精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
把握している吸脳鬼の能力は五つある。
一つ目、対象の脳味噌を吸って記憶を奪う。
二つ目、精神干渉による攻撃。
三つ目、触手による物理攻撃。
四つ目、人間への擬態
そして五つ目は眷属化というものだったのだが……。
『マスター、対処が後手に回ってしまい申し訳ありません。吸脳鬼の眷属化ですが、魔力隠蔽した微小な肉腫を事前に埋め込まれている者が対象のようです』
エリンをベリーズの精神干渉から守った後、シキの元へ戻ってきたオルティエが柳眉をハの字にして謝る。
「いや、それがわかっただけでも十分だよ。ありがとうオルティエ」
吸脳鬼の情報は宮廷魔術師サマンサの手稿から入手したのだが、眷属化についてはそういう能力がある、ということだけで具体的な方法は記載されていなかった。
シキは勝手に吸血鬼のように対象の血を吸うと同時に自らの血を与えるような、手間のかかる工程をイメージしていた。
しかし実際は事前準備しておけば一気に眷属化できるようだ。
眷属化が発動すると筋肉が異常発達した化け物に変貌した。
レカールキスタ第二王子や、騎士団長ドナテロとその部下たちがそうだ。
『事前準備は可能ですが、眷属化は吸脳鬼がある程度近づいて起動させる必要があるようです。その証拠にベリーズは王城内を時計回りに移動しながら眷属を増やしています』
「そんなに肉腫を埋められている人がいるのか」
『スキャンした結果、第二王子たちの頸椎の右横に、ベリーズの触手と同じ魔力反応の肉腫を発見しました。王城を広域スキャンし、同様の魔力反応を持つ人物を検索………完了。MAPを御覧ください』
シキの拡張画面に王城の見取り図が映り、青と赤、そして黄色の光点が追加で表示される。
『王城内にいる367名のうち、34名に肉腫の反応がありました。赤の光点がそうです。青が反応なしの人間で、黄色がベリーズです。赤で点滅しているのが眷属化した人間です』
「うわ、どんどん増えてる。治す手段はないの?」
『眷属化後は難しいですが、前であれば治療薬で肉腫を異物として体外に排出できるかもしれません』
そう報告を受けたシキの判断は早かった。
自分が入っている牢屋の鉄格子を掴み、ぐにゃりと曲げると外へ出る。
「オルティエ、精霊使いとしてベリーズを阻止する。手伝ってくれ」
『了解しました。マスター』
宮廷魔術師第十位ジルコニア・オハヴァは、動揺を隠しながら必死に情報を集めていた。
王城には近衛騎士団と宮廷魔術師が常駐している。
宮廷魔術師の仕事は王族の守護はもちろんのこと、魔術や魔術具の研究開発、後進の育成、魔術を使った外交。
そして戦争軍人と多岐にわたる。
危機を知らせる警鐘が王城で鳴り響いた時、ジルコニアはラシール第二王女の教育係を務めていた。
齢四歳にして聡明な彼女は一度説明した事柄は忘れることなく、貪欲に知識を吸収していく。
最近は特に勉強熱心で、夕食後の遅い時間だというのに授業をして欲しいと要請があったのだ。
ジルコニアは自分が四歳の頃を思い出そうとして……殆ど思い出せず諦めた。
物心がついた直後の記憶なんて誰もが曖昧だ。
きっとラシールとは似ても似つかない、年相応の無邪気な子供だったに違いない。
王族としては優秀かもしれない。
しかし感情のままに親に甘えるという子供の特権を早々に手放した第二王女を、ジルコニアは少し不憫に思う。
警鐘が鳴った瞬間、ジルコニアは音に驚いて持っていた教科書を落としてしまったが、ラシールは至って冷静。
「かあさまのところに向かいましょう」
そう言って傍仕えのメイドたちを引き連れ、率先して避難を始めた。
警鐘は危機を知らせる速報だ。
追って城内にいる他の宮廷魔術師たちの魔術 《念話》で情報が飛び交う。
(突如衛兵二人が筋肉達磨の化け物になった)
(どういうことだ? 侍女が急に変身した)
(こっちは料理人が二人化けた)
《念話》の方向と距離は探知できる。
ジルコニアは脳内に思い浮かべた王城の地図に、報告内容を照らし合わせていく。
信じ難いことに、王城に勤める人々が次々と化け物に変身しているという。
(第一王子の安全は確保した)
(国王陛下の安否が不明)
(あれはまさか…第二王子が……そんな……踊り子と戦っている)
最優先は王族の安全だが、状況が芳しくなければ情報も錯綜している。
今のジルコニアにできることは、ラシールをフランルージュ王妃の元に送り届け、そのまま守りを固めること。
人気のない廊下を進んでいると、前方から凄いスピードで何かが近づいてくる。
それは純白のドレスを纏った絶世の美女だった。
微笑を湛え、長い銀髪をなびかせながら真っすぐ
ジルコニアは杖を構え、声を張り上げて警告した。
「今すぐそこで止まりなさい! それ以上近づくことは許しません!」
「あ、シキ」
空飛ぶ美女の後ろを、走って追いかけている少年を見てラシールが呟いた。
その名前をジルコニアは知っている。
不法侵入の罪で投獄されているはずの、シキ・エンフィールド次期男爵だ。
ということは飛んでいる美女が、御前試合で宮廷魔術師第三位〈雷霆〉ランディ・ウォルトと互角に戦ったという精霊か。
ジルコニアは御前試合を見なかったので伝聞でしか知らないが、伝聞通りなら脅威以外の何者でもない。
そしてこの緊急時に脱獄している時点で敵だと判断した。
故に、ジルコニアは最初から全力で魔術を放つ。
『万象の根源たる
「すみません。説明する時間が惜しいので強行します。オルティ―――」
シキと思われる少年の言葉は途中で遮られる。
それもそのはず、一瞬でシキと精霊が分厚い氷壁に閉じ込められたからだ。
ジルコニアの魔術 《
直接の攻撃手段にはならないが、その分魔術のリソースを全て四方を囲む氷壁に注ぎ込んでいた。
氷壁には魔力を流しているので、精霊のような非実体も通ることができない。
物理的にも頑丈で、あのランディ・ウォルトでもこの氷壁を壊すのは苦労するはずだ。
まぁ実際に彼とやり合ったら詠唱を潰されるのだが、発動してしまえばこっちのもの。
ジルコニアは何かしらに特化した魔術の扱いに長けていて、それが認められ宮廷魔術師十位の地位を得ていた。
「ラシール様、廊下を塞いでしまいましたので、申し訳ありませんが迂回を―――」
ジルコニアがラシールの手を引こうとした時、彼女の視線が自分よりも上に向いていることに気付いた。
「は?」
振り向き見上げたジルコニアが不機嫌そうな声を上げる。
そこには《氷河檻》で閉じ込めたはずの精霊が浮かんでいたからだ。
余裕の笑みを浮かべている。
ジルコニアは咄嗟に魔術を撃とうとしたが、精霊が手の平を掲げ緑色の粉を振りかけてくる方が早かった。
「わぷ」
粉を顔面に浴びてジルコニアが息を詰まらせる。
それは即効性の致死毒だったのだろう。
ジルコニアは首の後ろに激痛を覚えると、そのまま意識を失ってしまった。