精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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213話 飯テロ

 嗚呼、静かな森のなんと心地よいことか。

 自らの支配領域を飛び回りながら、蝙蝠型の大型魔獣〈影舞い〉は優越感に浸る。

 

 音に敏感故に、隣接する縄張りを持つ〈地鳴らし〉とは相性が悪かった。

 あいつは縄張りを主張するかのように、地面を打ち鳴らしながら移動するので、うるさくてかなわない。

 

 だから近寄らなかったのだが、最近になってあいつは死んだようだ。

 森に静寂が訪れ、自由に移動できるようになった。

 

 騒音から解放され気をよくした〈影舞い〉は、順調に縄張りを広げていく。

 飛び回るのに夢中で、自分と同格のあいつがあっさりと死んだ理由など考えもしない。

 

 今日も版図を広げるべく森を南下していると、反響定位(エコロケーション)に反応がある。

 それは何もないところから突然現れた。

 

 戸惑いつつも〈影舞い〉は超音波の反響を利用してそれの形状を確認……信じられない結果が返ってきて動きが鈍ってしまう。

 竜の形をしたそれは、その瞬間を見逃さなかった。

 

 ごう、という空気を裂くような音と共に急接近し、鋭い爪の生えた足で〈影舞い〉を踏みつける。

 仰向けの姿勢のまま地面に押さえつけられた。

 

「Kiyaaaaaaaaaaaaa!」

 

 竜の足と地面の僅かな隙間に挟まれ、〈影舞い〉の骨がミシミシと音を立てる。

 いくら藻掻いても一向に抜け出せない。

 

 一瞬の油断が致命傷になった。

 今更になって〈影舞い〉は後悔する。

 

 もっと慎重に行動しておけばよかった。

 あいつが死んだ原因を確認しておけばよかった。

 

 頭上から〈影舞い〉を睨みつける竜が、屈んで顔を近づけてくる。

 キーン、という甲高い謎の音と共に、竜の顎が開かれた。

 

 ―――もうおしまいだ、喰われる。

 

「元の縄張りに戻りなさい」

 

 内容を理解することはできなかったが、それがたまに獲物にしている人間の女の言葉だとは判別できた。

 何かを言った竜が、ゆっくりと足を〈影舞い〉からどかした。

 

 恐怖で体が弛緩してすぐに動けなかった〈影舞い〉だが、我に返るとよたよたと起き上がる。

 そして竜から逃げるように飛びずさった。

 

 竜はその場から動かない。

 じっと〈影舞い〉を見つめている。

 

 〈影舞い〉は振り向かずに全力で逃げた。

 

 余計な動作で一瞬でもスピードが落ちたら、また捕まってしまうのではないかという恐怖に駆られる。

 元の縄張りに逃げ戻り、竜が追いかけてきていないことを確認して、ようやく〈影舞い〉は落ち着きを取り戻した。

 

 欲張って縄張りを広げたのがいけなかったのだ。

 暫くは大人しくしていよう。

 

 女の声とキーンという―――スプリガンのジェネレーターの駆動音―――が脳裏から離れない〈影舞い〉は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

『おー、こうかはばつぐんだ』

 

『何度か追い払わなければならないかと思いましたが、その必要はなさそうですね』

 

 竜の姿に変形した〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉が、開拓地に隣接した森の上空に浮かんでいる。

 オルティエの提案で〈影舞い〉は倒さずに、脅して追い払う作戦を実行。

 思惑通りに〈影舞い〉は元の縄張りへと逃げ帰っていった。

 

 オルティエの言っていた成功例の一件とは、黒竜のシュヴァルツァを調教……仲間にした件である。

 シュヴァルツァは仲間になるまでに相応の時間と回復薬を要したようなので、さすがは竜といったところだろうか。

 

『強さもだけど、竜の姿がインパクトあるよね。カッコいい』

 

 前世の動物・恐竜モチーフのロボットを思い出し、男心がくすぐられるシキである。

 

『お褒めに預かり光栄です。ミロード』

 

『むう、まるもカッコいい』

 

『ええ……まるは可愛いじゃなかったっけ?』

 

 突如ボイスチャットに乱入してきたエルを交えて雑談をしながら、開拓地に着いた日の夜は更けていく。

 そして四日目の朝を迎えた。

 

 今日は丸一日開拓地に滞在し、明日王都へ帰る予定になっている。

 ラトピアは開拓の進捗を確認したり、次回運ぶ資材を検討したりと忙しいそうだ。

 

 シキたち冒険者は開拓地で待機となるが、ボーグとセリーのパーティーは森に入って魔獣の動向を探るという。

 

 魔獣が増えた原因の〈影舞い〉は対処済みとは言えないので、シキたちは開拓地に残ってラトピアの護衛を買って出た。

 開拓地の中とはいえ、護衛対象から冒険者全員が離れるのはまずいだろう。

 

「ボス、夕食の準備を手伝ってきてもいいかしら?」

 

 昨晩は開拓者たちが料理でもてなしてくれたのだが、彼らのメインの仕事は開拓である。

 つまり作った飯もワイルドと言えば聞こえがいいが、色々適当ですごく美味というものでもなかった。

 

 料理好きのセラとしては、食材の良さを活かせていない状況を見てやきもきしていたのだ。

 

「うん、いいよ。けどまだ昼過ぎだけど早くない?」

 

「ちょっと検証が必要で。それと調理担当に作り方を教え込んできます」

 

 セラは獲物を見つけた狩人のような、獰猛な笑みを浮かべながら調理場に向かっていった。

 

 後日談だが、調理担当が絶世の美女であるセラに手取り足取り教えられる光景を見て、周囲の仲間は大層羨んだそうだ。

 しかし結構なスパルタ指導だったようで、当人は調理を覚えるのに必死でそれどころではなかったという。

 

「ただいま~。森は平和になってたよ」

 

「おかしい……急に奴の気配が消えた」

 

「お、なんかいい匂いがするね」

 

 夕方になると、森に入っていた冒険者たちが戻ってきた。

 丁度セラの薫陶を受けた調理担当の料理ができたところで、賑やかな夕食タイムとなる。

 

「えっ、すご。肉じゃがだ!」

 

 これにはシキも驚いた。

 大きな鍋に出来上がっているのは、前世で慣れ親しんだ肉じゃがである。

 

「畑で芋が採れるみたいだから挑戦してみたわ。醤油とみりんは運んできた嗜好品を使って再現したの。結構うまくいったわ」

 

 セラ曰く、醤油は川魚を使った魚醤、みりんは白ワインと砂糖で代用しているという。

 和食の最大の武器は旨味である。

 美食においてはまだまだ発展途上といえるアトルランにおいて、肉じゃがの味は暴力的であった。

 

「う、うますぎる!」

 

「姐さん、もっとくれ!」

 

「あの変な臭いの調味料が、こんなに美味かったなんて」

 

 誰もが肉じゃがの味に感動し、舌鼓を打つ。

 常に目つきの悪いあのボーグですら、表情をほころばせていた。

 

「懐かしい味だ。セラ、また作ってもらってもいい?」

 

「もちろんよ。ボスに喜んでもらえて嬉しいわ」

 

 普段はクールな雰囲気のセラだが、シキに褒められると頬を赤らめ満面の笑みを浮かべた。

 

「お前、この料理を教わったんだよな? これから毎日食べられるのか。くぅ~開拓にやる気が出て来たぜ」

 

「……いや、嗜好品の魚醤は人気がないから少量しかなかったんだ。だから次の物資補給まで作れないよ」

 

「「「……………」」」

 

 

 

 ―――開拓地は絶望に包まれた。

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