精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「只今ご紹介に預かったゼーレだ。シキ・エンフィールド様に仕えている」
低い男の声で、漆黒の騎士が名乗り一礼した。
素肌が一切見えないほどに金属鎧を着こんでいるというのに、金属の軋む音ひとつしない。
「エンフィールド、ということは私たちを捕まえたあの人たちですか」
「その通りだ」
「戦った時は気付かなかったけど、あの〈雷霆〉と御前試合で引き分けた〈精霊使い〉だったんですね。私の魔術が通用しなかったのも納得です。ですが何故私たちに温情を?」
「うむ、我が主は優しい御方だ。悪辣な男に騙され、犯罪行為を強いられていたという事実に心を痛めておられる。罪は罪だが、赦しも必要だろう。無論その場合は生涯をかけて償ってもらうことになるが」
「裏世界での活動が本当に償いになるのでしょうか?」
単に裏組織の構成員になれということであれば、これからも犯罪に手を染めることになるだろう。
ティオラを支配するのが、サーライトからジーナに代わっただけだ。
「ああ、それは大丈夫。今後、裏世界は縮小してサンルスカ侯爵家がすべてを管理するわ。貴女たちには裏世界の悪を管理する側になってもらいたいの。世の中綺麗ごとだけじゃ成り立たないけれど、必要以上に悪意をばら撒かれても困る。だから悪人を裁くことはあっても、善良な国民に危害を加えるような指示は出さないわ」
それは自らの利益を抑制するという、裏世界の支配者とは思えない発言だった。
ジーナが本気なのか、ティオラを利用するための嘘なのかはわからない。
だがいずれにせよ、ティオラの返事は決まっていた。
「わかりました。三つ目の提案を受け入れます。私の命をジーナ様に捧げます。ですが、一つだけお願いがあります。どんな命令にも従いますので、仲間のアイリスには寛大なる処置を望みます。お願い出来る立場ではないのは重々承知していますが、どうか……」
ティオラは椅子から立ち上がりジーナとゼーレに向かって跪く。
鉄格子の向こうの二人は、その様子を見て顔を見合わせていた。
「実はここに来る前に、別棟のアイリスの元で同じ提案をしているのだけれど、ティオラと全く同じことを頼まれたわ」
「今は信じられないかもしれないが、決して悪いようにはしない。アイリス嬢の望みは聞き入れた。故にティオラ嬢の望みも聞き入れよう。二人を共に行動させても構わないかな? ジーナ嬢」
「もちろんですわ。ゼーレ様」
ゼーレとの会話でまたもや嬉しさを隠せないジーナであるが、今回もティオラの視界には入っていない。
幼馴染と離れ離れにならずに済んで、床に蹲り安堵の涙を流していたからだ。
「ありがとう、ございます」
「さぁ立ち上がるんだティオラ嬢。もう我々は仲間だ。アイリス嬢と合流しようじゃないか」
「お忙しいと聞いていますが、よろしいのですか? ゼーレ様」
「彼女たちの新しい門出だ。もう少し付き合おうじゃないか。君とももっと話をしたいしな」
「まぁ……! お上手ですね」
三度乙女の顔になるジーナ。
ティオラは涙を拭って立ち上がったところだったので、今度はしかと目撃する。
普段なら絶対しないであろう蕩けた表情を見せられて、ぎょっとしていた。
『ちょ、変なこと言わないでよ』
『このくらいのリップサービスは普通よ、普通。お姉さんもシキくんから言われたいな~』
そしてジーナたちには聞こえないボイスチャットで、そのような応酬があった。
ゼーレの中身は今日も代役だ。
前回はスースだったが、今回はアリエである。
ジーナは知る由もないとはいえ、会う度に中の人が違うことに申し訳なく思うシキだ。
好意に応えるつもりはないとしても、なんとなく不誠実な気がしてしまう。
なぜ代役を立てたかといえば、王族とのお茶会と日程が重なったからだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
俯いて小声でアリエにボイスチャットを送っていたため、フランルージュに訝しまれてシキは慌てて顔を上げた。
アリエが調子に乗って余計なことを言いそうで気が気でない。
「こうも早くお茶会の席が設けられて嬉しいですよ、シキ」
「こちらこそお招き頂きありがとうございます。フランルージュ様、イルミナージェ様、ラシール様」
「はっはっはっはっ」
「………エリン母様が参加できず申し訳ありません」
「気にしないで。やはりシキの義母の立場だと、実母の話を聞くのは躊躇われるのかしら」
「いえ、そういった理由ではありません。昨日、第一位階冒険者パーティーが王都に帰ってきたのですが、〈雲割き〉に母様が捕まってしまいまして」
「それは大丈夫なのかしら?」
「多分大丈夫です。母様は昔から〈雲割き〉に求婚されているらしいのですが、模擬戦で勝ち越すことで毎回断わっているみたいですので」
「あらあら、まあまあ、あの〈雲割き〉に勝てるだけでなく求婚を!?」
エリンの恋愛事情を聞いて色めき立つ王族の女性陣。
シキも英雄である〈雲割き〉と直接会う機会をまたもや逃してしまったが、実母であるエフェメラの話を聞くことの方が大事だった。
「はっはっはっはっはっ」
「…………。ところで、皆さんよくアレを無視できますね」
「同じ女性として、心奪われる気持ちはわかりますから」
「うん、わかる」
イルミナージェとラシールがうんうんと頷く。
視線の先には息の荒い犬、ではなく必死の形相でスケッチをしているドロシーの姿がある。
王族女性陣からの要望があり、精霊オルティエは新しい衣装をお披露目していた。
光沢のある深紅の布地に緻密な金の刺繍。
長い銀髪は二つの
それはずばりチャイナドレスであった。
初見なのに洗練されているとわかるそのデザインに、いつも通りドロシーは過呼吸になるほど興奮していた。
目を血走らせ舌が少しはみ出ていてアレだが、服飾の腕は確かだ。
このチャイナドレスもレドーク王国風に落とし込み、いずれ流行るのだろう。
ドロシーの侍女であるキャロラインも、主の痴態に動じることなく側で待機している。
……いや、あれは考えることをやめた、無の顔だ。
さすがに王族の前ではきついらしい。
昔のドロシーは病弱で痩せ細った体に不健康な青白い肌、ぎょろりとした目の下には大きな隈、といった様相だった。
現在はシキがこっそり盛った回復薬の効果によって見違えている。
「折角健康的な美人に戻ったのに、残念すぎる」
「シキはドロシーのような容姿が好みなのかしら?」
「美人だとは思いますが、別に好みというわけでは」
「シキ様、一度断られたことは忘れます。だから責任を取ってドロシー様を娶ってください。なまじ体力がついたせいで、徹夜の頻度が増えて困っています。良いところに嫁いで侍女を増やして頂かないと、私が先に参ってしまいます」
「ええ……むしろ俺と結婚したらオルティエとの距離が近くなるし、余計に悪化するんじゃ」
「ぐぬう」
悔しさで唸りながら、恨めしそうに見つめてくるキャロラインから、そっと顔を逸らすシキであった。