精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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199話 おいでよエンフィールドの森

 エンフィールド大樹海は広い。

 西端の海岸線から東端の山脈まで約200kmもあるが、その距離をたった十二体のスプリガンで防衛している。

 

 シキがマスターになる前は能力が制限され、防衛に専念する必要があったが現在は違う。

 貯め込んでいたCRを消費した機体強化、及び拡張機能〈ユニット転送〉によってスプリガンたちの拘束時間は激減した。

 

 また樹海に住む魔獣たちの協力を得て、防衛の頭数に入れられるようになったことも大きい。

 東から順に白銀狼ガルム、聖樹守り、森人族の里の上位精霊ロージャ。

 そして黒竜シュヴァルツァ。

 

 シュヴァルツァは樹海の向こうにあるとされている、竜族の国から家出してきた幼女竜だ。

 初対面ではシキたちと敵対したが、説得(物理)により現在はエアスト村がある崖周辺を縄張りにして住んでいる。

 

 元々行く当てもなかったし、縄張り維持のご褒美で貰えるシリアルバー(チョコ味)が至高なので、わざわざ他所に行く理由がない。

 怖い同族? のお姉さん(リューナ)もいるし……。

 

 シュヴァルツァの縄張りには、週に一度くらいの頻度で大型魔獣が侵入してくる。

 ただし見晴らしの良い崖の中腹に陣取っているので、弱くて賢い魔獣はシュヴァルツァを怖がり、縄張りに侵入してこない。

 

 侵入してくるのは正反対の性質を持つ、強くても賢くない魔獣が大半となる。

 猪突牙獣(ラッシュ・ボア)刺棘怪鳥(スティレ・ストルシオ)岩石甲虫(ロック・ビートル)等がそうだ。

 

 どれもシリアルバーほどではないが、それなりに美味しい。

 また弱くて賢くない魔獣が侵入してきた場合はスルーするか、ひと声咆えて追い払う。

 

 残るパターンは賢くて強い魔獣になるが、これは基本的に縄張りには近寄らない。

 いくら強いといっても、シュヴァルツァには敵わないからだ。

 

 ……ところが最近、縄張り内をうろちょろしている奴がいる。

 そいつは東の山脈から西の海岸へ流れる川に身を潜めていた。

 

 気配を察知してシュヴァルツァが咆えると、他の弱い魔獣は逃げるが、そいつだけは逃げない。

 仕方ないから面倒だが食ってやろうと崖から飛び降りて近づくと、向こうもこちらの気配に気付いて縄張りの外へと逃げ出す。

 

 これがなかなか早くて追いつけない。

 本気を出して飛べば捕まえられるかもしれないが、縄張りから大きく離れてしまう。

 

 不用意に縄張りを離れてお姉さん(リューナ)に怒られるのは恐ろしい。

 過去のことを思い出すだけで、巨体が小刻みに震えてしまうシュヴァルツァであった。

 

 というわけで縄張りに入ってきたところを捕まえようとするのだが、どうやってもその魔獣には逃げられる。

 痒いところに()が届かない、もどかしい日々が暫く続いた。

 

 お姉さんに相談することも考えたが、役立たずと切り捨てられるか、訓練(物理)が発生しそうで怖い……。

 どうしようかと「Gruuuuuuuuu」と唸っていると、頼もしい助っ人が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 今日ものこのことそいつがやってきたのを確認すると、シュヴァルツァは作戦通り暫く泳がせる。

 文字通り川を泳ぎ、縄張りの奥まで侵入してくるのを待つ。

 

 十分に引き付けてから、シュヴァルツァは崖から飛び降りた。

 出来るだけ静かに地面に着地すると、忍び足で川へと近づく。

 巨体で超重量のため、慎重に一歩を踏み出しても地面は揺れ、大きな足跡が生まれた。

 

 川の中にいるそいつは、頭だけを水面から出して周囲の様子を伺っている。

 シュヴァルツァの接近する音に反応して、小さな耳がピクリと動いた。

 そして一定の距離を保ちながら移動する。

 

 過去にも何度か忍び寄り作戦を使ったことがあるが、失敗に終わった。

 急に襲われても逃げ切れる距離を維持しているのだ。

 

 鈍くさいお前なんかには捕まらない。

 そう挑発されているような気分だったが、それも今日まで。

 

 シュヴァルツァはこれまで通り、鈍くさいふりをしながらゆっくり追いかける。

 こちらに注意を引きつつも速度を上げて逃げられない、ギリギリを維持しつつ……今だ!

