精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「ティオラ、貴女には三つの選択肢があるわ」
影の支配者と名高いジーナ・サンルスカの言葉を、ティオラ・インタリードはぼんやりと聞いていた。
ティオラは罪を犯して捕まったアートリース伯爵領から移送され、現在は王都近郊の街にある騎士団詰所の牢屋に入れられている。
薄暗い牢屋の鉄格子越しに、自身にとって死神であろう女と対峙していた。
「一つ目はこのまま処刑。斬首だからそう苦しまなくて済むわ。二つ目は犯罪奴隷として鉱山送り。もちろん貴女が採掘するのではなくて、採掘者たちの慰め役よ」
どちらも想定内の罰だ。
これ以上汚れる前に死ぬか、更に汚れて死んだように生き続けるかの差でしかなかった。
そんなことを言うために、わざわざジーナ・サンルスカが出てくるわけがない。
「三つ目を選んだ場合、貴女には鉱山送りの途中で事故に遭って行方不明になってもらうわ」
「……うわ」
思わず途中で反応してしまったティオラを見て、ジーナが笑みを深める。
「ティオラ、貴女について調べたわ。〈魔術詠唱の
「買い被りです。評価されたのはその論文だけです。もし宮廷魔術師になったとしても、すぐに実力不足で追い出されていたことでしょう」
「その論文だけって言うけれど、発表したのはその一つだけよね。他のも発表していたらどうなっていたかしら」
「そこまで調べたのですか」
まさか三年前に作成したが隠したままの、未発表の論文まで見つけられているとは。
いよいよ三つ目の選択肢の内容が怪しくなってくる。
ティオラ・インタリードは主体性のない女だった。
三姉妹の次女として生まれ、気の強い姉とわがままな妹に挟まれて幼少期を過ごす。
長女は姉という権力を振りかざし、三女は末娘という大人たちから可愛がられる立場を利用してやりたい放題。
次女のティオラはその板挟みとなり、長年被害を受け続けてきた。
姉と妹のようにはなりたくない。
そう散々思わされた結果、今の性格のティオラが出来上がった。
気が弱い、とは少し違う。
己の主張を通すことによって、周囲から白い目で見られるのが嫌だった。
だから主張しない、という点においては強い意思を持っている。
魔術に才能があり研究も好きで、ジーナの言う通り一つ目の論文で評価されたのは嬉しかったが、周囲の目が嫌になって逃げだした。
新しい理論を発表するということは、己の主義主張を通すということになるわけで……。
わがままを言っていただけの姉妹たちと本質的には違うとわかっていても、植え付けられたトラウマは払拭できなかった。
結局貴族社会からも逃げて冒険者をやっていたところを、サーライトとかいうクズに捕まり堕ちるところまで堕ちる。
どんな罰も受け入れるつもりだが、一つだけ後悔があった。
一緒にサーライトの奴隷として捕まっていた、幼馴染であるアイリス・ルトラの存在だ。
アイリスは冒険者になったティオラを心配し、追いかけてきたせいでサーライトに捕まってしまった。
自分のせいでアイリスを貶め穢してしまったという事実に、今現在も自身を呪い続けている。
そして何度サーライトを巻き込んで焼身自殺できないか、試行錯誤したことか。
この残された命は、アイリスのために使うと決めている。
「鉱山送りの途中で事故に遭って行方不明になった後、貴女には別人となって生きてもらうわ。サンルスカ侯爵家の裏の顔は知っていると思うけど、私の手足となって働いてもらいたいの。日頃の生活は保障するわ」
三つ目は裏組織への勧誘だった。
概要を聞いた限りでは一番温情のある沙汰に思えるが、実際は真逆である。
死を以て許されず、人間の範疇である奴隷としても認められないということは、人間以下の存在になるということだ。
非合法の娼館、人攫い、密輸入、麻薬に暗殺……。
いずれにせよ、これまで以上に人の尊厳を踏みにじることになる。
底だと思われていた現在の立ち位置は、まだまだ底ではなかったのだ。
そして自分は尊厳を踏みにじる彼らよりも、もっと碌な死に方をしないだろう。
牢屋の中で椅子に座るティオラは、自身の足元にある影が普段よりも濃く見えた。
これは自分が犯した罪の濃さか。
「実はね、貴女がここまで移送されるまでに王都で大事件があったの」
「はぁ」
「貴女も無関係ではないわよ。その大事件の影響で、ノーグ侯爵家が没落寸前だもの」
「えっ」
ノーグ侯爵家というのはサーライトの実家である。
ジーナ曰く、王都では第二王子派に与するペトルス子爵家の手引きにより、王城に邪人が侵入し大暴れした。
その結果少なくない数の犠牲者が出て、なんとその中には第二王子本人もいるという。
「まぁ本当は第二王子は犠牲者じゃなくて、唆されて邪人を王城に入れた下手人なんだけどね」
「……!? ジーナ様、私はまだ返事をしていません。なのにそのような真実を聞かされるということは、私の処遇はもう決まっているのではありませんか?」
「いいえ、私は貴方に特定の選択肢を強要するつもりはないわ。ただ真実を知った上で選んで欲しいだけよ」
そうは言うがこれで二つ目の鉱山娼婦を選ぼうものなら、恐ろしい秘密を抱えたまま生活することになる。
もしかしたら薬漬けで正気など保てず、仮に秘密を漏らしても狂人の戯言とあしらわれる前提なのかもしれない。
「それでノーグ侯爵家だけど、サーライトは処刑が確定しているからいいとして、貴女たちを拘束した〈隷属の円環〉の出所については、ノーグ侯爵家の本家も裏で関わっていたみたい。それが今回の事件で第二王子派が瓦解したことにより判明して、尻尾が掴めそうなの」
「まさか、三つ目を選べば私が調査に関われるのですか?」
「関係者が調査するのは公平性に欠けるけれど、もし私怨なしで臨めるのなら、それが一番の罪滅ぼしではないかしら。というのが貴女たちに温情を与えようとしてる方からの提案よ」
「温情を与えようとしてる方?」
意味が分からずティオラが聞き返すと、不意にジーナの背後の影が動く。
いや、それは最初から影ではなく、全身を漆黒の鎧で包んだ騎士だった。
ティオラは魔術師故に他人が纏う魔力にも敏感なのだが、騎士からは何も感じられない。
ジーナの横に並んだ騎士は兜が天井につきそうなくらい大きいというのに、存在に気付かなかったことにティオラは戦慄する。
ティオラにとっての死神はジーナではなく、この騎士だったのだ。
「この方はエンフィールド男爵家に仕えるゼーレ様よ」
ジーナがどこか得意げに、少し頬を上気させながら紹介している。
しかしティオラはそれどころじゃないので、ジーナの油断した顔は幸運にも見られなかった。
*誤字報告ありがとうございます*