精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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170話 in the soup

「よ、よーし、そこまでだ。観念しろベリーズ・ペトルス。いや邪人吸脳鬼(イーリアス)

 

 ルミナの外見からは想像できない怪力を見せられて、場には微妙な空気が流れていた。

 神々からの加護で膂力が増していたとしても規格外だ。

 しかしその実態は加護ですらない。

 

 ルミナは科学技術の粋を集めて造られた合成人間であり、筋肉密度が常人の何倍にも増強されていた。

 つまりこれは純粋なパワー(物理)なのだ。

 

 正体を暴かれ、追い詰められたベリーズから表情が抜け落ちる。

 いや、抜け落ちたのは表情ではなく顔そのものか。

 

 南国風の堀の深い顔立ちは削ぎ落され平たくなる。

 鼻腔が消失し、口の部分には鋭い歯が生えた(あな)

 肥大化した紅い瞳には横長の角張った瞳孔が浮かび上がっていた。

 

「下等生物共が舐めるなよ。〈悪魔卿(イビルロード)〉の威光を見よ!」

 

 吸脳鬼としての本来の姿を現したベリーズが、くぐもった声で叫ぶ。

 肥大化した紅い瞳を爛々と輝かせ、精神干渉(マインドブラスト)を放った。

 

「オルティエ!」

 

『サイコフィールドを広域展開します』

 

 純白のドレス姿の()()()()()()()が両手を天に掲げると、中庭は薄紫のドーム状の幕のようなもので覆われた。

 突如現れた謎のフィールドに、誰もが驚き上を見上げている。

 

「馬鹿な! 精神干渉を中和する空間を作っただと!?」

 

 誰一人として怖気状態にならずベリーズが呻く。

 今日だけで何度も抵抗されてるのに学習しないなぁ、と思うシキであったが、それも仕方がないことであった。

 

 吸脳鬼の放つ精神干渉は防御する手段が限られている。

 その証拠に今日という日まで、ベリーズは精神干渉に抵抗されたことがなかった。

 慢心する十分な実績があったのだ。

 

 神聖魔術 《勇気(ブレイブリー)》が数少ない抵抗手段で、文字通り勇気を増幅させて怖気に抗いやすくさせる。

 だがそれも持ち前の勇気を奮い立たせる必要があり、しっかりと怖気を意識したうえで抵抗しなければならない。

 

 抵抗する者の意思が弱ければ、結局怖気に負けてしまうこともある。

 にも関わらず、精霊オルティエはこの場にいる全員を、精神干渉そのものから守ってしまう。

 意識して抵抗する必要さえない。

 

 これにはウルティアとボガード司祭、そしてシキと共にやってきた宮廷魔術師第一位フールーザも驚きを隠せなかった。

 三者三様の反応を見せている。

 

「これがシキの精霊の力……」

 

「さすがは神託で謳われた救国の英雄だ」

 

「ほうほう、本当に魔素を探知できないのですね」

 

 ベリーズは呆然とサイコフィールドを見上げていたが、シキの接近に気が付いて後ずさる。

 

「ちなみにお前がこれから眷属化させようとしていた人々の肉腫は、俺の精霊オルティエが取り除いたからな」

 

「ふん、見え透いた嘘だな。貴様ら如きが取り除くどころか、見つけられるわけがない」

 

「おやおや、そうかな? これだろう?」

 

 会話に割り込んだフールーザが杖を掲げると、どこからともなくサランに埋め込まれていた肉腫が飛んできた。

 フールーザの前に空中に浮かんでいる肉腫を見て、ウルティアが気色悪そうに顔を顰める。

 

『マスター、肉腫を埋め込まれた34名中、治療薬で対処したのは16名です』

 

「お前が肉腫を埋め込んだのは34人で、俺が治したのは16人だ。計算は合っているか?」

 

 シキの質問に返答はなかったが、ベリーズの反応が正解だと物語っていた。

 力なくその場に崩れ落ち、俯き肩を震わせている。

 

「まさか眷属の種を見破るだけでなく、取り出されるとはな……だがな、下等生物ども。神格を得るには少し足りないが、貴様らを屠るだけなら十分だ。嗚呼、偉大なる〈悪魔卿〉よ……どうか我を師団の末席に加えた給へ」

 

 ベリーズが両手を組み邪神への祝詞を唱えると、その体に変化が起きた。

 全身から半透明な粘液が噴き出して床を濡らしていく。

 

 最初は半透明だったがすぐに濁り始める―――ベリーズの体そのものが溶け始めたからだ。

 あっという間に全身が溶けてなくなり、ベリーズだったものが汚泥と化して床に広がる。

 

 そしてそれはベリーズだけでなく、近くにいた眷属三体も同様であった。

 ドロドロに溶けたそれらは床を這いずり、混ざり合い、浮かび上がり、壊れた噴水の上で球体になる。

 

 中庭の外から、どこからともなく新たな汚泥が床を這ってやってきた。

 それらも噴水の残骸を登り、浮かび上がって混ざり合い、球体は次第に大きくなっていく。

 

 次第に吸脳鬼の頃には隠蔽されていた、邪人特有のおぞましい魔力が周囲に漂い始めた。

 精神干渉とはまた違う、根源的恐怖が沸き起こる。

 

「これはちとマズイかもしれん。全員中庭から退避せよ! シキ・エンフィールド、君も逃げなさい。これはさすがに手に負えない」

 

「いいえ、そういうわけにはいきません」

 

「シキ!」

 

 中庭から避難する衛兵たちの波に逆らうようにして、肌色面積の多い美女がやってくる。

 踊り子風の衣装を纏ったエリンだ。

 

「母様」

 

「どうしよう、第二王子が溶けちゃった! 倒さないよう手加減してたのに」

 

「やっぱり他で暴れていた眷属も集まってきてるのか。残念だけどもう……」

 

 シキは空中に浮かぶ球体を見上げつつ、フランルージュ王妃の悲し気な顔を思い出してた。

 親より先に死んでしまうとは、なんて親不孝なんだろう。

 ()()()()()()として、シキはレカールキスタ第二王子に複雑な感情を抱いていた。

 

 吸脳鬼1体と眷属18体が集まった球状の汚泥は、直径5メートル程にまで膨れ上がっている。

 都合19種類の色が混ざり合いマーブル模様を描き、それはまるで夜空に浮かぶ惑星のよう。

 

 星辰が正しい位置についたとでも言うのか、不意に蠢いていたマーブル模様が動きを止める。

 そして水風船が割れるかのように、表面を覆ってた膜が一瞬で破れた。

 中にあった汚泥が滝のように流れ、その奥にいた者の姿が露わになる。

 

 褐色の肌にダークグレーの髪。

 立てた両膝を両手で抱え、体育座りのような姿勢でふわふわと浮かんでいた。

 眠るように瞑っていた目がゆっくり開かれると、紅い瞳が爛々と輝く。

 

 それは直径5メートルの球に収まる程に巨大化した、吸脳鬼ベリーズであった。

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