精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
オルティエは冒険者登録していない。
というかできない。
冒険者証を作る際に血液の採取が必須だからだ。
オルティエは空気中の分子で造形し投影された立体映像である。
物に触れることはできるし、浮かばずに歩くふりをすることもできるが、さすがに血は出なかった。
したがってオルティエはシキの冒険者活動を直接は支援できない。
冒険者でないオルティエが手を出せば不正行為になる。
とはいえ目撃者がいない状況なら、多少の不正はバレないため横行していたりするのだが……。
「でかいねぇ、闇の眷属の闇蜘蛛じゃないか。この森の主かな?」
「逃げるも何も、このまま放置したら周囲に被害が出るじゃない!?」
リリは他人事のように感想を述べ、セリーは先のことを考えて絶望していた。
スタナは森から飛び出すと直角に曲がり、森と草原の境界線をシキたちから遠ざかるように走っていく。
それを追いかけているのが巨大蜘蛛だ。
漆黒の外殻に覆われた節のある脚が四対。
脚の先端は鋭く尖っている。
頭胸部も硬そうな外殻を纏い、八つの赤い目が前方を走るスタナを捉えていた。
腹部は黒い産毛がびっしり生えていて、僅かに収縮と膨張を繰り返している。
「うおお、控えめに言って気色悪い。スタナさんも振り切れてないし、なんとか倒すしかないですね。冒険者ギルドの依頼とは関係ないし緊急事態なので、護衛のオルティエも参加させますね」
「承知しました、マスター」
シキに剣を渡し終えたオルティエは、スカートの中から新たに自分用の武器を取り出した。
艶めかしい素足の間を通すようにして、長い金属の棒が出てきた。
半ばまで伸びた辺りでオルティエが棒を振りかざすと、その先端がスカートから飛び出し露わになる。
槍の穂先と側面に斧頭、その反対側にも刃。
いわゆる
Break off Online 製の武器で魔獣を倒すと、
なのでシキとオルティエは〈星屑の迷宮〉で手に入れた武器を用意していた。
授与式の準備期間中にアリエたちが迷宮に潜って手に入れた品だ。
「逃げられないなら、命懸けで戦うしかないですね……わかりました、やりましょう」
「俺とオルティエが前衛を務めます。セリーさんとリリさんは後衛として援護をお願いします」
スタナが折り返して戻ってくるのが見えたので、シキとオルティエもそちらへ向かう。
後衛から距離を取り左右に布陣したところで、オルティエからボイスチャットが飛んできた。
『この武器であれば、別にアレを倒してしまっても構いませんよね?』
『またどこかで聞いたようなセリフを』
『いざとなったら援護します』
『ありがとうエキュース。命に関わる時は頼むよ』
上空で待機しているエキュースがシキに向かって手を振っていた。
非表示設定のままであれば〈SG-067 エキュース・キャバル〉による攻撃の痕跡は残らないが、周囲からは不可解な現象に見えるだろう。
誤って止めを刺してしまえば、死体も消えてしまう。
なので出来るだけエキュースに介入はさせないつもりだが、人命には代えられない。
「も、もうむり」
走り疲れた様子のスタナが、シキとオルティエの間を通過する。
そのすぐ後ろに迫る闇蜘蛛に向かって、剣と戦斧が振るわれた。
剣は闇蜘蛛の堅い脚の一本を浅く切り裂き、戦斧は派手に斬り飛ばす。
衝撃でバランスを崩した闇蜘蛛はつんのめるようにして転倒。
紫色の体液を撒き散らし、地面の上を三回転してから止まった。
そこへ飛来するのは、後衛からの援護射撃だ。
短弓を構えたセリーの放った矢と、リリの《火炎槍》が闇蜘蛛の腹部に命中する。
一見すると柔らかそうな腹部だったが、矢は産毛に阻まれ通らない。
《火炎槍》は刺さったものの、産毛に炎が燃え広がることなくあっという間に鎮火してしまった。
「ふむ、やっぱり森林蚯蚓より魔術の通りが悪いな。第三位階パーティーでの討伐推奨なだけある」
「スタナも予備の弓で攻撃して!」
「わかった。こんなやばいの連れてきちゃって、みんなごめん」
脚一本を失っているが、闇蜘蛛の動きに影響はなかった。
素早く起き上がるとシキと後衛は無視し、最も脅威であるオルティエに向かって、鋭利な脚を振り下ろす。
オルティエは低い姿勢で前に踏み込み、串刺しになるのを回避した。
背後で脚が地面に突き刺さる衝撃を感じながら、腰だめに構えていた戦斧を薙ぎ払う。
闇蜘蛛は脚を縮めて屈むと、一気に伸ばして飛び上がった。
巨体が宙を舞い、空振りした戦斧を引き戻しているオルティエを、大きな影で覆い隠す。
追撃するべく着地地点に先回りしようとしたオルティエだったが、頭上から何かが降ってきたため断念。
それは網目状に張り巡らされた蜘蛛の糸で、オルティエの接近を拒むかのように地面にばら撒いた。
闇蜘蛛は器用に空中で向きを変えると、セリーたちの近くに着地する。
「後退! スタナ、リリを担いで」
「わかった!」
リリは《火炎槍》で大したダメージを与えられなかったため、より威力の大きい魔術を放つために集中していた。
目の前に闇蜘蛛が迫っても動じない程にだ。
なのでスタナがリリを小脇に抱えて逃げ出そうとしたが、その隙を闇蜘蛛は見逃さない。
鋭い脚がスタナの背中を突き刺す―――直前で横から邪魔が入った。
「おらっ」
シキが闇蜘蛛に飛び掛かり、掲げた剣を真っすぐ振り下ろす。
先ほどは脚を浅く傷つける程度だったが、今回は綺麗に切断した。
「うわっと」
空中でバランスを崩したシキが、剣の重さに引っ張られるようにして地面へ落ちる。
まるで剣より遥かに超重量の石柱でも持っているかのような挙動だ。
シキが持つ剣は銘を〈流星砕き〉という。
魔力を込めれば込めるほど、剣の重量が倍増していく国宝級の魔剣である。