精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「くそっ、俺は〈銀猫〉に騙されたんだ。三組も冒険者パーティーを雇っていたなんて聞いてねぇ!」
捕まえた野盗のリーダーを、ボーグが適当に殴って脅して情報を吐かせる。
野盗たちはどうやって〈ラピア商会〉の商隊の情報を知り、待ち伏せていたのか。
その答えは単純。
王都の冒険者ギルドに貼り出されていた依頼書の内容を知っていたからだ。
冒険者ギルドに出入りする人間の全てを把握することは難しい。
依頼書の内容を悪用される可能性は十分にある。
だが普通は護衛依頼に雇われる冒険者の規模を見て、割に合わないと襲撃を諦めるだろう。
そのための護衛なのだから当然ではあるが。
ところが野盗のリーダーは直接依頼書を見たわけではなく、〈銀猫〉と呼ばれる情報屋から情報を買ったものだった。
そしてその情報はこれまで襲撃してきた盗賊たちと同じように、馬車六台に対して護衛するパーティーがたった一組と、偽装されたものだったのだ。
「新しい情報はねぇな」
ボーグは後頭部を殴りつけて盗賊のリーダーを昏倒させると、他の盗賊と同じように拘束して道端に転がした。
「つまりこの盗賊たちは〈銀猫〉という情報屋に偽情報を掴まされていたということですか」
「その通りですわ」
「〈銀猫〉というのは有名な情報屋なんですか?」
「はい。王侯貴族の秘密から冒険者ギルドの動きまで、沢山の有力情報を持っているとされている情報屋です。なのでたまにこうして裏世界だけでなく表でも名前を聞くことがありますわ」
「偽の情報を売ったら、情報屋としての信用が落ちるのでは?」
「ところがそうでもないのですわ。有力情報を持つ〈銀猫〉は、情報を買う側より圧倒的有利な立場にあります。平民、それも信用できない犯罪者相手ならば、わざと偽情報を流して取引相手に足るかどうかの試練を課すこともあります」
ラトピア曰く、裏世界において〈銀猫〉と対等に取引できるということは、相応の実力があるというステータスになるらしい。
「でも盗賊たちに試練を受けている自覚はなさそうでしたね」
「試練の存在にすら気付かない素人ということですわ。さらに言うと、盗賊たちが情報を買った相手が本物の〈銀猫〉かすら怪しいです」
「えっ」
「どの界隈にも有名人を騙る偽物がいるのですわ。特に〈銀猫〉は本人が姿を現すことは稀です。間に代理人を立てたり、文書だけでやりとりしたりするため、偽物が紛れ込みやすくなっています。もちろん偽物が見つかれば本物に裁かれ、スラム街で死体となって見つかるのですが。……実は本物が流した偽情報なのに、偽物の死体が出てくることもあるとか」
「もう何が真実かわからないですね」
「裏稼業をやってる奴らに真実もクソもねぇよ。全員ぶちのめすだけだ」
横で話を聞いていたボーグが、道端に転がった盗賊たちを睨みつけながら呟く。
口と顔つきは悪いが、正義感の強い男であった。
「盗賊の処理も終わりましたので、出発しましょう」
「あ、ところで妨害相手に心当たりはあるんでしたよね?」
「そういえば説明がまだでしたね」
ぽむ、とラトピアが手を叩く。
「これは公然の秘密なので他言無用ですわよ? 王族であるシィズ族と、貴族である他の六氏族は敵対関係にあり、日夜暗闘を繰り広げています。〈銀猫〉は王族とも繋がっていると言われているため、盗賊を差し向けたのはシィズ族である可能性が高いです。ただ〈銀猫〉は正体不明なので、証拠はないのだけれど」
『にぃに、〈銀猫〉の正体が判明したよ』
「!? ごっほっほっ」
