精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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194話 よくある話

「おはようございます! ミレイユさん。薬草採取ですね。はい、受領しました。はい、こちらが貸し出し用の弓矢です。昨日の講習のと・お・りにやれば危険はありませんから、頑張ってくださいね」

 

 ローナに見送られて、ミレイユは樹海へと向かった。

 薬草は樹海の手前の草原に生えている。

 

 だがミレイユは草原を素通りして、樹海に足を踏み入れた。

 マイルズが襲われた光景が脳裏に蘇り、恐怖で足が竦んで立ち止まる。

 

 ミレイユはその度に深呼吸して気を落ち着かせ、少しずつ進んでいく。

 あまり浅いところで死ぬと、他の魔獣を呼び寄せて迷惑をかけるかもしれない。

 

 極力開けた場所を通り、風下から風上に向かって進む。

 幸いにも風は樹海の奥から吹いていたので、かなり奥まで来ることができた。

 皮肉にも昨日教わった知識が役に立った形だ。

 

 やがて森の中にぽっかりと開いた場所に辿り着く。

 そこは天然の花畑になっていた。

 

「きれい……」

 

 街暮らしをしていたミレイユなので、自然に囲まれること自体が初めてだ。

 色とりどりの花が咲き乱れる光景に心奪われる。

 

 ああ、最後に見れてよかった。

 暫く眺めてから、ミレイユは覚悟を決める。

 

 するとまるでそれを待っていたかのように、正面の茂みから魔獣が姿を現した。

 四足歩行の大きな獣で、しなやかな体躯に顎からはみ出した鋭い牙が鈍く光る。

 剣歯虎(ゼーベル・ティガー)と呼ばれる魔獣だ。

 

 マイルズを襲った魔獣の倍以上の大きさなので、小柄なミレイユなどひとたまりもない。

 大きくて目立つ存在だが、物音も気配もしない。

 視界の外から来られたらミレイユは気付かなかっただろう。

 

 もう覚悟を決めていたからか、恐怖は薄まっていた。

 あまり苦しまずに死ねるといいな。

 

 そう思って一歩踏み出したミレイユだったが、ここでようやく剣歯虎の狙いが自分ではないと悟った。

 

「え、嘘。なんでこんなところに女の子が?」

 

 ミレイユの視界の端で、丸い耳を生やした亜人の少女が花を詰んでいる。

 剣歯虎は背後からゆっくりと音もなく近づいているため、少女は気付いていない。

 躊躇はしなかった。

 

「後ろよ! 逃げて!」

 

 ミレイユが叫ぶと、少女と剣歯虎の両方が耳をピンと立てて同時に振り向いた。

 剣歯虎が標的を少女からミレイユに切り替えたのを見て、踵を返して走る。

 

 弓矢は通用するとは到底思えなかったので、走りながら投げ捨てた。

 あの時のマイルズもこんな気持ちだったのだろうか。 

 

 稼いだ時間は僅か数秒だった。

 あっという間に追いついた剣歯虎の鋭い爪が、ミレイユの背中を深々と切り裂く。

 衝撃で弾き飛ばされ、地面に倒れたところで意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「気が付いたか?」

 

 ミレイユが目を覚ますと、知らない男に抱きかかえられていた。

 場所は変わらず花畑で、男の手を借りて立ち上がる。

 剣歯虎に切り裂かれたはずの背中に痛みはないが、手を回すと服は爪跡の通りに破れていた。

 

「え………私、生きてるの?」

 

「ああ、生きてるぞ。礼ならこっちの姐さんに言うんだ。霊薬がなかったらさすがに死んでたからな」

 

「あんた、なかなか根性があるじゃないか。死ぬとわかってて動いたなら大したもんだ」

 

 そう言ったのは青い髪の女性だ。

 獰猛な笑みを浮かべながら、感心するように頷いている。

 女性の横では、ミレイユが助けようとした少女が心配そうにこちらを見つめていた。

 