 

「Waoooooooooooon!」

 

 けたたましい咆哮が空間を支配した。

 

「Chuaaaaaaaaaaaa!?⦅ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?⦆」

 

 背後のシュヴァルツァに気を取られていたその魔獣は、進行方向からの不意打ちの咆哮に驚き、水面から飛び上がった。

 

 全長三メートルほどの細長い胴体から、短い四肢が生えている。

 指先には鉤爪と水かきがあり、全身は濃茶の剛毛に覆われていた。

 

 頭頂部は平たくなっていて、耳、目、鼻が水平に並んでいる。

 これにより水面から頭だけ出して周囲を警戒することができるようだ。

 

「Chueee⦅ぐえー⦆」

 

「Gyaooooooooooon!⦅もらった!⦆」

 

 川から飛び出した魔獣は、受け身も取れず背中から地面に墜落。

 もんどりうっているところに、駆け付けたシュヴァルツァが足で腹を押さえつけた。

 今更になって魔獣がもがくが、抜け出せない。

 

「Chuaaaa! Chuaaaa! Chuaaaaaaaa! ⦅ひぃぃぃ。お助け、お助けください。何卒命だけはご勘弁を!⦆」

 

「Gyauuuuuuuuuuun!⦅狼しゃん、ありがとう。やっと食べれる⦆」

 

⦅シュヴァルツァ殿、待つんだ。強い魔獣であれば、シキ殿に報告をしたほうがよいのではないか?⦆

 

「Gyaouuuuuuuuuuu!⦅いっただきまーす⦆」

 

 散々逃げられていたため、シュヴァルツァはフラストレーションが溜まっていた。

 だから助っ人である白銀狼ガルムの助言が耳に入らない。

 

 シュヴァルツァの鋭い牙が魔獣の頭を齧り―――

 

「シュヴァルツァ」

 

 直前で名前を呼ばれて、シュバルツァがぴたりと動きを止めた。

 ぎこちない動きで見上げると、そこには機械仕掛けの竜が浮かんでいる。

 

 人型から竜型へと変形した〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉だ。

 

「Gya⦅あの⦆」

 

「貴女を警戒できるほど知能の高い強い魔獣が現れたら、私たちに相談するようにと言わなかったかしら?」

 

「Gyauuuu⦅これはちがくて⦆」

 

「言いつけを覚えていなかったの? それなら仕方ないわね。期待した私が悪かったわ」

 

 拡声器を通してリューナの淡々とした声が流れる。

 ちなみにリューナとしては軽く小言を言ったつもりで、半分愚痴のようなものだ。

 

 しかし根が真面目で口調も硬いため、トラウマ持ちのシュヴァルツァや、付き合いの浅いガルムからすると本気で失望しているように聞こえた。

 

⦅ま、まぁまぁ、リューナ殿。ギリギリ間に合ったからよいではないか⦆

 

 ガルムはフォローの言葉を投げかけた。

 シュヴァルツァは見捨てられたと思い込み、怖くなって全身を震わせている。

 

「Chuuuuaaaa Chuuuueeee⦅おおおおたたたたすすすすけけけけ⦆」

 

 魔獣はシュヴァルツァに踏まれたままなので、振動が伝わり鳴き声も小刻みに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、それで君が新しい樹海の仲間か」

 

「Chuaaaaaaaaa! ⦅へい、お世話になりやす、お頭!⦆」

 

 捕まえられた魔獣は、器用に前足で揉み手をしながらシキに挨拶をしている。

 つぶらな黒目と大きめの鼻がかわいい。

 

「うーん、見た目は大きなカワウソだねぇ」

 

 獺祭爪獣(レイ・オッター)という名の魔獣だ。

 

 通常ならシキの半分くらいの大きさだが、樹海の濃密な魔素の影響と、生存競争を勝ち抜き巨大化していた。

 泳ぎが得意で、シュヴァルツァから逃げることができるくらい早いという。

 

 シュヴァルツァを煽り散らかしていたのだが、ガルムとの挟み撃ちであっさり捕獲。

 川伝いに樹海のパトロールをする条件で仲間に引き入れた。

 

 これでよりスプリガンたちの負担が減るだろう。

 獺祭爪獣は知能も高いのだが、さすがに人語は理解できないのでガルムの通訳が必要となる。

 何故シュヴァルツァの縄張りに入っていたかだが、他のライバルとなる魔獣がいないため餌が豊富だったからだそうだ。

 

「よろしくね」

 

「Chuaaaaaaaaan! Ghuuuuuun……⦅お任せくだせぇ! それで例のブツを……⦆」

 

「えっ、君もこれが好きなのか」

 

 獺祭爪獣が手の平を差し出してくるので、シリアルバー(チョコ味)を10本くらい乗せる。

 すると凄い勢いで口に含んで、恍惚の表情を浮かべながら咀嚼していた。

 

「いったいチョコ味の何が魔獣を狂わせるのか……あ、君たちもね」

 

 獺祭爪獣の様子を見て、シュヴァルツァとガルムの口から涎がとめどなく溢れている。

 新たな仲間獲得のお礼も兼ねて、二匹にもシリアルバーを振舞うシキであった。

 

 なお、獺祭爪獣の名前はレイ君と名付けた(安直)。

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