精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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187話 かわいいにも二種類

 シキに試練が訪れようとしていたその頃、樹海の別の場所にある人も通れない狭い獣道を、巨大な魔獣が進んでいた。

 その巨体は獣道に収まりきらず、藪や低木を次々と薙ぎ倒している。

 

 開けた場所に出ると、ふごふごと動かしていた豚のような鼻が獲物の匂いを嗅ぎ取った。

 頭を上げた巨大な魔獣、猪突牙獣(ラッシュ・ボア)の視線の先には、金髪で無精髭を生やした男がぼんやりと立っている。

 

「Bmoooooooooooooooo!」

 

 後足を蹴り上げ咆哮を響かせると、小屋ほどある巨体が男に向かって突っ込む。

 直後に轟く雷鳴のような閃光と破裂音。

 すると突然、猪突牙獣が痙攣させて転んだが、突進の勢いはなくならない。

 

 猪突牙獣は地面を抉りながら男に向かっていき、衝突する直前で止まった。

 痺れたように四肢を痙攣させていた猪突牙獣だったが、すぐに回復して立ち上がる。

 そして怯えるでもなくこちらを観察している男に向かって牙を剥く。

 

 ―――猪突牙獣の頭上で、何かがけらけらと笑っている。

 薄緑色の透けた体を持つ子供のような存在、風精霊だ。

 

 空中で揺蕩うドレスが翻ると、高密度に圧縮された風の刃が真下へ撃ち出された。

 風の刃が地面にぶつかると、土煙と共に地割れのような亀裂が走る。

 その軌道上にあったのは猪突牙獣の首だ。

 

「Boooooooo――――」

 

 断末魔は尻切れトンボになる。

 発声手段、すなわち肺のある胴体と切り離されて猪突牙獣の首が宙を舞う。

 頭部を失った体は大地に崩れ落ち、切断面からは大量の血が流れ出た。

 

「ランディ様! ご無事ですか?」

 

「ああ大丈夫だ。リーゼロッテも成長したな。樹海に適応した猪突牙獣の首を《風刃(ウィンドブラスト)》一撃で落とすか」

 

「ありがとうございます!」

 

 想い人に褒められて破顔するリーゼロッテ。

 その頭上で「は? 猪突牙獣の首を落としたのは私なんだが?」と言いたそうな感じで、風精霊シルファが腕を振って抗議している。

 

「やはり《雷地雷(ライトニングマイン)》じゃ突進までは止められないか」

 

「樹海の外の普通の猪突牙獣なら十分止まると思うけど。他の魔獣が寄ってこないうちに血抜きするわね。このまま地面の隙間に入れて埋めてしまいましょう」

 

 顎髭を触りながらぶつぶつと魔術の改善方法を呟くランディの横を、レニアミルアが通り抜けた。

 水魔術の応用で猪突牙獣の切断された首から流れ続ける血を操り、《風刃》によってできた地面の亀裂へと流し込む。

 

「魔術って便利ねぇ。私も使えたらいいのに」

 

「解体はスケッチが終わるまで待ってくださいね、セラさん。すぐ終わらせますから。うわぁ、血管も骨も太い!」

 

 レニアミルアが血抜きをする横で、サマンサが嬉しそうにスケッチを始めた。

 

 この面子でエンフィールド大樹海に潜って既に数週間が経つ。

 エンフィールド男爵領の開発は(ガラテア)に任せて、ランディは樹海に籠りっぱなしである。

 貴族社会のしがらみを忘れて、それはもう樹海を満喫していた。

 

 いや、ちゃんと仕事はしている。

 魔獣の生体調査は勿論のこと、狼人族と森人族との集落を発見し友好関係を結んだ。

 元々樹海に亜人が住んでいることは知っていたが、今回その場所が明らかになった。

 

 その集落を守るように縄張りを持つ白銀狼、聖樹守りと呼ばれる強力な魔獣も確認。

 リーゼロッテとサマンサ(とこっそりレニアミルア)が「きゃー可愛い!」と叫ぶものだから、怒った聖樹守りが聖樹から降りて目の前まで来たときは死んだかも、とランディは肝を冷やした。

 

 だが同行していた白銀狼(と背中に乗った狼人族の少女)が、がうがうと説得? してくれたので事なきを得た。

 樹海の北西には黒竜が住み着いている。

 友達だよーと狼人族の少女(キルテ)が言うので是非会ってみたい。

 

 黒竜の棲家の更に向こうにはシキの従者セラの故郷、エアスト村があるそうだ。

 本当にそんな村があるのか?

