精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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178話 ひとりじゃない

「ようこそ。地母神を祀る地神教の神殿へ」

 

 王城での非公式会談を終えた翌日、シキとエリンはウルティアの案内で地神教の神殿を訪れていた。

 王都の目抜き通りに面した神殿は古く、巨大で、厳かな雰囲気に包まれている。

 誰に言っても伝わらないので、シキは脳内で(東京ドーム二個分くらいかな)と勝手に呟く。

 

 地神教は地母神と呼ばれる中柱の神を信仰していて、大陸全土で最も信徒数が多い。

 創造神はアトルランに五つの大陸を作り、それぞれに〈智慧の神〉〈混沌の女神〉〈試練の神〉〈地母神〉を守護神として配置した。

 

 神が一柱足りないのは仕様である。

 神話によると創造神は自身の神力を分け与えて守護神を作ったのだが、うっかりさんな創造神はペース配分を間違えた。

 四番目の大陸の守護神を創造した時点で神力が尽きたため、五番目の大陸には守護神がいないのだ。

 

 故に()()()〈神無き大陸〉と呼ばれ、魔獣や闇の眷属、邪人といった脅威に晒されやすい土地として有名であった。

 そりゃぁエンフィールド大樹海も強力な魔獣で溢れかえるよねと、シキも納得だ。

 

 神々にはそれぞれ役割がある。

 地母神は名前の通り生命や豊穣を司っているため、大陸を問わず信仰者が多い。

 

 それなら混沌の女神とか字面的に邪神では?

 シキは初めて名前を聞いた時に思ったが、混沌を混沌でもって御するという、いい意味で混沌を支配する女神なんだそうだ。

 

 降ってわいたような幸運も不幸も混沌の女神の意図するもので、仮に不幸な出来事に見舞われたとしても、巡り巡って違う誰かの幸運に繋がっているらしい。

 

 よくわからないが、「風が吹けば桶屋が儲かる」の風をコントロールするようなものだろうか。

 もしくはゲームで言うところの、「乱数調整をして低確率の良い結果を引き当てる」やつだろうか。

 この説明ではやはり誰にも通じないので、人に聞くに聞けなかった。

 

 廊下をすれ違う信者たちが立ち止まり深々と頭を下げる度に、微笑を湛えたウルティアが対応する。

 そのやりとりを見ていたシキは、信者が捌けたところで口を開く。

 

「ウル姉、ちゃんと聖女やってるんだね。孤児院にいた時とは別人みたいだ」

 

「男爵家の養子どころか、王族だった人に言われたくないよ。あの頃から知ってたの?」

 

「ううん、知ったのは最近だよ」

 

「畏まった方がいい? シキ次期辺境伯様、 建国初期に建立された地神教の神殿はいかがかしら?」

 

「よく手入れがされていて静謐で、神を身近に感じるようです。聖女ウルティア様」

 

 お互いに言って……

 数秒の沈黙の後に、ぷっと噴き出して笑い合う。

 

「うん、ないね」

 

「そうだね、ないね。俺にとってウル姉はやっぱりウル姉だよ」

 

「シキの姉の座は誰にも譲るつもりはないけど、もう一声欲しいなぁ」

 

「もう一声?」

 

「じーー」

 

「あ、でも私の前では今まで通りのシキでいいけど、正式に辺境伯になったら貴族としての仕事は増えるから、礼儀作法は学んだ方がいいよ。というか学ばされるね」

 

 シキに同行しているエリンから牽制の視線を受けて、ウルティアが誤魔化すように話題を変えた。

 話題の内容に心当たりのあったシキが、露骨に顔を顰める。

 

 昨日の会談の後に、イルミナージェから今後の予定を聞かされていた。

 侯爵と同格の辺境伯になるからには、第一王女派の一角を担う立場からは逃れられない。

 

 エンフィールドの開発を最優先にしてもよいという約束はしてあるが、辺境伯としての最低限の仕事はある。

 辺境伯への陞爵及び論功行賞の授与式までに、新制される派閥貴族たちとの顔合わせ、衣装作り、授与式のリハーサルとやることは多い。

 

 つまり授与式が終わるまでエンフィールドには帰れなかった。

 ただしシキにはスプリガンへの〈搭乗〉〈降機〉を利用した転移があるので、秘密裏に帰ることは可能だし、エフェメラの捜索も再開する予定だ。

 

「大変そうだけど頑張ってね」

 

「他人事みたいに言ってるけど、母様も授与式に出るんだからね」

 

「はーい」

 

 本日地神教の神殿を訪れたのは、シキの聖人指定に向けた地神教関係者との事前打ち合わせのためである。

 ウルティアに案内された部屋では、ボガード司祭の他に十名程の信者が待っていた。

 その中でも一際立派な法衣を纏った妙齢の女性が、シキを見るなり目をキラキラさせて声を上げる。

 

「へえ、その子がウルティアの()()()なのね」

 

「ふぁっ、ロゼリア様。急に何を言うんですか」

 

「いい反応するわねぇ。これはアルネイズの眉間の皺が深くなるのも納得ね」

 

「ようこそいらっしゃいました。シキ殿、エリン殿。先に自己紹介して頂いてもよろしいですか? 枢機卿」

 

 ウルティアをからかって遊んでいた女性だが、ボガードに促されると椅子から立ち上がり優雅に一礼した。

 ウェーブのかかった飴色の長い髪がふわりと舞い、紫紺の瞳にシキの姿が映る。

 

「失礼しました。私はロゼリア・アトライト。レドーク王国の地神教を取りまとめる枢機卿、及び聖女を務めさせて頂いています」

 

「シキ・エンフィールドです。聖女って複数いらっしゃるんですね」

 

「要は役職ですから。ですが相応の能力と貢献が必要ですので、多くても一国に数名となるでしょう。シキさんに差し上げる聖人も聖女と同格の役職とお考えください」

 

「その聖人という役職を授かるにあたって、俺は地神教に入信する必要があるのでしょうか?」

 

 アトルランにおいて信仰は自由である。

 加護という神の存在を明確に示す力が人々に与えられているが、特定の神を信仰することを強要されてはいない。

 

 アトルランの神々は個別の役割を与えられた創造神の分身である。

 なのでどの神を信仰しても宗派違いくらいの位置づけなのだが、それでも宗教戦争があるところではあった。

 人の業とは深いものだ。

 

 ただし過去には行き過ぎた争いは神直々に制裁が下った例があるし、邪人や闇の眷属といった人類共通の敵がいるため、大規模な戦争にはなりにくい。

 なお神の名を掲げた戦争が少ないというだけで、国家間の戦争は普通にある。

 やはり人の業は深いのであった。

 

「いいえ、特に何かをして頂く必要はありません。こちらが勝手に神託で予言された救国の英雄を聖人指定するだけですから。でもそうね……願わくば、これからも神託により様々な困難が待ち構えているであろう、ウルティアを大切にしてもらえないかしら」

 

「はい。もちろんです」

 

「良かったわねウルティア。即答で大切にしてくれるって言ってもらえて」

 

「なっ……!?」

 

 意味ありげにロゼリアが言うと、ウルティアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

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