リファからボイスチャット越しに唐突な報告を受けて、驚いたシキは干し肉を喉に詰まらせた。
四度目の盗賊の襲撃を退けたその日の夜。
野営地で夕食を採っている時のことだ。
日中にラトピアから〈銀猫〉は正体不明だと聞いていたので、予想外もいいところだった。
「ボス、水よ」
「あ、ありがとう。セラ」
その気になれば Break off Online 由来の美味しい糧食も食べられるが、現在は護衛依頼中なので冒険者の一般的な保存食で我慢している。
セラたちは「訓練生時代を思い出すわね」などと言って懐かしんでいた。
『諜報活動で集めた映像ログを解析していたら、それらしいのを見つけたの。映すね』
リファの鼠型ドローンが捉えている映像が、シキの拡張画面に映される。
それはシキたちが護衛依頼を受けて出発する前日の夜の録画データだった。
王都のスラム街の裏通りを、一人の男が歩いている。
男の服装は放浪者のように薄汚れていて、スラム街の住人にしか見えない。
しかしその足取りは軽快で、気配も完全に消しているようだ。
裏通りを塞ぐ様々な障害物の隙間や、眠りこける本物の住人の横をすり抜けて進んでいく。
やがて男は裏通りの一番奥の一角に辿り着いた。
そこは元々は何かしらの建造物が立っていたようだが、現在は倒壊して瓦礫の山と化している。
男は何かを探すように周囲を見回して……見つけた。
一匹の猫だ。
瓦礫の上で月光浴をしていた猫が、男を見下ろしている。
黒と茶色が混ざった毛並みの猫は地面に飛び降りると、瓦礫の横にある傾いた建物の中に入っていく。
男も猫を刺激しないように、距離を開けてから建物に入った。
建物の中も瓦礫が散乱し、足の踏み場もない状態だが、猫は男を待たずにするすると進んでいく。
男が慎重に追いかけると、やがて建物の突き当りの部屋に到着する。
そこにいたのは、窓の縁に脚を組んで腰掛けた謎の人物。
窓からは月光が差し込み、逆光になっていて顔が見えない。
「そこで止まりな」
女の声が響いて、男が部屋の入口で立ち止まる。
ここまで案内した猫は別の窓枠に飛び乗り、腰を落ち着けていた。
「あんたが〈銀猫〉か。随分とまわりくどい―――」
「無駄口はやめることだね。その分だけ情報を渡す時間が減ると思いな」
女の冷たい言葉に男は鼻白むが、すぐに気を取り直して本題に入る。
男が求めていた情報は七氏族のうちのひとつ、ロンク族が組織している傭兵団の戦力についてだった。
傭兵団の分布や突出した個人戦力の情報を、女が口頭で伝えていく。
一通りのやり取りが終わると、男は懐から金貨が入っていると思われる革袋を取り出し、部屋の入口に置いて立ち去った。
ここで映像が一度止まる。
『おー、よく〈銀猫〉を見つけたね』
『男が〈銀猫〉の名前を出さなかったら、わからなかったね』
それを現代風に説明するならば、無数に仕掛けた監視カメラの映像記録の中から、〈銀猫〉というワードを元に検索して探し当てたようなものだった。
『あとにぃには勘違いしていると思うけど、この女は〈銀猫〉じゃないよ』
『ふむ、この女も代理人ってことか。あれ、でも正体が判明したんだよね?』
『うん、してるよ。ちゃんと映ってるよ。あれー、にぃにはわからないのかなー?』
リファの挑発するような声音にシキは首を傾げるばかりだったが、ふと気が付いた。
『あ、もしかして』
『ぶー。時間切れ。それでは正解VTRをどうぞ』
シキの拡張画面で止まっていた映像が再び動き出す。
男が完全に立ち去るのを待ってから、女は革袋を回収すると窓枠へ戻る。
といっても自身が腰掛けていたものとは別のものだ。
女が跪く。
すると窓枠で器用に香箱座りしていた猫が、「にゃー」と鳴いた。