精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
時間はあっという間に過ぎ、授与式の当日を迎えた。
亜神ベリーズの襲撃によって破壊された王城は元の姿を取り戻している。
会場となっている謁見の間には、レドーク王国国内から各地の領主たちが集結。
その中にはタクティス子爵とその娘、リティスの姿もあった。
「ごきげんよう、シキ・エンフィールド辺境伯様……」
「お久しぶりです、リティス様。ご機嫌麗しゅう……ええと」
お互いに畏まった挨拶をしたものの、後が続かず黙り込む。
「「…………ぷっ」」
そして沈黙に耐えきれず噴き出した。
「ごめん無理だったよリティ姉」
「そうね、いつも通り話しましょう。王城でエリン姉様と一緒に大暴れしたんですって?」
「結構大変だったわねぇ。私なんて踊り子の服を着せられてたし」
「え、踊り子?」
珍しく着飾ったエリンを交えた三人で喋っていると、銅鑼の音が響き渡る。
授与式開幕の合図だ。
謁見の間は静まり返ると、司会役である宰相マティアスの「国王陛下の御成り」という声と共に、全員が跪く。
壇上の脇から国王アレクサンドが登場すると、玉座に深々と腰掛けた。
「皆の者、面を上げよ。此度は急な招集にも関わらず、こうして多くの臣民が集まってくれたことを嬉しく思う。さて、詳しい事情を知らぬ者もおるやもしれん。二カ月前に起きた王国を揺るがす事件について、語るとしよう」
国王自らが語る。
王国に巣食っていた邪人の暗躍、正体の発覚。
亜神による攻勢、王城の破壊。
そして少なくない犠牲。
事前の打ち合わせ通り、レカールキスタ第二王子も犠牲者の一人として数えられていた。
一部には事前に知らされていたとはいえ、国王の口から正式に伝えられて、貴族たちの間に動揺が走る。
特に元第二王子派だった者は誰もが苦渋に満ちた顔をしていた。
「王城に邪人の侵入を許すだけでなく、国を導く者のひとりである息子を失い、儂も命を落としかけた。だが、そうはならなかった」
「シキ・エンフィールド。前へ」
マティアスに名を呼ばれたシキは、短く返事をしてから檀前へと進む。
アレクサンドの前で跪くと、マティアスがシキの功績を読み上げた。
「貴殿は被害者16名に埋め込まれた邪人の肉腫を、何の後遺症も残すことなく摘出し助けた。これは大陸に数名しかおらぬ、地神教の最高位の治癒師であっても至難の業だと、宮廷魔術師第一位フールーザ老師が申している」
大物の名前が出て会場がざわつく。
シキのような子供が、そのような功績をあげられるわけがない。
事件を目撃していない貴族の大半は懐疑的だったが、実際に助けられた宮廷魔術師第十位ジルコニア・オハヴァは深く頷いていた。
シキの救出が間に合わなかった被害者が18名いる。
彼らは筋肉達磨の怪物に変異し、邪人ベリーズに操られ仲間を攻撃し、最後は討伐されるという非業の死を遂げた。
そこから救ってもらったのだから、当事者のジルコニアとしては感謝しかない。
「摘出だけでなく誰に肉腫が埋め込まれてるかもわからない状況で、的確に探知した貴殿の〈精霊〉の力は賞賛に値する。その後はイルミナージェ第一王女殿下を救い、老師と共に亜神へと進化を遂げた邪人を討伐した功績は多大なるものである。よってエンフィールド男爵家には新しい爵位〈辺境伯〉を与えるものとする」
マティアスは続けて〈辺境伯〉が侯爵相当の地位であること、エンフィールド大樹海の開発主導権の付与、開発促進のための一定期間の免税及び支援金、そして別枠で莫大な報奨金が与えられると発表した。
何もかもが破格の報奨だったこともあり、会場のざわめきは更に大きくなる。
国王アレクサンドは控えていた側近からある短剣を受け取ると、シキに向かって差し出す。
それは王家との樹海防衛の盟約の証である、蔦の絡む剣をモチーフにした紋章が施された短剣であった。
