精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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193話 流れ着いた少女

 エンフィールド男爵領に視察団が到着し開発が始まってから、およそ三カ月の時が過ぎた。

 そろそろ優先的に着手された建物が建つ頃で、冒険者ギルドもその一つ。

 

 魔術と建築系の加護持ちをフル動員した結果、現代日本より短納期で二階建ての木造建築が完成していた。

 そんな冒険者ギルドの真新しいカウンターで受付をするローナの元に、一人の少女が依頼書を持ってやってくる。

 

 年の頃は十五、六歳くらいで、くすんだ金髪を肩の辺りまで伸ばしている。

 防具らしい防具は装備しておらず、武器は腰に差した短剣のみ。

 いかにも初心者といった身なりをしていた。

 

「あの、この薬草採取の依頼を受けたいです」

 

「エンフィールド男爵領に来るのは初めてですね? 冒険者証を見せてください」

 

「はい」

 

「ミレイユさんですね。それでは薬草採取の前に、初心者講習を受けませんか?」

 

「……え?」

 

「初心者講習を受けるだけで、なんと! 報酬が貰えるんですよ。しかもその後に受けた依頼三回分には、同額の追加報酬まで付いちゃうんです。とってもお得ですよー」

 

 そう言って提示された報酬額を聞いて、ミレイユは目をしばたたかせた。

 

「そんなに貰えるんですか? 全部で薬草採取の報酬の十回分くらいですよね」

 

「おや、ミレイユさんは計算が得意なんですね」

 

「……」

 

「おっとごめんなさい。冒険者相手に過去の詮索は駄目でしたね。というわけで初心者講習を受けますか? 受けませんか? というか次期領主様の意向で強制なんですけどね」

 

 それなら最初からそう言えばいいのに。

 などとミレイユが思っている間に、ローナは初心者講習の手続きを素早く終わらせた。

 

「それじゃあ初心者講習の講師ですが、講師ができる冒険者はみんな出払っているので、私がやりましょう」

 

「え、貴女は……」

 

「ローナです」

 

「ローナさんは冒険者ギルドの職員ではないのですか?」

 

「ふっふっふ、職員兼冒険者なのです。すみませーん、ちょっと講習してくるので受付お願いします」

 

 ローナに連れられてミレイユは冒険者ギルドの裏手にある訓練場に案内されると、簡単な手解きを受けた。

 

 樹海の歩き方や獣道の見つけ方、風上と風下の確認方法と立ち回り方。

 擬態する魔獣の種類と見分け方、それらの魔獣が潜伏しやすい地形など。

 

 それらはすべて初歩的なことだったが、冒険者になったばかりのミレイユの知らないことばかりだった。

 

「ミレイユさんは物覚えが良いですね。普通の新人なら説明の半分も理解できなかったり、すぐ忘れちゃうのに」

 

「それなのに教えるのですか?」

 

「少しでも新人冒険者の生存率を上げたいんですよ」

 

「……」

 

 最後は戦闘訓練で、ローナ相手に木製の短剣で打ち合う。

 兼業冒険者と自称するだけあって、ローナの剣捌きは巧みだ。

 慣れないミレイユの攻撃は簡単に受け流され続ける。

 

「もしかして短剣は不慣れですか?」

 

「間に合わせの武器なので。元々は弓を使っていました」

 

「なるほど、それなら初心者講習の追加報酬のある期間、つまり依頼三回分の間は弓矢を貸し出しましょう。あと言い忘れてましたが、今晩の宿に当てがないなら、冒険者ギルドが契約している宿舎を紹介しますよ。なんと! こちらも初心者講習を受けた人は三日間無料です!」

 

「……あの、冒険者への待遇ってこれが普通なんですか?」

 

「いいえとんでもない、エンフィールド男爵領が特別なだけですよ。私も元々は別の場所、タクティス子爵領にいたんですけど、冒険者へは依頼を斡旋するだけでしたから。確かに相談はしたけど、本当に実行しちゃうなんて、次期領主様には感謝ですよ」

 

 初心者講習が終わり、貰った報酬で冒険者ギルドの隣にある食堂で夕飯を取る。

 紹介された宿舎は狭いものの鍵のかかる個室で、新築独特の木材のいい匂いがした。

 

 身ひとつで流れてきたというのに、二人だったあの時よりも遥かに楽だ。

 もっと早くエンフィールド男爵領に来ていれば……。

 後悔の念を抱きながら、ミレイユは眠りに落ちた。

 

 

 

 

 ミレイユの故郷はペトルス伯爵領。

 隣国の貿易品を扱う商会の娘として生まれた。

 

 生まれた頃の経営は順調だったが、ミレイユが成長するにつれて少しずつ雲行きが怪しくなる。

 それは純粋に他の商会との競争に負けていたからなのだが、邪人ベリーズの暗躍が止めを刺した。

 

 裏で隣国からの非合法奴隷を買い占めていたベリーズだったが、偶然ミレイユの父親が取引現場を目撃してしまう。

 身の危険を察した父親は、商会に知らせるために共にいた部下マイルズを現場から逃がす。

 

 それがミレイユの知る父親の最後の姿となった。

 

 ミレイユは一人娘で、母は幼い頃に病死している。

 故に商会の従業員たちすべてが家族のようなもので、特にマイルズは兄のように慕っていた。

 

 マイルズは商会に戻ると父親の指示通り、着の身着のままのミレイユを連れてペトルス伯爵領から脱出する。

 翌日には事実無根な罪状が並べられ、従業員全てが捕まり極刑となっていたので、その対応は正しかった。

 

 こうして二人の逃亡生活が始まる。

 

 ペトルス伯爵領の北に位置するマトリカ男爵領へ逃げ込み、なけなしの路銀が尽きるギリギリまで安宿に潜伏した。

 潜伏中に追っ手の気配を感じることはなかったが、風の噂で聞こえてきた極刑の話を聞くと、見つかるのが怖くて普通の仕事もできない。

 

 だから仕事が不定期で身元がバレにくい冒険者になった。

 冒険者の登録を済ませ、碌に下調べもせずに薬草採取に出かけて―――。

 

 突如森から飛び出し、襲ってきた魔獣によってマイルズが死んだ。

 

 もしかしたらマイルズは下調べをしていたのかもしれないが、ミレイユは任せきりだったので何も知らない。

 商会はとっくに潰れて無いというのに、マイルズが以前と変わらずお嬢様のように扱うから、それに甘えていた。

 

 現実を見ていない小娘だった。

 ミレイユを庇ったマイルズが狼型の魔獣に喉を噛み砕かれ、森の中に引きずり込まれていく。

 

 気が動転したミレイユはその場から逃げ出し街へ戻り、どこ行きかもわからない乗り合い馬車に飛び乗る。

 それはマトリカ男爵領からさらに北にある、エンフィールド男爵領へ向かう馬車であった。

 

 遂に一人ぼっちになったミレイユに、もう生きる気力は残されていない。

 薬草採取の依頼を受けたのは、マイルズへの罪滅ぼしのためだと本人は思っている。

 

 少し予定が狂ってしまったが、明日こそはマイルズと同じ目に遭って死のう。

 そう胸に秘めていたミレイユだったが……。




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