精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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197話 遊星からの結晶体

 それは空からやってきた。

 

 レドーク王国が建国するよりも遥か昔。

 空から星が降り、眩い光と爆発がかの地を襲う。

 周辺の生き物をすべて滅ぼし、地面に大穴を開け、中心地には謎の黒い一枚岩が出現した。

 

 そんなわかりやすい侵略者をアトルランの神々は見逃さない。

 神々によってそれは迷宮へと作り変えられた。

 

 その一方で、密かに降り立った侵略者は見逃されてしまう。

 星に紛れて降ってきたそれは、迷宮より少し離れた地点に落ちた。

 

 神と人の感覚には大きな隔たりがある。

 人からすると長い年月も神にとっては短く、強大な力も矮小に感じるので気にも留めない。

 

 それは、数百年の歳月をかけて少しずつ力を蓄えていた。

 

 

 

 

 時刻は深夜。

 場所は王都にあるルトラ伯爵家の屋敷の地下。

 

 封印の解かれた呪われた絵画が、ひとりでにガタガタと揺れていた。

 暫くすると、床に何かがぼとりと落ちる。

 

 それは井戸の穴の部分に使われていた黒い塗料の塊で、スライムのように床を這いずっていた。

 壁を伝い換気口を通って外へと出ると、黒い塗料は霧状に姿を変えて夜空へと舞い上がる。

 

 そして放たれた矢のような速度で、南西の方角へ一直線に飛んでいく。

 速度を緩めることなく飛び続けると、やがて墓標が並ぶ丘が見えてきた。

 

 黒い霧はその中でも一際大きい墓標へ飛んでいき、地中へと潜り込む。

 数秒の間を置いて、地面が爆発した。

 

 大量の土と墓標を上空に撒き散らしながら、そこから何かが起き上がる。

 古めかしいドレスを着た女だ。

 

 空には雲一つない。

 月明かりが地表を照らしているが、女の姿は闇に包まれたまま。

 いや、その女は全身が飛来した霧のように黒いため、月明かりを浴びても変わらないのであった。

 

 女は無表情のまま夜空を見上げていたが、

 

「こっちが呪いの絵画の本体ってわけかい」

 

 背後から声がしてそちらへと振り向く。

 

 軍服姿の青髪の獰猛な目つきをした女と、宙に浮かんでいる銀髪の女。

 フェリデアとオルティエだ。

 

「マスターの意向もあって今回は目を瞑るけど、貴女の体、いえ全スプリガンがマスターの所有物よ。無駄な消耗は許さないわ」

 

「わーってるよ、ルールは治療薬一本分の負傷までだ。大将に迷惑はかけねぇ。だから横槍もなし―――」

 

 フェリデアの言葉を遮るように、女が突っ込んでくる。

 棒立ちの状態から一気にトップスピードになると、華奢な拳を振り下ろしてきた。

 

 フェリデアが後方に飛んで躱す。

 女の拳が地面に突き刺さり、土煙と共に直径三メートルほどのクレーターが出来上がった。

 細腕から繰り出されたとは思えない威力だ。

 

「場所と外見から推測すると、彼女が殺されたルトラ伯爵夫人でしょうね」

 

「中身は悪霊なんかじゃなく、機棲骸(メナス)だけど、な!」

 

 伯爵夫人の追撃の拳を掻い潜り、フェリデアがクロスカウンターを放つ。

 鳩尾を殴りつけるが、手応えは鋼のようでびくともしない。

 

「かっっってぇ」

 

「対象を機棲骸の分類基準(パターン)で判別すると珪素生物に該当するわ。ルトラ伯爵夫人の姿は擬態しているだけ。特徴はその特殊結合で強化された硬度よ」

 

「それを先に言えよ」

 

「横槍はなしなんでしょう?」

 

「そうだけどよぉっ」

 

 伯爵夫人は自分の腹を殴りつけたフェリデアの腕を掴むと、無造作に振り回した。

 直立不動のまま、腕の可動域を無視して後ろの地面に叩きつける。

 

 人の形をしているだけで、表情が変わることもなければ、声を上げることもない。

 精巧にできた動く彫像のようだ。

 

 腕を振りほどけないと判断したフェリデアは、空中で体を捻って着地した。

 足首が埋まるほどの衝撃を、全身のバネを使って受け流す。

 

「おらぁっ」

 

 お返しだと言わんばかりに、フェリデアは伯爵夫人の片脇に頭を突っ込み、細い腰を両腕で抱え込む。

 そして思いっきり仰け反った。

 

 いわゆるバックドロップだ。

 伯爵夫人の頭が地面に突き刺さり、腕を掴む力が僅かに弱まったところで、フェリデアは飛び退いて距離を取った。

 

「サマンサの手稿によると、黒い結晶の体を持ち様々な姿を持つそれは、〈流離(さすら)彷徨(さまよ)い〉の眷属と記載があるわ。〈悪魔卿〉とは別系統の外様の神ね」

 

 ひっくり返ったまま微動だにしない伯爵夫人だったが、一瞬霧のように姿が霞むと、体の上下と前後が反転した。

 頭に代わって埋まっている片足を引き抜くと、フェリデアへと肉迫する。

 

 フェリデアは武器としてトンファーを選択した。

 虚空から出現した二本の旋棍を掴むと、伯爵夫人が放ってきた拳を打ち返す。

 

「〈世界網〉が機能している前提で考察すると、微小の鉱物としてアトルランに落下し、長い年月をかけて大気中に僅かに漂う神気を吸収し、神格を得ようとしたみたいね。大気中の神気の割合なんて、ムハイが餌にしていた綿毛羊よりも遥かに少ないというのに。気の長い話だわ。そして偶然体の一部を絵画に使われてしまい封印され、ようやく本体と合流したのね」

 

「んじゃぁ殺さずに、もっと貯えさせたほうが大将の利益になるのか?」

 

「最低限の神格を得て活動を始めてしまった以上、もう破壊するしかないわ。今放置して現地人に被害が出たら、それこそマスターが悲しむもの」

 

「なら準備運動は終わりだ。ここからは本気でいくぜ」

 

 殴り合いをしながら会話していたフェリデアの、操るトンファーの動きが加速する。

 スピードだけでなく威力も上がっていて、伯爵夫人の拳を押し返し始めると……やがて威力に耐え切れず破裂した。

 

 消し飛んだ拳を伯爵夫人が無表情で見つめていると、不意に風が巻き起こる。

 風を生み出したのは、その場で素早く一回転したフェリデアだ。

 

 そして発生した風すら追い越すほどの速度で放たれた後ろ回し蹴りが、伯爵夫人の側頭部を捉えた。

 

「ちぃっ」

 

 伯爵夫人の頭部は破裂したが、フェリデアは舌打ちするとすぐにその場を離れようとする。

 蹴りの手応えが全くなかったからだ。

 

 伯爵夫人は頭部と同様に、自ら全身を霧状に変化させると、フェリデアへと襲い掛かった。

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