「建国からの長きに渡る盟約の遵守、大義であった。これからもレドーク王国の北東の守りを頼む。望むのであれば王女たちとの婚姻も―――」
「っ、謹んで拝命いたします」
打ち合わせにない内容をアレクサンドがぶっこんできたので、シキは慌てて返事をした。
ただアレクサンドも渋い顔をしているので、王族の女性陣の差し金なのだろう。
幸いにも会場はざわついたままのため、貴族たちには聞こえていなかったが。
「エンフィールド大樹海の防衛、及び開発に心血を注ぐことを、我が相棒たる〈精霊オルティエ〉と共に誓います」
そうシキが宣言すると、壇上が眩い光に包まれた。
貴族たちは驚いてパニックになりかけたが、すぐに静かになる。
全員が壇上を見上げて絶句していた。
空中に浮かび、ゆっくり降りてくるのは純白のドレスを着た美女。
癖のない真っ直ぐな銀髪は太陽光を浴びて絹のように輝いている。
ダイヤモンドのように煌めく瞳の上には長い
鼻筋は真っすぐ通り、小振りだがぷっくりとした唇は瑞々しい。
肌も透き通るように白く、シミどころか皺ひとつなかった。
衣装:ウェディングドレスを纏ったオルティエである。
トレーンと呼ばれるスカートの後ろ側の長い裾が空中で漂い、その姿をより大きく華やかに見せていた。
「美しい」「御前試合で見た」「これが精霊? 魔力を感じないぞ」
「ドレスがアリアン商会の商品と似ているが」「僻境の精霊使い」「ガキには勿体ない女だ」
小声で囁き合う貴族たちを睥睨して、オルティエが言い放つ。
『今マスターを侮辱した貴族をマーキングしました。抹殺許可を』
「ちょ」
「精霊殿はなんと?」
「あー、樹海の防衛頑張るそうです」
ここで一旦シキへの論功行賞は終了した。
続いて発表されたのは、王弟コンスタンティンの王族への復帰と、第二王女ラシールのお披露目だ。
コンスタンティンとイルミナージェに手を引かれたラシールが、壇上の脇から登場した。
王女二人はオルティエのウェディングドレスに似た衣装を纏っていて、女性貴族たちから感嘆の声が漏れている。
ドロシーは徹夜に徹夜を重ね、なんとかドレスの作成を間に合わせていた。
最後に聖女ウルティアが呼ばれ、シキを聖人認定すると宣言。
地神教を信仰する一部の貴族に衝撃を与えつつ、授与式は終了した。
辺境伯の出現と台頭、王弟と第二王女を加えた派閥争い、新しいファッション、聖人の誕生。
レドーク王国は新たなる局面を迎えていた。
王都に集まった貴族たちは、己が利益を追求するために様々な活動を始めるだろう。
シキも黙っていればそれに巻き込まれてしまうが、正式に辺境伯の地位を賜ったのでもう王都に用はない。
さっさとエンフィールド辺境伯領に戻り、樹海の開発を進めよう。
そしてそれと同時進行するのは―――
「ごめん、判断を間違っちゃったみたい」
「お逃げください。ここは私が食い止めます」
とある迷宮の中層。
獣人族の少女二人が、熊型の巨大魔獣と対峙していた。
魔獣は後ろ足で立ち上がり、少女たちを見下ろしている。
少女たちの攻撃により毛皮には複数の切り傷がついているが、致命傷には程遠い。
迷宮中層の上位個体の分厚い皮下脂肪は貫けなかった。
「足を怪我したの。もう逃げられない」
「っ、そんな」
「だからあなたこそ逃げて」
「いいえ、私は最後まで姫様と一緒です」
「……ありがとう」
覚悟を決めた二人が魔獣を睨みつけるのと、魔獣が鋭い爪を振り下ろしたのはほぼ同時だった。
姫と呼ばれた少女の翡翠の瞳に、魔獣の爪が大きく映り―――
目の前から魔獣が消えた。
「「えっ」」
一拍遅れてすさまじい衝撃音がすると、魔獣が迷宮の壁にめり込んでいる。
魔獣を横から殴り飛ばしたのは黒髪の少年だ。
少年は正拳突きの構えを解くと少女に向き直る。
そして一礼しながらこう言った。
「ブレイル獣王国、王位継承権第十一位のライカ・バイフ・ブレイル様とお見受けします。俺はシキといいます。是非貴女の王位継承のお手伝いさせて頂けないでしょうか」