベリーズの粘液まみれになっているジーナに被せて片手で抱きかかえる。

 シキが飛び退くのと、左右から飛んできた腕が石造りの祭壇を粉々に破壊するのは、ほぼ同時だった。

 ジーナを守るように背を向けると、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉に当たった祭壇の破片がガンガンと大きな音を立てる。

 

 治療薬によってジーナの怪我と意識はすぐに回復していた。

 このゼーレという男の素性は全く知れないが、この状況では頼らざるを得ない。

 足手まといにならないよう動こうとしたが、吸脳鬼の攻撃に反応できず助けられてしまった。

 

「よし、そのまましがみついていてくれ」

 

「に、逃げないの?」

 

「邪人を逃がすわけにはいくまい」

 

「でも剣が」

 

 ジーナの視線がシキの持つ剣に注がれている。

 業物でもなまくらでもない普通の剣は、吸脳鬼の腕を四本斬り落とした時点で刃がボロボロに欠けていた。

 吸脳鬼の腕は蛸のように見えるが、石造りの祭壇を粉々にするくらいの強度があるので仕方がない。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 シキは使いものにならない剣を放り投げると、ストレージボックスから新しい剣を出現させた。

 なんか問題がありそうな台詞になっちゃったなと思いながらも、追撃してくる腕を斬り払う。

 

「後ろよ!」

 

 シキの首に腕を回して背後を警戒していたジーナが警告の声を上げる。

 振り向かずに屈んで躱し、頭上を通過する腕を斬り落していると、正面から両腕を失っている吸脳鬼が突っ込んできた。

 

 腕の切断面は肉が盛り上がるように蠢いていて、十秒もしないうちに再生してしまいそうだ。

 再生を待たずに襲ってくる吸脳鬼に対して、シキは飛び膝蹴りを放つ。

 

 屈んだ姿勢から強引に繰り出されたにも関わらず、吸脳鬼の反応できない速度で膝蹴りが顔面に炸裂した。

 吸脳鬼の顔面があった場所を通り抜け、数メートル先で着地する。

 

「む、すまない」

 

 ジーナが生身であることをうっかり忘れていた。

 強烈な横Gを浴びて昏倒しかけているジーナを、シキは抱え直しながら振り返る。

 

 吸脳鬼の首は後方にへし折れ、後頭部と背中がくっついていたが、首が千切れた様子はない。

 溶けた飴細工のように首を伸ばし、逆さまの顔でこちらを凝視していた。

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