精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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195話 残穢

「ふふーふふん、ふふふ、ふふんふふー♪」

 

「ご機嫌だね、ウル姉」

 

「だってシキとお出かけだもん」

 

「でも行き先は何処もおどろどろしいんだけどね」

 

 馬車の客席に座っているウルティアが、楽しそうに足をぶらぶらさせている。

 その鼻歌はシキが前世でよく聴いていたものだった。

 

 神託の中のノイズとして流れてきたものを耳コピしたのだろう。

 そこしか覚えていないのか、サビの短い部分を繰り返している。

 

 続きを教えたいが、何故知ってるのかという話になってしまう。

 もどかしいが教えられなかった。

 

 ウルティアの見た目はシキと同じ十二歳くらいだが、実年齢は十六歳だ。

 この世界では十五歳で成人扱いで、聖女の立ち振る舞いとしてもはしゃぐ姿は相応しくないだろう。

 しかしそれを咎める者はこの場にはおらず、全員から暖かい視線が送られている。

 

「まず最初に向かうのはとある貴族の屋敷よ。呪われた絵画があって、なんでも見た者は一週間以内に死んでしまうらしいの」

 

「それはまた典型的な。でもそんな物騒な絵画を放置していたんですか?」

 

「封印してからは被害がないから、しっかり封印がされている限りはそのままね。こういう呪物自体は結構あちこちにあるから、個別に対応するのは結構大変なのよねぇ」

 

 シキの問いに、ウルティアの右隣りに座るロゼリアが答えた。

 

「私の実家にもありましたね。夜な夜な屋敷を徘徊する甲冑鎧が。甲冑が揃ってると動き出すので、手足をバラバラにして保管していました」

 

 懐かしそうに言うのは、ウルティアの左隣に座るアルネイズだ。

 

「私が幼いうちは兄様たちが剣の稽古に参加させてくれなかったので、こっそり甲冑を揃えて稽古の相手をさせたものです」

 

「その甲冑は呪物なんだよな? 普通は子供に絶対触らせないんだが、やっぱり強力な加護持ちは違うなぁ」

 

 台詞こそ褒める内容だが、口調が完全に呆れているのは神殿騎士のダンだ。

 馬車の御者を除けば他の面子は女性と子供しかいないので、()()()上の護衛担当であった。

 

 ダンは先日シキが地神教の神殿を訪れた時に、訓練場でアルネイズの相手をしていた一人で、最後まで立っていたタフガイである。

 

 今日はこの五人で、王都内にある心霊スポットを何ヵ所か巡る予定だ。

 事の発端は外様の神が封印されている場所がないかと、シキが聞いたことに始まる。

 

 王都は王族が住まう土地ゆえに、安全には万全を期していた。

 ……はずだったが、外様の神の信奉者である亜神ベリーズの襲撃によって、根底から覆されてしまう。

 

 王国騎士団と宮廷魔術師はより厳重な警戒網を構築すると共に、地神教へは管理区域の安全確認の要請が出された。

 地神教の管理区域は王都内にある本神殿と分神殿、そして墓所である。

 

 ロゼリアによると、

 

「地母神に仕える者として、常日頃から清貧な生活を心がけています。墓所については澱みの溜まりやすい場所なので、神殿以上に気を使って管理していますから大丈夫です」

 

 とのことだったが、シキは少し疑っている。

 信仰を笠に着て金儲けや人身売買、果てには戦争を始めるのが人の(サガ)だからだ。

 

 ウルティアが所属していることだし、秘密裏に調査したほうが良いだろうか。

 などと考えていると、オルティエから報告が入る。

 

『神殿を訪れた際に帳簿をスキャン済みです。こちらの資料をご覧ください。収支に不自然な点はなく、毎月若干の黒字になっています。黒字はある程度貯まった時点で炊き出し等の奉仕活動の費用に充てていて、過剰に財を貯えてもいません。健全な運営がされていると判断できます』

 

「……」

 

 ロゼリアの横に表示されたグラフ付き収支報告書を見て、シキは無表情を保つのに苦労した。

 神殿と墓所が問題ないのであれば、これを機に地神教の支援者から情報を得ていた、曰く付きの場所や品物を確認しておこう。

 

 というロゼリアの思惑もあった。

 ちなみに王都の墓地は小型情報端末によって全て調査済みで、エフェメラの痕跡は見つかっていない。

 

「ここが目的地、ルトラ伯爵家の屋敷です。領地は王国の南西にありますので、この屋敷は領主が王都に訪れる時以外は使われておらず、現在も不在です。ですが絵画については前々から相談は受けていました」

 

「ようこそいらっしゃいました。絵画は地下室で保管しています。案内しますじゃ」

 

 シキたちを出迎えたのは腰が曲がり、杖を突いている老執事だった。

 なんでも一人でこの屋敷を管理しているという。

 

「封印したのは今から五十年程前で、儂が十五歳の頃。儂の一族は代々ルトラ伯爵家に仕えておるのですが、最後の被害者が儂の父ですじゃ。儂を庇って、絵画から飛び出した悪霊に喰われてしまったのです」

 

 杖を突きゆっくり地下室に向かいながら、老執事が絵画の素性について語った。

 絵画の作者は当時のルトラ伯爵家当主である。

 ルトラ伯爵は愛する正妻を病で亡くし、失意の中で絵を描いた。

 

「当主様は絵なんて一度も描いたことないというのに、正妻の死後、憑りつかれたように寝食を忘れて作成に没頭しておりました」

 

 特に()()にはこだわりがあり、正妻の墓がある丘のみで採れる真っ黒な鉱石を砕いて染料に混ぜていたという。

 絵画の完成と同時に精魂尽き果てた当主は亡くなる。

 

 そんな曰く付きで飾るのも憚れる絵画は、伯爵家の屋敷の一室にひっそりと保管されていた。

 暫くは何も起こらなかったが、ある日、一人の侍女が行方不明になる。

 

 その一人を皮切りに、次々と使用人たちが姿を消す。

 最初は犯人どころか手掛かり一つ見つからなかったのだが、やがて絵画から飛び出す悪霊が目撃されると、当時の地神教の司祭によって封印されたのであった。

 

 絵画が原因だと判明する前から描かれた経緯もあって、「絵画を見た者は一週間以内に死ぬ」という噂が流れていたのだが、あながち間違っていなかったというわけだ。

 

「封印するしかないくらい、強い悪霊なんですか?」

 

「いんや、滅ぼすこともできたんじゃが、その悪霊が亡くなったご当主様かもしれんと、息子である次代の当主様が封印するように指示したのです」

 

「ええ……でも被害が出ているんですよね? 執事さんのお父さんも含めて」

 

「当主様の命令は絶対ですからのう……さぁ着きました」

 

 辿り着いた地下室には、それ以外には何もなくがらんとしていた。

 正面の壁に、一枚の絵画が掛けられている。

 地神教の聖印が刺繍された布で覆われていて、絵画自体は見えない。

 

「今回は封印を解いた後に悪霊が現れても、そのまま滅ぼしてしまって宜しいかしら?」

 

「はい。当主様からそのように仰せつかっております」

 

「それじゃぁ、みんな準備はいいか?」

 

 皆の返事を待って、ダンが布をゆっくりと外す。

 

「あ」

 

 露わになった絵画を見てシキが思わず声を上げる。

 そこに描かれていたのは、薄暮の中にぽつんとある井戸であった。

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