精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「よ、よーし、そこまでだ。観念しろベリーズ・ペトルス。いや邪人
ルミナの外見からは想像できない怪力を見せられて、場には微妙な空気が流れていた。
神々からの加護で膂力が増していたとしても規格外だ。
しかしその実態は加護ですらない。
ルミナは科学技術の粋を集めて造られた合成人間であり、筋肉密度が常人の何倍にも増強されていた。
つまりこれは純粋なパワー(物理)なのだ。
正体を暴かれ、追い詰められたベリーズから表情が抜け落ちる。
いや、抜け落ちたのは表情ではなく顔そのものか。
南国風の堀の深い顔立ちは削ぎ落され平たくなる。
鼻腔が消失し、口の部分には鋭い歯が生えた
肥大化した紅い瞳には横長の角張った瞳孔が浮かび上がっていた。
「下等生物共が舐めるなよ。〈
吸脳鬼としての本来の姿を現したベリーズが、くぐもった声で叫ぶ。
肥大化した紅い瞳を爛々と輝かせ、
「オルティエ!」
『サイコフィールドを広域展開します』
純白のドレス姿の
突如現れた謎のフィールドに、誰もが驚き上を見上げている。
「馬鹿な! 精神干渉を中和する空間を作っただと!?」
誰一人として怖気状態にならずベリーズが呻く。
今日だけで何度も抵抗されてるのに学習しないなぁ、と思うシキであったが、それも仕方がないことであった。
吸脳鬼の放つ精神干渉は防御する手段が限られている。
その証拠に今日という日まで、ベリーズは精神干渉に抵抗されたことがなかった。
慢心する十分な実績があったのだ。
神聖魔術 《
だがそれも持ち前の勇気を奮い立たせる必要があり、しっかりと怖気を意識したうえで抵抗しなければならない。
抵抗する者の意思が弱ければ、結局怖気に負けてしまうこともある。
にも関わらず、精霊オルティエはこの場にいる全員を、精神干渉そのものから守ってしまう。
意識して抵抗する必要さえない。
これにはウルティアとボガード司祭、そしてシキと共にやってきた宮廷魔術師第一位フールーザも驚きを隠せなかった。
三者三様の反応を見せている。
「これがシキの精霊の力……」
「さすがは神託で謳われた救国の英雄だ」
「ほうほう、本当に魔素を探知できないのですね」
ベリーズは呆然とサイコフィールドを見上げていたが、シキの接近に気が付いて後ずさる。
「ちなみにお前がこれから眷属化させようとしていた人々の肉腫は、俺の精霊オルティエが取り除いたからな」
「ふん、見え透いた嘘だな。貴様ら如きが取り除くどころか、見つけられるわけがない」
「おやおや、そうかな? これだろう?」
会話に割り込んだフールーザが杖を掲げると、どこからともなくサランに埋め込まれていた肉腫が飛んできた。
フールーザの前に空中に浮かんでいる肉腫を見て、ウルティアが気色悪そうに顔を顰める。
『マスター、肉腫を埋め込まれた34名中、治療薬で対処したのは16名です』
「お前が肉腫を埋め込んだのは34人で、俺が治したのは16人だ。計算は合っているか?」
シキの質問に返答はなかったが、ベリーズの反応が正解だと物語っていた。
力なくその場に崩れ落ち、俯き肩を震わせている。
「まさか眷属の種を見破るだけでなく、取り出されるとはな……だがな、下等生物ども。神格を得るには少し足りないが、貴様らを屠るだけなら十分だ。嗚呼、偉大なる〈悪魔卿〉よ……どうか我を師団の末席に加えた給へ」
ベリーズが両手を組み邪神への祝詞を唱えると、その体に変化が起きた。
全身から半透明な粘液が噴き出して床を濡らしていく。
最初は半透明だったがすぐに濁り始める―――ベリーズの体そのものが溶け始めたからだ。
あっという間に全身が溶けてなくなり、ベリーズだったものが汚泥と化して床に広がる。
そしてそれはベリーズだけでなく、近くにいた眷属三体も同様であった。
ドロドロに溶けたそれらは床を這いずり、混ざり合い、浮かび上がり、壊れた噴水の上で球体になる。
中庭の外から、どこからともなく新たな汚泥が床を這ってやってきた。
それらも噴水の残骸を登り、浮かび上がって混ざり合い、球体は次第に大きくなっていく。
次第に吸脳鬼の頃には隠蔽されていた、邪人特有のおぞましい魔力が周囲に漂い始めた。
精神干渉とはまた違う、根源的恐怖が沸き起こる。
「これはちとマズイかもしれん。全員中庭から退避せよ! シキ・エンフィールド、君も逃げなさい。これはさすがに手に負えない」
「いいえ、そういうわけにはいきません」
「シキ!」
中庭から避難する衛兵たちの波に逆らうようにして、肌色面積の多い美女がやってくる。
踊り子風の衣装を纏ったエリンだ。
「母様」
「どうしよう、第二王子が溶けちゃった! 倒さないよう手加減してたのに」
「やっぱり他で暴れていた眷属も集まってきてるのか。残念だけどもう……」
シキは空中に浮かぶ球体を見上げつつ、フランルージュ王妃の悲し気な顔を思い出してた。
親より先に死んでしまうとは、なんて親不孝なんだろう。
吸脳鬼1体と眷属18体が集まった球状の汚泥は、直径5メートル程にまで膨れ上がっている。
都合19種類の色が混ざり合いマーブル模様を描き、それはまるで夜空に浮かぶ惑星のよう。
星辰が正しい位置についたとでも言うのか、不意に蠢いていたマーブル模様が動きを止める。
そして水風船が割れるかのように、表面を覆ってた膜が一瞬で破れた。
中にあった汚泥が滝のように流れ、その奥にいた者の姿が露わになる。
褐色の肌にダークグレーの髪。
立てた両膝を両手で抱え、体育座りのような姿勢でふわふわと浮かんでいた。
眠るように瞑っていた目がゆっくり開かれると、紅い瞳が爛々と輝く。
それは直径5メートルの球に収まる程に巨大化した、吸脳鬼ベリーズであった。