精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「エルちゃん早く行こうよ」
「ちょっと待って」
ここはレドーク王国南部に広がる森林地帯のとある地点。
小柄な少女二人が、薄暗い洞窟を歩いている。
栗色の髪の少女シアニスが話しかけるが、桃色の髪の少女エルは洞窟の通路に開いた丸い穴をじっと見上げて動かない。
それは以前にここを訪れたシキが、崩落して通れなくなっていた箇所を、
「これはこれは、とても綺麗なまる。持って帰りたい」
「洞窟は持って帰れないよエルちゃん」
「むー、残念」
「そんなに好きならご主人様にお願いして、エアスト村の壁に新しい穴を作ってもらったら?」
「この崩落した瓦礫の溶け具合がいいの。とてもアーティスティック。モダンでキュート」
「えーよくわかんない」
その後もじっくり、五分ほど鑑賞してようやくエルが歩みを再開させた。
十メートルもしないうちに円筒形の空洞へと到着する。
そこは直径二十メートルはありそうな広い空間で、天井や壁は人工物である石畳に覆われていた。
この空間は円筒形で下方向に約二百メートルほどの深さがあるため、底は暗闇に包まれていて見えない。
だがシアニスとエルは躊躇うことなく飛び降りる。
二人の体が暗闇に吸い込まれて消えた。
「あー」
「お兄様、どうかしました?」
「ううん、なんでもない。そうか、
シアニスとエルの様子を拡張画面越しに見守っていたシキが、納得の声を上げる。
二人は空を飛ぶ小型情報端末に掴まりながら、ゆっくり降下していた。
前回シキたちが訪れた時はセラを抱きかかえて降下したが、あれは完全にセラのおねだりだったのだ。
もちろん他に手段はありそうだなと思っていたし、おねだりも構わなかったのだが。
暫くして最下層に到着する。
前回来た時と変わらず、床を埋め尽くすほどの魔獣の死骸が散乱していた。
そして正面の壁には黒い穴、迷宮〈克己の逆塔〉の入口がある。
『ようやくここまで戻ってこれた。先に小型情報端末を入れるけど、二人とも油断しないでね』
『了解しました!』
『おまかせー』
スプリガン (コアAI)の
これを理由に彼女たちは機械よりも率先して危険地帯へ進み出るきらいがあるので、シキとしては甚だ遺憾だった。
カンストするほど溜まっていたCRは、適時必要になりそうな物資やスプリガンの強化に使用している。
つまり掃いて捨てるほどあるのだから、もっと自分たちの体を大切にして欲しい。
彼女たちの過剰とも言える忠誠心が、自身の痛みや死の恐怖よりも効率を優先させていた。
樹海の東端で迷宮を発見した時も、プリマが先行して中に入っている。
その時は
というわけで今後は小型情報端末を先行させることをシキは宣言した。
何故かシキの我儘扱いになって、皆のお願いを後で聞くはめになったが。
マスターとして命令してもいいのだが、こういったコミュニケーションの取り方もありだろう。
語彙力を試されるのは勘弁だが……。
小型情報端末が黒い穴に吸い込まれる。
シキの視界に広がる拡張画面のカメラ映像は数秒真っ暗だったが、すぐに明るくなった。
画面の半分以上が新緑に覆われていて、隙間から日差しが降り注いでいる。
『これは森かな? 綿毛羊のところみたいに外を再現した迷宮なのか』
『いえ、これは……』
『じゃあ突撃ー』
『あっ、待ってエルちゃん』
安全が確認されたので飛び込んだのだろう。
カメラ映像の中央に浮かぶ黒い穴からシアニスとエルが飛び出してきて、周囲を興味深げに見渡していた。
『測位しました。MAPに反映します』
先ほど何かを言いかけていたオルティエが、シキの拡張画面にMAPを投影させる。
レドーク王国全域の地図が衛星写真のように表示された。
この地図は拡大も縮小も自由自在なので、その気になれば航空写真の精度で、各地の領主の館や王城の建物の配置を把握することができる。
当の統治者たちが知れば卒倒ものだ。
画面が南方へ移動するとアートリース伯爵領の迷宮都市ムルザを通り過ぎ、〈克己の逆塔〉がある森林地帯が現れる。
画面は止まることなく更に南へ移動すると、小型情報端末による情報が未取得のため黒塗りの画面になったが、その先に情報が取得されている地点が一か所だけあった。
鬱蒼と茂る森林が映っている。
『えっ、もしかして迷宮じゃなくて外?』
『はい、マスター。方向と距離からして、レドーク王国南部に連なる山岳地帯を抜けた先です』
『それじゃあ迷宮〈克己の逆塔〉の入口だと思っていたものは、南方へ抜けるトンネルみたいなものだったのか。この辺りには亜人の国があるんだっけ』
『〈克己の逆塔〉は山岳地帯に住んでいた翼人族が管理していたようですから、亜人の国とも関係があるかもしれませんね』
『迷宮じゃなくて肩透かしではあったけど、母さんの生存率は上がったかも。シアニス、エル、ここからはスプリガンで探索しよう』
シキが〈ユニット転送〉で〈SG-071 シアニス・エルプス〉と〈SG-064 エル・レプリ〉を呼び寄せる。
青空の下にオーソドックスな中量二脚の機体と、丸みを帯びた重量逆関節の機体が現れた。
『出発しんこー』
そしてエルの気の抜けた掛け声と共に、二機はブースターを吹かして勢いよく発進した。
*誤字報告ありがとうございます*