精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
201話 慰労な観光
「見て、にぃに。これ可愛い」
露店に並べられた商品をリファが覗き込んでいる。
手に取ったのは丸い耳とずんぐりしたフォルムが特徴的な、動物の銀細工だった。
「へー、可愛い熊だね」
「鼠だよ、にぃに」「鼠ですぜ、坊ちゃん」
「なん…だと…」
リファと露店商の男に同時に突っ込まれて、シキは衝撃を受ける。
四肢を踏ん張り首をこちらに向けている姿から、木彫りの熊を連想したのが間違いだったようだ。
「ええと、これはアクセサリーでいいんですか?」
「ああそうだとも、裏に留め金と穴が付いてるから、髪飾りにイヤリング、ペンダントにブレスレット、何にでも加工できるよ。いも……彼女へのプレゼントにぴったりさ」
「彼女……」
一瞬妹と言いかけた露店商だったが、リファの顔色を見て彼女と訂正した。
リファは両手を頬に当ててうっとりしているので、大正解だ。
シキとリファは現在、ブレイル獣王国の王都にいる。
亜神ベリーズを倒し、授与式が行われるまでのおよそ二カ月の間、獣王国では〈SG-061 リファ・ロデンティア〉の鼠型ドローンでの諜報活動を行っていた。
非表示設定を看破できる存在はほぼいないため、諜報し放題である。
プライバシーもへったくれもないが、取得した情報は目的以外に使用しないので勘弁してほしい。
シキも必要以上の情報をリファからは聞かなかった。
諜報活動のおかげで、エフェメラ捜索の方針は既に決定している。
授与式が終わりエンフィールド辺境伯領へ馬車で帰る移動時間を利用して、二人はブレイル獣王国に来ていた。
「リファ、何に加工しようか?」
「ペンダントがいい!」
シキが支払いを済ませると、露店商はその場で銀細工に鎖を通してくれた。
「まいどあり」
「はい、リファ……」
「ん」
ペンダントを手渡ししようとしたシキだが、隣のリファが目を瞑って顔を突き出している。
その仕草を見て、ピンとこないほどシキも鈍感ではない。
ペンダントを付けてあげるべく、背後に回り込もうとして―――薄目を開けたリファに両肩をがしっと押さえられる。
「ま・え・か・ら」
「あっはい」
普通に鈍感だった。
まぁ別にいいだけ同衾してるので恥ずかしくもない。
そう思っていたシキだが、ここが天下の往来だということと、露店商がニヤニヤ見てくるので意外と緊張した。
少しもたつきながらリファの白いうなじに手を回し、ペンダントを付ける。
「ありがとう、にぃに。大切にするね」
リファはどこか擦れたような、挑戦的な態度が板についた少女である。
諜報活動をしていれば人間の様々な汚い部分……目を背けたくなるような暴力から大人の情事まで観察することになるので、そういう性格にもなるのかもしれない。
しかしこの時ばかりは違った。
年相応にあどけない笑顔を見せるリファに、シキはどぎまぎしてしまう。
「今日はリファの慰労だからね。喜んでもらえたなら嬉しいよ」
「むー、慰労って言われると仕事感が出て嫌なんですけど」
「ごめんごめん」
そう、これは常日頃から諜報活動に従事しているリファへの慰労だ。
リファに限らず、これまでのスプリガンたちの労に報いるため、今後は彼女たちの要望を叶えていこうとシキは意気込んでいる。
レドーク王国内だと辺境伯というシキの身分が邪魔をしていたので、素性の知られていないブレイル獣王国は都合がよかった。
早くエフェメラを探したい気持ちもあるが、既に十年以上が経過しているのだから、慌てても仕方がない。
探索方法については強硬策を取れなくもないが、その場合はブレイル獣王国に住む民に危害が及ぶ可能性があった。
己の目的のために無関係の他人を傷つけることを、シキは良しとしなかったし、エフェメラだって同じ気持ちのはず。
だから少し遠回りだけど、正攻法で挑む予定だ。
胸元で輝く銀のペンダントを愛おし気に触りながら、リファはシキの手を引いて曲がりくねった王都の道を歩く。
レドーク王国の王都は比較的道が広く直線的だったが、ブレイル獣王国は逆だった。
道端には所狭しと露店が並んでいて、先ほど買ったようなアクセサリーの他に、薬草、果物、民芸品、武具や日用品といった様々なものが売られている。
リファとシキはお互いに気になるものがあったら、手を引いて止めて露店を存分に冷やかした。
獣王国というだけあって、すれ違う人々の大半が獣の要素を体に宿している。
彼らは亜人の中でも獣人と呼ばれ細分化されていた。
外見は多種多様で犬耳や猫耳、尻尾や角が生えていたり、四本足だったり羽毛に覆われていたり、人に近い者もいれば獣に近いものもいる。
「これが人種のるつぼってやつか。あー最近はサラダボウルだっけ」
「にぃにが飲んでる果実水も美味しそう。私のと交換して」
リファはシキの返事を待たずに、先ほど別の露店で買った果実水のコップを奪う。
代わりに自分のコップを手渡した。
「んーやっぱり美味しい」
「こっちもちょっと癖があるけど美味しいね。この酸味には覚えがあるな……あー、アセロラドリンクだこれ。見た目が何故か緑色だけど」
回し飲みなので間接キスになるが、お互いに気にするような仲ではない。
ただスプリガン全員がそうというわけでもなく、恥じらって遠慮する者がいたりもするので個性が出る。
ちなみに
なんか妙に興奮して、色んな意味でアウトなので……。
「あーあ、もうにぃにとのデートは終わりか。楽しい時間はあっという間ね」
「これからは皆と過ごせる時間も増やせると思うよ。ずっと頼りっぱなしだったから恩返ししていかないとね」
「本当? なら
「ちょ、話を聞いてた? だから恩返ししきれてないんだってば」
「ふふふ、ちゃんと恩返ししてくれないと、にぃには一生私の言いなりなんだからね」
シキの少し前を歩いていたリファが、振り返って微笑む。
既に時刻は夕暮れ。
西に傾いた太陽が、リファの銀髪のツインテールを深紅に染め上げていた。