精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
国王アレクサンドは自身が無能であると自覚している。
建国332年の歴史の中で、国を運営する筋道は凝り固まっていて、新たな政策を実施する余地はない。
王族も貴族も、程良く腐敗している。
熟れた果実が木の枝から落ちるように、ある程度の自浄作用は備わっていた。
政変により貴族の派閥分布が変動したとしても、国の在り方はそんなに変わらない。
民からすれば、貴族の誰が税を徴収しようがどうでもいいのだ。
アレクサンドがこの国に点数を付けるなら100点満点中の60点。
この60点を高く見るか、低く見るか。
アレクサンドは高いと思っている。
60点の根拠だが、これは国に満足している国民の割合と同じだ。
貴族を含めた国民の6割が現状に満足している状態だと、アレクサンドは見積もっている。
逆に言えば4割の国民が何らかの理由で苦しみ、国を恨んでいる可能性があった。
これが4割ではなく過半数を上回る6割、7割であれば反乱が起きて、レドーク王国はとっくに滅びていただろう。
国が存続しているのだから十分ではないか。
強引に今の体制を変えて失敗し、国を恨む国民が増えたらどうするのだ。
そうアレクサンドは考えるが、当然反発するものはいる。
王族の中では王妃フランルージュがそうだ。
たとえ王族であっても女は国政に参加しないし、させない。
これもレドーク王国332年間の歴史の中で凝り固まった慣習である。
聡明な彼女のことだからアレクサンドが自国を60点と評価していることも、そしてその点数で満足、いや、失敗に怯えて何もしないことを看破しているだろう。
別にアレクサンドはそれでもよかった。
自分が虚勢を張り無能な王を続けることで国が存続するなら、
332年間続いた国がなくなることよりも、妻や子供たちが断頭台送りになるほうが耐えられない。
弟のコンスタンティンに強力な加護が発現した時は危なかった。
あの未来予知の力を使えば、間違いなく国は良くなる。
国の評価が90点くらいになる可能性もあった。
ただしそれは現在の60点に関与している貴族が認めればの話だ。
現状から30点プラスされても、60点マイナスになれば結局過半数割れして国が亡ぶ可能性がある。
当然すべての貴族が反発するわけではない。
およそ半数の貴族が王弟の既得権益を無視したやりかたを認めないと、アレクサンドは見積もった。
30点プラス、30点マイナスでイーブン。
下手をするとトータルでマイナスになるかもしれない。
そうならないよう貴族たちをとりまとめ、導く手腕が自分にあると自惚れるほど、アレクサンドは愚かではなかった。
現状維持で、国の点数が50点を下回ったら本気出す。
そうアレクサンドは思っていたのだが……。
「レカールがエリン・エンフィールドを牢から出しただと?」
側近からそう報告を受けて、アレクサンドは眉間に皺を寄せる。
長男と次男は真逆の性格をしていた。
ジルクバルド第一王子は事なかれ主義で、政治のすべてを部下に丸投げしている。
野心が全くないわけではないが、危ない橋どころか危なくない橋すら渡らない。
レカールキスタ第二王子は積極的に思いついたことを実行する。
後先を考えていないため、はっきり言って無謀でしかない。
自身の二面性をそれぞれに引き継いでいるようで、親としては嬉しくもあるが悩ましくもある。
シルクバルドは表向きの自分とそっくりなので、今の国のままであれば、問題なく王位を譲れるだろう。
問題はレカールキスタだ。
長年王家に貢献してきたサンルスカ侯爵家をあっさり裏切り、歴史は長いが国の南東に引きこもり、王家との関りが皆無であった得体のしれないペトルス伯爵家を重用している。
ペトルス伯爵家の娘は隣国からの国防を強調しているようだが、元々隣国との関係は良好だ。
それを調べずに鵜呑みにしているレカールキスタは非常に危うい。
そして本当の意味で国防を担っていたエンフィールド男爵家の娘に手を出そうとしている。
フランルージュには好きにさせておけと言ったが、誤解であるとはいえ王城の禁域へ不法侵入した者を勝手に牢屋から出すのは流石にまずい。
「仕方ない、儂が直接行って連れ戻そう」
嫌な予感がしたアレクサンドは、近衛騎士団長ドナテロと部下たちを引き連れレカールキスタの私室へと向かう。
部屋の入口には例の女、ベリーズ・ペトルスが待機していた。
褐色の肌をした妖艶な女は、アレクサンドたちを見て恭しく跪く。
「これはこれは、国王アレクサンド陛下。ご機嫌麗しゅう」
「ベリーズと言ったか。儂はレカールに用事がある。そこをどけ」
「大変申し訳ありません陛下。レカールキスタ殿下は現在湯浴み中ですので、ご用事があるのでしたら言付けを賜ります」
「嘘をつくな。エリン・エンフィールドを連れ込んでいるのは知っている」
「はい。殿下はエリン・エンフィールドと湯浴みをなさっています」
何の悪びれもなく言うベリーズにアレクサンドは一瞬鼻白むが、すぐに毅然とした態度に戻り命令する。
「知っていて庇うとは愚かな娘よ。いや、お前が唆したのか? とにかくそこをどけ。さもなくば痛い目を見ることになるぞ」
アレクサンドは引き連れていた近衛騎士団長ドナテロに目配せをする。
しかし茶髪を短く刈り上げた筋骨隆々の大男は反応しない。
焦点の定まらない目で、ぼんやりと前を見つめている。
何かがおかしい。
そう思った瞬間、アレクサンドの思考に靄がかかる。
「陛下、騎士団長殿はお疲れのようです。もしかして陛下もお疲れではありませんか? もし宜しければレカールキスタ殿下を待つ間、私に陛下の疲れを癒す役目を頂けないでしょうか」
何故だかわからないが、その提案が無性に甘美に聞こえる。
近づいてきたベリーズに手を引かれ、騎士団長ドナテロと部下たちをその場に残し立ち去ろうとした時……けたたましい音で意識が現実に引き戻された。
扉が内側から破壊され、巨大な何かが転がり出てくる。
それは全身の筋肉が異様に発達した男だった。
手足は丸太のように太く、表面の皮膚が裂けて筋線維がむき出しになっている。
身に着けていた衣類は膨張した筋肉により破れていて、露出した筋肉の上には無数の切り傷があるのだが、出血量は少ない。
肥大した筋肉で勝手に圧迫され、止血の役目を果たしているからだ。
太い首の上には、体とは不釣り合いな小さな頭が乗っかっている。
「ああ……そ、そんな……レカール……」
その顔を見てアレクサンドが呆然と呟く。
自身の内圧に耐えられないのか、目は充血を通り越して血管が破裂していた。
血の涙を流すレカールキスタ第二王子は、赤い目で破壊された扉の内側を睨みつけている。
そこから出てきたのは、踊り子のような煽情的な衣装を身に纏った美女。
青白く発光する刃を手に持ち、獰猛な笑みを浮かべているエリン・エンフィールドであった。