精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

170 / 266
168話 老練な幼女と白い老人

 オルティエがジルコニアを倒し……ではなく治療した。

 Break off Online 製の治療薬がジルコニアに振りかかると、ナノマシンが体内にある異物の排出にとりかかる。

 

 首の後ろの、うなじの少し下あたりから、小指の先ほどの肉腫がせり出してぽとりと床に落ちた。

 ジルコニアは激痛で顔を歪めると、そのまま気絶してしまう。

 

 術者の意識が途切れたことにより、シキを囲っていた《氷河檻》も消失した。

 《氷河檻》は魔素を氷に作り変えて発現させていたので、水滴のひとつも残らない。

 

 さて、何故オルティエだけ先に《氷河檻》を抜け出せたかだが、それは Break off Online の表示設定と物理判定をオフにしたからだ。

 こうなるとシキ以外にはオルティエを見ることも触れることもできない。

 

『肉腫は頸椎の神経に癒着していましたが、問題なく排出できたようです。しかしアトルランの魔術や外科手術では不可能でしょう』

 

「凄く痛そうだけどね……。他の人も早く助けないと」

 

 唯一の戦力であったジルコニアが倒れると、残された三名の侍女たちはラシールをシキから守るように立ちはだかる。

 事情を説明する時間が惜しかったので、シキは彼女たちの横を一気に走り抜けようとしたが、幼い声がそれを遮った。

 

「シキはだいじょうぶ。みかたです」

 

「ラシール様!?」

 

 侍女の一人の背中に隠されていたラシールが、顔を出し小さな手で床に落ちた肉腫を指差す。

 

「くびのうしろから、なにかが落ちました。これはわるいものですね?」

 

「その通りです。城は現在、吸脳鬼という邪人の襲撃に遭っています。この肉腫が埋め込まれている人が怪物に変身してしまうのです」

 

「シキはジルコニアのように、ほかの人もなおせますか?」

 

 シキが頷くと、ラシールは侍女の一人に指示をする。

 

「マリーはさきにかあさまのもとに行って、いまのはなしをつたえて。そのあとおうえんをここにつれてきて。わたしたちはジルコニアをみています」

 

「ですがラシール様を残しては」

 

「この周辺に邪人や肉腫を埋め込まれている人は、もういませんので安心してください」

 

「シキがそう言ってるからだいじょうぶ」

 

「……畏まりました」

 

 マリーと呼ばれた侍女は完全には納得していないようだったが、スカートの裾を摘まみ駆け足で去って行った。

 シキとすれ違う際に睨みつけて牽制することも忘れない。

 

「マリーがごめんなさい」

 

「いいえ、俺が怪しい人物なのは間違いありませんから」

 

「そのにんしきも今日でかわる。せきにんはかあさまとぼくが取ります。どうか城のみんなをたすけてください」

 

 ラシールが頭を下げたのを見て、侍女二人も慌ててそれに倣った。

 

「承知しました。それでは行ってきます。あ、ジルコニアさんが目覚めたら、ベリーズ・ペトルス伯爵令嬢という名前に心当たりがないか聞いておいてください。その女が邪人です」

 

 シキはそう言い残して、次の現場へと大急ぎで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 襲い掛かってきた衛兵の腕を掴み、シキは華麗に一本背負いを決めた。

 背中を激しく床に打ち付け、息を詰まらせている衛兵の顔にオルティエが治療薬を振りかける。

 すると首から肉腫が零れ落ち、衛兵は白目を剥いて気絶した。

 

 ベリーズは王城を時計回りに移動しながら眷属を増やしているため、シキは反時計回りに移動して肉腫を埋め込まれた被害者を治療している。

 事情を説明しても絶対に信用してもらえないので、問答無用で治療薬をぶっかけて回っていた。

 

 傍から見ると完全にシキが警鐘を鳴らされる原因だが仕方がない。

 者ども出合え、出合えと言わんばかりに集まってくる衛兵や宮廷魔術師を、シキはちぎっては投げ、ちぎっては投げ突き進む。

 

「彼女、本当に四歳なのかな。俺みたいに中の人がいたりして。今度日本語で話しかけてみようかな」

 

『不用意に日本語を開示することには賛成しかねます』

 

 そう答えるオルティエの音声もオフにしてあるので、シキ以外に聞こえていない。

 周囲からは口パクで何かを訴える精霊に、シキが返事をしているように見えている。

 

 人と契約できる精霊は下位から中位に限られ、契約者以外と意思の疎通はできない。

 人語を理解し不特定多数と会話が成立するのは上位精霊だけ。

 

 つまりオルティエの音声をオフにしているのは、上位精霊ではないという偽装だ。

 そもそもスプリガンはアトルランにおける精霊とはかけ離れた存在ではあるが。

 

「なら普通の会話の中で探りを入れていくか。今後そんなに会う予定もないけど……っと」

 

 多勢に無勢をものともしないシキの進む先に、宮廷魔術師の集団が現れたので立ち止まる。

 

「よくもサランを!」

 

 直前にシキが治療して背後の床に倒れている宮廷魔術師を見て、若い男が怒りを露わにする。

 掲げた杖の先から巨大な火球が生み出された。

 

「ちょ、室内なんですけど」

 

「これこれ、待ちなさい。スコット君」

 

 集団の中央にいた老人が声をかけると、今にも暴発しそうなくらい膨れ上がっていた火球が一瞬にして消えてしまった。

 その老人は長い白髪と髭を蓄えているだけでなく、白いローブを着ているため全身が真っ白だ。

 

「老師! 何故止めるのですか!」

 

「よく見なさい。サラン君は無事ですよ。それにあの肉片」

 

 老人が指揮棒のような小さい杖を振ると、サランと呼ばれた宮廷魔術師と床に落ちていた肉腫が浮き上がり、老人の元へと飛んでいく。

 サランはスコットが慌てて抱きかかえ、肉腫は老人の目の前で止まった。

 そして躊躇うことなく指で肉腫を摘んで弾力を確かめている。

 

「ほうほう、これは異界の魔素を蓄えておる。闇の眷属か邪人のものだね?」

 

「吸脳鬼という邪人の肉腫です、放置しておくと埋め込まれていた人が化け物に変身します」

 

「つまりシキ・エンフィールド殿は我々の仲間を救って回っていてくれたと」

 

「その通りです」

 

 二人の会話を聞いて宮廷魔術師たちがざわついたが、老人が片手を上げて静かにさせる。

 

「ふむふむ、経緯を詳しく聞かせてくれるかね?」

 

 シキとしてもようやく話の通じる相手が出てきて安堵する。

 急いでいるため要点だけ説明すると、老人はうんうんと頷いてから魔術 《念話》を行使した。

 

(宮廷魔術師第一位フールーザが命ずる。此度の首魁はベリーズ・ペトルス伯爵令嬢。褐色の肌に暗灰色の髪。この者を見つけたら決して近づかず、儂に報告しなさい)

 

「これですぐにでも吸脳鬼の居場所がわかるだろう」

 

「あ、居場所はわかってます。うちのオルティエ。精霊が教えてくれました」

 

「なんと。どこにいるのかね?」

 

「イルミナージェ第一王女殿下の近くです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。