 

 シキの周りには謎の美女や美少女がたくさんいる。

 男爵家の館の侍女リューナとルミナ、村娘のマリナとよく遊んでいるシアニスとエル。

 ランディが会っていないだけで他にもいるらしい。

 

 サマンサのスケッチが終わり、嬉しそうに猪突牙獣の解体を始めたセラの姿を観察する。

 翡翠色の髪はシルクのように艶やかで、同じ色の瞳は宝石のように輝いていた。

 

 樹海という過酷な環境にいるというのに、日焼けのない白い肌には傷一つない。

 相応のドレスで着飾れば、持ち前の妖艶な美貌と相まって貴族令嬢と見間違えるだろう。

 

 会話すればすぐにわかることだが、彼女たちは十分な知識と教養も持ち合わせている。

 そんな連中が人類未踏の樹海の奥地に大量にいてたまるか。

 

 ……とは言えないので、シキの方から秘密を教えてくれるようになるくらい、エンフィールド男爵領に貢献しなければなるまい。

 

 だからもっと樹海には籠っていたいのだが、そろそろ一旦戻って成果を報告しないと妹の雷が落ちそうだ。

 こればっかりは〈雷霆〉でも防げない。

 

「樹海の濃密な魔素の影響で、魔獣が他では見られない成長を遂げていますが、まさか私たちにも及ぶとは思いませんでしたわ」

 

 ランディがセラをじっと見つめていることに気が付いて、リーゼロッテが視界を遮りながら話題を振る。

 彼女の言う通りこの数週間で、ランディを含めた皆の戦闘能力は向上していた。

 

 樹海の濃密な魔素が成長を促しているかのような実感がある。

 これが樹海にいる間だけのものなのか、永続的なものなのか検証が必要だ。

 

 さてリーゼロッテだが、彼女は勝手にセラをライバル視している。

 髪と瞳の色が自分と似ていたので、将来の成長した理想の姿と重ね合わせた。

 

(今はまだ雌伏の時ですわ。ランディ様があれだけ見つめるということは、好みのタイプに違いありません。数年後には私もセラさんのような豊満な体を手に入れているはず! その時が勝負ですわ)

 

 なとど考えているが、見当違いである。

 ランディは別の理由でセラを見つめていたし、リーゼロッテとセラは髪と瞳の色は似ていたものの、それ以外の素養は真逆であった。

 

 四年後の二十歳を迎えた時、まるで成長していない自身の体を見てリーゼロッテは何を思うのか。

 それは四年後のリーゼロッテのみぞ知る……。

 

「ずっと樹海に居たら、私たちも魔獣みたい大型化したりして」

 

「それはないですわ。樹海で暮らしている森人族や狼人族、それにセラさんの姿は変わりませんもの」

 

「うーん残念。新種族に出会えるかと思ったのに」

 

「サマンサもブレないですわねぇ。まさかセラさんの抜群のスタイルの秘密はこの濃密な魔素に?」

 

「そんな都合の良い部分だけ大きくならないでしょ。確かにセラさんのスタイルは羨ましいけど。仮になるとしても全体的に大きくなるんじゃないかしら。羨ましいけど」

 

「はっ」

 

「どうした? セラさん」

 

「私も褒められなくちゃ」

 

「ちょっと何言ってるかわからないし、解体が終わったら男爵領に戻ろう」

 

 みんな思ったより疲れているのかもしれない。

 樹海に籠り過ぎたことを少しだけ反省するランディであった。

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