「傷は治ったが流れた血は戻らないから、貧血に気をつけ……え? 血も作られる? 相変わらず凄い霊薬だな」

 

 男の言葉を聞きながら背中に回していた手を見ると、血がべっとりと付着していた。

 自分の血を見て、ミレイユはようやく剣歯虎から受けた痛みを、恐怖を思い出す。

 

「っあ、あ……ああああぁぁぁぁ!」

 

「おっと、落ち着け。ゆっくり息を吸うんだ。もう傷は治っているから痛くないだろう? だから怖がることはないんだ」

 

「そうだぞ、あんたを襲った剣歯虎は始末したから安心しな。ほら、あそこに転がってるだろう?」

 

「ちょ、姐さん。この状況で原因となるものを見せないでくださいよ」

 

 剣歯虎の死体を見て更に取り乱したミレイユであったが、男が根気よく冷静に宥めたことによって、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

「すみません……。もう、大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます。私はミレイユといいます」

 

「俺はゴードン。姐さんがフェリデア。こっちのちっこいのがタロだ。俺たちはタロの薬草採取に付き合って樹海に入っていたんだ。ミレイユ、君はどうして一人でこんなところにいたんだ?」

 

「私は……」

 

 身も心も疲れ果てていたミレイユは、自らの半生を隠すことなく語った。

 

 ペトルス伯爵領の商会の娘の生まれだということ。

 無実の罪で追われ、マトリカ男爵領へ逃亡したこと。

 マイルズを失い、死に場所を求めて樹海へやってきたこと。

 

「なるほど。そういう事情だったのか。それで、君はこれからどうする?」

 

「……わかりません」

 

 俯いて黙り込むミレイユに、ゴードンは少し考えてから話しかける。

 

「その弓矢、初心者講習で借りたんだろう? それなら当面の生活費が賄えるから、落ち着いて今後のことを考えればいい。それと先輩冒険者として助言させてもらうと、ミレイユみたいな境遇はよくある話だ」

 

「よく、あるんですか」

 

「ああ。だからといって軽んじてるわけじゃないから、勘違いしないでくれよ? よくある話だから、そういう奴のその後もよく知っている。ミレイユみたいに自棄になって死んだ奴も沢山いるが、乗り越えた奴だっている」

 

「……私には乗り越えられそうにありません。マイルズに庇われ逃げた私だけが、のうのうと生きているだなんて」

 

「本当にそうか? タロを助けてくれたよな? もしタロが助けられたことを気に病んで、死にたがっていたら、君は納得できるか? 悲しくないか?」

 

「……あっ」

 

 ミレイユは思い出した。

 庇って死んでいったマイルズの表情が、どこか満足気だったことを。

 そして自分もタロを助ける側になった時に、同じ気持ちになっていたことを。

 

「ありきたりな言い方をすると、託された命なんだから粗末にしちゃいけないのさ」

 

「う……あぁ……」

 

 ゴードンの言葉が、ミレイユの中でゆっくりと浸透していく。

 自分のことばかりでマイルズの気持ちを蔑ろにしていたことを理解して、膝から崩れ落ちた。

 両手で顔を覆い、肩を揺らしながら嗚咽を漏らす。

 

「あの、助けてくれてありがとうございました」

 

 それまで様子を見ていたタロがそっと近づき、ミレイユを優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 その後ミレイユは気力を取り戻し、冒険者ギルドの職員として働くようになった。

 商人の娘としての礼儀作法や頭の良さが買われたのだ。

 

 冒険者ギルドにふらりと現れた時点で、何か訳アリだなと察していたローナとしても、収まるところに収まってくれてほっとしていた。

 ただミレイユがゴードンに向ける眼差しの熱量には、ちょっと……いや、かなり警戒している。

 

 ちなみに生前のマイルズは兄と呼べとミレイユに言っていたが、実際は親子ほど年齢が離れていた。

 つまり男女の仲ではない。

 

 いい男の元には女が集まってくる。

 これもよくある話であった。

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