精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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202話 アットホームでホワイトでやりがいのある職場です

 リファとデートした翌日。

 エフェメラ捜索の第一歩として、シキはある場所に来ていた。

 

 両開きの扉を押してその建物の中に入る。

 中は喧騒と熱気に包まれていて、シキが中ほどまで進むと、無骨で厳つい男たちの視線が集中した。

 

 そう、ここは冒険者ギルドである。

 

 男たちの視線はシキからすぐにその後方へと流れた。

 シキの斜め後ろを付き従うように()()()()()のは、メイド姿のオルティエだ。

 

 歩みを進める度に、黒いロングスカートの裾にアクセントで付いている純白のフリルが揺れる。

 腰から垂れ下がる白いエプロンと、下腹部を覆うコルセットとフリル付き肩紐も純白。

 

 その一方で胸元は黒のシックなシャツになっていて、豊満な胸がコルセットから文字通り零れている。

 肩から袖にかけては丸く膨らみ(パフスリーブ)、白い付け袖にはガーネットのカフスが輝いていた。

 いわゆるヴィクトリアン、もしくはクラシカルと呼ばれるタイプのメイド服だ。

 

 相談した結果、ブレイル獣王国において〈精霊オルティエ〉は暫くお休みとなった。

 理由は複数あるのだが、一つはオルティエへの慰労である。

 

 レドーク王国では〈精霊オルティエ〉という役を演じてもらっていたので、人前にはあまり出られなかったし、言葉を交わすこともできなかった。

 精霊というシキにとっても特別な存在を演じるのも悪くないが、今後はもっと身近な立場で、親身になって世話をしたい。

 

 というわけでオルティエはメイドになった。

 

「折角身分を隠しているんだから、メイドなんて従えてたら駄目じゃないの?」

 

「身分を明確にしない限り問題ありません、マスター。むしろ高貴な身分を匂わせることが肝要です」

 

 オルティエ曰く貴族っぽい服装と振舞いをしていれば、相手が勝手にこちらの身分を想像して忖度するのだという。

 端的に言うと舐められなくなるそうだ。

 

 確かに子供のシキと美女のオルティエが平民という身分でうろちょろしていれば、余計なトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。

 これが貴族かもしれないとなれば平民も貴族も暴挙に出にくい。

 

 ポイントは貴族かと聞かれてもはぐらかして、明確にしないこと。

 身分が明確になってしまえば、その瞬間に平民へのお願いは命令になり、貴族はお互いの身分に応じた立ち振る舞いが要求される。

 賢い者ならば、相手が何者かわからない状態で手出しはしてこないだろう。

 

 レドーク王国とブレイル獣王国に国交はないが、他国の貴族とトラブルになれば外聞が悪い。

 どこの国の貴族でも矜持(プライド)を一番重視するのは変わらなかった。

 

 早速効果があるようで、冒険者たちはオルティエに見惚れてはいるが、因縁はつけてこない。

 獣人相手でもオルティエの美貌は通用するんだなぁ、などと思いながらシキは開いている受付カウンターへ向かう。

 

「おおっ、ハチワレだ」

 

 カントリー風のワンピース姿の受付職員は、どうやら猫人族の女のようだ。

 首から下は完全に人族の体なのだが、頭は猫そのものであった。

 しかも鼻筋を境に額の毛色が白と黒で綺麗に八の字に分かれている

 

「はち?」

 

 漢字の八はアトルランに存在しない文字だ。

 職員は単語の意味がわからず猫の首を傾げた。

 

「あ、すみません。なんでもないです。この冒険者証って使えますか?」

 

「拝見いたします……にゃにゃ、随分遠くからいらしたのですね。冒険者ギルドは国を跨いだ組織ですので、ブレイル獣王国でも継続して使えますにゃ」

 

「そうですか、ありがとうございます。他にもいくつか教えて欲しいんですが……」

 

 シキはレドーク王国の〈星屑の迷宮〉に入るために冒険者登録をしただけなので、階級は一番下の第五位階である。

 ブレイル獣王国でもとある迷宮に入りたいのだが、職員の説明によると最下層へ行くには第三位階冒険者以上でないといけないらしい。

 

「第四位階、第三位階への昇格条件って何ですか?」

 

