精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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174話 幕切れ

『マスター!』

 

「俺は大丈夫だ。悪いけど先にサイコフィールドをお願い」

 

 壁に寄りかかりぐったりとしていたシキの元へ、オルティエがやってきた。

 シキの口元に付着した血を親指で優しく拭うと、オルティエがサイコフィールドを展開する。

 

 イルミナージェと護衛騎士たちも、ベリーズの精神干渉をもろに受けていた。

 早急に回復させなければ命に関わる。

 サイコフィールドにより精神干渉が中和されると、恐怖で体だけでなく呼吸も止まっていたイルミナージェたちが息を吹き返す。

 

「イルミナージェ様、大丈夫ですか?」

 

「かっ、かはっ……シキ………シキ! あああああああぁ!」

 

 意識を取り戻したイルミナージェではあったが、それと同時に味わった恐怖もぶり返す。

 シキに縋りつき、涙を流しながら絶叫する。

 

「もう終わりましたから。ゆっくり呼吸してください」

 

「ううっ。シキぃ……」

 

 シキはイルミナージェが落ち着くまで、背中をさすりながら優しく話しかけ続けた。

 視線だけオルティエに向けると、若干不貞腐れた顔を見せられながら報告を受ける。

 

『中庭の殲滅は完了しました。しかしマスターの倒した亜神ベリーズの残滓が、王城から逃れるように移動しているのを検知しました』

 

 しぶとい奴だ。

 イルミナージェの頭がすぐ傍にあるため、シキは無言のまま眉を顰める。

 

 すぐに対処が必要だろう。

 そう思って立ち上がろうとしたのだが、イルミナージェがしがみついて離れない。

 

「あの、イルミナージェ様」

 

「第一王女殿下! ご無事ですか!? ……わお」

 

 宮廷魔術師の女性が私室に飛び込んできたが、シキに抱き着いているイルミナージェを見て頬を赤らめていた。

 微妙な反応が気になりつつも、見覚えのある顔だったので話しかける。

 

「貴女はサランさんですね」

 

「あら、私の名前をよくご存じで」

 

「スコットさんにそう呼ばれていたので」

 

「そういうことでしたか。先程は助けて頂きありがとうございました。フールーザ老師から話は聞いています。シキ殿に肉腫を取り除いてもらえなければ、私も怪物になっているところでした。それでお疲れのところ申し訳ないのですが、他に肉腫を埋められている者がいれば、治療してもらえませんか?」

 

「わかりました。精霊オルティエが探知できますので、治療して回りましょう。イルミナージェ様、そろそろ……」

 

 シキが促しても、イルミナージェは強く抱きしめ返すばかりで離れようとしない。

 仕方なく抱きかかえたまま治療に奔走するはめになった。

 気絶したままのテレーズと護衛騎士は、シキが打ち破った石壁の穴から様子を伺っていた侍女たちに任せて私室を後にする。

 

「オルティエ」

 

『亜神ベリーズの残滓はこちらで対処します』

 

 皆まで言わずとも理解しているオルティエが微笑む。

 目はちっとも笑っていなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 ベリーズ、いや、名もなき吸脳鬼(イーリアス)は敗北感に打ちひしがれていた。

 神の残滓が抜け落ち吸脳鬼の姿に戻っていて、現在は明かりを避けながら王城からの脱出を図っている。

 

 吸脳鬼に個体名は存在しない。

 吸脳鬼たちの脳はテレパシーで繋がり、意識も記憶も共有している。

 個の意識は限りなく薄かった。

 

 ただベリーズ役の個体は他の吸脳鬼を統率する立場にあり、能力も優れていたがそれも些細なこと。

 集めた記録の全ては集合的無意識(悪魔卿の元)へ向かうのだから。

 

 ……などと考えられるのは問題があった際に同胞を切り捨てる側だから、ということにこの個体は気付いていない。

 

 吸脳鬼は遥か昔から信奉する神の啓示に基づいて行動している。

 レドーク王国への攻撃も啓示であり、まずは森人族の奴隷の脳を吸い、擬態して隣国から潜入した。

 

 ()()()()()が拷問の後に殺されるのを見届けてから、本物のベリーズ・ペトルスに接触。

 その後は頃合いを見てベリーズに成り代わり、レドーク王国の裏世界へと支配域を伸ばしていく。

 

 何故ベリーズ・ペトルスの姿に擬態しなかったのか。

 それは信奉する神の姿を模したかったという我欲と、正体が発覚するわけがないという驕り。

 

 過去の暗躍においてはそれでも通用したが、今回は途中から何もかもがうまくいかなくなった。

 全てはあの大敵(アークエネミー)のせいだ。

 

 この場を逃げ切ったならば、必ず復讐を遂げる。

 偉大なる〈悪魔卿〉のために創造神の―――

 

 

 

 人間の精神波を探知して、避けるように城内を移動していた吸脳鬼だったが、城門に近づいたところで身動きが取れなくなってしまった。

 一か八か中央突破を試みるしかない。

 

 通路の死角からタイミングを見計らっていたその時、城門の外側からジーナ・サンルスカが現れた。

 ペトルス伯爵邸に残された吸脳鬼の死体を回収し、王族へ状況を説明するためにやってきたのだ。

 

 これは千載一遇のチャンス。

 なんとか油断させつつ接近し、人質に取れば逃げられるかもしれない。

 

 吸脳鬼は我欲も驕りもかなぐり捨てて、自分が生き残るために姿を変える。

 選んだのは色白で金髪碧眼、体の線が細い女性の姿。

 

「レティ先生!」

 

 通路から飛び出してきた人物を見て、ジーナが息を飲んだ。

 

「そんなまさか、ベリーズ!?」

 

「吸脳鬼に捕まっていたけど。なんとか逃げ出してきたの。お願い助けて」

 

 ふらふらと歩み寄ってくるベリーズに、ジーナが思わず手を差し伸べようとする。

 本物がこの場にいるわけがないし、姿も昔のままだ。

 

 明らかに不自然だが、僅かな隙が作れればそれでいい。

 ベリーズは指先を伸ばし、ジーナの首に巻きつけようとして……

 

「ジーナ嬢、油断は禁物だ」

 

 男の低い声と共に、ジーナの背後で黒い旋風が巻き起こる。

 ジーナを通過した旋風はベリーズの指を切り飛ばし、体を押し倒したところで収まった。

 

 旋風の中から現れたのは、全身が漆黒の鎧で包まれた騎士だ。

 押し倒したベリーズの胸を踏みつけ、剣の切っ先を首に向けている。

 

「あっ、ゼーレ様」

 

「擬態した吸脳鬼で間違いない。この俺が引導を渡してやろう」

 

「き、貴様―――」

 

 ベリーズの叫びはゼーレの剣が翻り、首を切断されたことによって途切れた。

 首だけが転々と転がり、城門を潜り抜けた所で止まる。

 

 城門の明かりに照らされたその顔はベリーズではない。

 のっぺりとした吸脳鬼のもので、苦悶の表情を浮かべていた。

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