「それぞれに冒険者ギルドへの貢献、すなわち一定件数の依頼達成と、試験官相手の戦闘試験があります。戦闘試験は月に一度の開催ですにゃ」

 

「なるほど。では依頼の条件を満たせば、第五と第四位階の戦闘試験はまとめて受けられますか?」

 

「にゃにゃっ、まとめてですか。可能ですが……」

 

「おやおや、随分と生きのいい新人が現れたものだねぇ」

 

 背後から割り込むように声をかけられてシキが振り向く。

 そこにいたのは犬人族の男だ。

 

 冒険者にしては上等なシャツとズボン姿で、腰にサーベルを差し、繊細な刺繍が施された外套を羽織っていた。

 体つきは人族と同じだが、膝から下は逆関節になっている。

 靴は履いておらず、素足は白い毛で覆われていた。

 

 やれやれといった感じで広げられている両手も毛深く、手の平には柔らかそうな肉球が浮かんでいる。

 頭部はギルド職員の女と同様に動物の犬そのもので、目の先から口先まで(マズル)がとても長く、優雅な雰囲気を醸しだしていた。

 

「おおっ、ボルゾイだ」

 

「ぼる?」

 

 ロシア語の俊敏(ボルゾイ)という単語も犬種も、アトルランに存在しない。

 犬人族の男は意味がわからず犬の首を傾げた。

 

「あーなんでもないです」

 

「おっほん、随分と生きのいい新人が現れたものだねぇ。これは先輩冒険者として教育が必要じゃないかね? ヤチヨよ」

 

「ゴウル卿が指導して頂けるのですかにゃ?」

 

 わざわざ言い直した犬人族の冒険者ゴウルに、ギルド職員のヤチヨが尋ねる。

 

「もちろんだとも。私はブレイル獣王国建国の祖である七氏族が一人、バルザ・ゴウル・ブレイルである。国の将来を担う若者を教導するのは責務だからね」

 

 ゴウルはシキを睨みつけながら獰猛な笑みを浮かべた。

 剥き出しになった歯茎には、鋭い牙が並んでいる。

 

「というわけで早速やろうか。ついてきたまえ」

 

 お、これは冒険者ギルドにありがちな新人いびりかな?

 テンプレイベントの予感がしてわくわくするシキであったが……つれてこられたのは訓練場ではなく資料室だった。

 

「薬草についての知識はあるかね?」

 

「いえ、ないですけど」

 

 そう答えると、ゴウルは初心者向けの薬草講習を始めた。

 植生分布から採取の仕方、保存方法等を資料室の本や黒板を使って、懇切丁寧に説明する。

 

 小一時間ほどやって、第四位階が採取依頼として受けられる範囲の解説が終わったところで、ゴウルは手にしていた本を閉じた。

 

「今日はこのくらいにしておこう。ふむ、やはり下地があるから教え甲斐があるな」

 

「ありがとうございました。ゴウル卿」

 

「私のことは気安くファーストネームのバルザと呼んでくれ。冒険者は皆家族のようなものだ。助け合いが肝心なのさ。昇格を急いでいるようだが焦りは禁物だ。依頼は自由に受けられるのだから、慣れないうちは短時間で終わるものを選びたまえ。地道にやっていれば君なら第三位階、いや第二位階にも届くかもね。それではさらばだ」

 

 シキに助言を残して、ゴウル改めバルザはクールに去って行った。

 

「マスター」

 

「なに? オルティエ」

 

「普通に良い人でしたね」

 

「そうだね。訓練場で叩きのめすイベントかと思ったら違ったよ」

 

「ですが薬草知識なら負けません。この資料室の書物はすべてスキャン済みです。第一位階でも採取困難な、伝説の薬草の位置まで網羅しています」

 

「そこ張り合うんだ」

 

 講習中は本物のメイドのように終始無言、無表情でシキの背後に控えていたオルティエだったが、現在は不満そうに頬を膨らませている。

 

「ですから講習を受けずともサポート可能です。ですがもしマスター自身の知識として学習したいのであれば、是非私に講師をやらせてください」

 

「ほんと? なら今後はオルティエにお願いしようかな」

 

「はいっ。お任せください」

 

 シキの返事を受けて、オルティエが花のような笑顔を咲かせていた。

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