精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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216話 激情

「それでこれはどういう状況だい?」

 

 シキが意識を失うのと同時に、ヤチヨに連れられたカルナノーラとバロウが到着した。

 カルナノーラが威嚇するように体から魔力を発散させる。

 すると訓練場の人だかりが割れて、シキとリオンまで一本道ができた。

 

「邪魔するな。まだ戦闘試験中だ」

 

「シキはもう気を失ってるじゃあないか。戦闘試験は終了だ。今すぐその足をどけるんだ」

 

「ああん?」

 

 いいから早くシキの頭から足をどけろ。

 お前には爆発する直前のメイドが見えてないのか。

 

 魔力を纏うカルナノーラとは対称的に、オルティエの周囲は不自然なほどに魔力がなく凪いでいる。

 オルティエは無表情のままシキを凝視していた。

 瞬きひとつしていない。

 

 あと僅かでもリオンが踏む力を強めれば、スカートから戦斧を取り出して獅子頭を刈り落としにかかるだろう。

 リリの姿の時にオルティエの実力は確認している。

 

 親のコネで第一位階冒険者になったリオンでは、本当に首を刈られかねない。

 刈るまでいかなくても王族に危害を加えたとなると大事だ。

 庇いきれないしカルナノーラの責任問題にもなる。

 

「それ以上やるなら暴力行為とみなして、冒険者ギルドから追放するよ」

 

「……ふん」

 

 リオンがシキの頭から足を降ろした瞬間、オルティエが駆け寄った。

 気を失ったままのシキを優しく抱きかかえると踵を返す。

 リオンには一瞥もくれない。

 

「おい、無視するんじゃねぇ」

 

 オルティエの態度に腹を立てたリオンが肩を掴もうとするが、

 

「触るな」

 

 冷たい声と共に、キン、という乾いた音。

 次の瞬間リオンの胴鎧が真っ二つに割れ、大きな音を立てて地面に落ちた。

 

「殿下!? 貴様!」

 

 攻撃されたと思った護衛騎士三名が抜刀し駆け寄ろうとして―――

 急に動きを止めた。

 まるで足が地面に縫い合わされたかのように、持ち上がらなくなったのだ。

 

 訓練場は冒険者ギルドの中庭にあるのだが、いつの間にか屋根の上に現れた存在がある。

 それは〈SG-069 プリマ・グリエ〉で、巨大な手の平を護衛騎士たちに向けていた。

 

 プリマには反重力フィールドという固有装備がある。

 脚部と腕部で展開できるその装置は、名前の通り重力を局所的に反転・増幅させる機能を持つ。

 

 プリマは護衛騎士の足だけを対象に重力を増幅させ、その動きを拘束していた。

 シキが意識を失った瞬間から、一部権限がオルティエへ譲渡。

 オルティエは瞬時に非表示状態でプリマを配置した。

 

 シキの意思を汲んで我慢しているが、怒りは爆発寸前。

 カルナノーラの危惧は正しかったが、起こっている現象については想像の埒外であった。

 

「ま、待て」

 

 先程から得体の知れない何かが起きている。

 それでも食い下がろうとするリオンの首元に、刃のようなものが押し当てられた。

 視線を落としても何も見えない。

 

 それでも、曲がりなりにも第一位階冒険者にまで登り詰めた勘が告げていた。

 少しでも動けば命はないと。

 

 リオンの首元に白鞘の刀を当てているのは、非表示状態のスースだ。

 最初に胴鎧を割ったのも彼女の仕業である。

 表情は怒りに満ちており、歯軋りの音が聞こえそうなくらいに食いしばっていた。

 

 オルティエは数歩歩いたところで立ち止まる。

 振り返らずにリオンへ問いかけた。

 

「マスター、シキ様の戦闘試験の結果は?」

 

「はぁ? こんな無様にやられておいて合格なわけ―――」

 

 振り返ったオルティエの銀の双眸を見て、リオンは凍り付く。

 視線に込められていたのは、自身がヤチヨに放ったものよりも、遥かに濃密な殺気。

 狩る側ではなく狩られる側なのだと、認識が強制的に書き換えられる。

 

「合格、合格だよ! 鎧が割れたのはシキの攻撃によるものだろう? なら第三位階冒険者の資質としては十分だ」

 

 カルナノーラが割って入って、強引に合格を宣言する。

 鎧のくだりはこじつけだが、シキの実力は知っているので問題なかった。

 それを聞いてオルティエが再び歩き出す。

 

「治療は?」

 

「必要ないわ」

 

 沈黙が漂う中カルナノーラが声をかけたが、オルティエの返事は素っ気ない。 

 

『このまま潰す?』

 

『刎ねるか?』

 

『こんな国、滅ぼしてやりたいけど今はだめよ。マスターの努力が無駄になってしまうわ。機会を待ちましょう』

 

『『……ちっ』』

 

 舌打ちを聞きつつオルティエが二人を転送すると、プレッシャーから解放されたリオンたちがその場に崩れ落ちる。

 追い縋る気力もなく、呆然とオルティエを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、知らない天井……いや知ってるわ」

 

 シキが目を覚ます。

 そこはエンフィールド大樹海の崖を掘って作った、エアスト村の寝室だった。

 ベッドから体を起こすと、すぐ横には椅子に座ったオルティエがいる。

 

「マスター、ナノマシンで体は治療済みですが、お体は大丈夫ですか? どこかに不調は残っていませんか?」

 

「あー、うん。大丈夫だよ」

 

 金属のブーツで踏まれ砕かれた顎を指で撫でると、綺麗に治っていた。

 あの時は脳震盪を起こしていたはずだが、現在は気分もすっきりしている。

 

「あの後どうなった?」

 

 恐る恐る尋ねた。

 オルティエから事の顛末を聞くと、無事に第三位階冒険者になれたようだが、同時に申し訳なさが込み上げてきた。

 

「ごめん」

 

「防衛と依頼に戻ったプリマとスースにも、後で直接謝ってくださいね」

 

 珍しくオルティエが怒っている。

 しかし柳眉は八の字に垂れ下がっていた。

 

「無辜の民を傷つけたくないという優しさには感服いたします。ですが物事には優先順位があります。我々スプリガンが最も優先するのは当然マスターです。マスターが傷つくくらいなら、無辜の民が大勢死んだほうがましです」

 

「う、ごめん。ちょっと油断しちゃったんだよ」

 

「その油断が命取りです。仮にあの時マスターの脳が破壊されたとしても、ナノマシンで瞬時に再生させます。ですが、物事に絶対はありません。もし僅かでも再生が遅れて、二度とマスターが目覚めなかったらと思うと……」

 

「オルティエ!?」

 

 銀の双眸からぽろぽろと涙が零れている。

 これにはシキも慌てた。

 ベッドから飛び降りてオルティエの周りを右往左往する。

 

「あの時はオルティエが今にもリオンの首を刎ねそうだったんで、気が気じゃなくて油断しちゃったんだ。って、ただの言い訳か」

 

「私が我慢の限界だったのは事実です。マスターの気を逸らしてしまって申し訳ありません。別の総合支援AIに切り替えますか?」

 

「そんなこと、するわけないじゃないか」

 

 オルティエは俯いたまま、シキは立ち尽くしたまま沈黙が流れる。

 

 シキとスプリガンたちの関係は歪だった。

 スプリガンたちの親愛を受けて、シキはそれに応えようとしている。

 

 本来なら長い年月をかけて育まれるそれを、マスター権限を得た瞬間から得てしまっていた。

 親愛に至る過程を飛ばしてしまっているため、お互いの理解が足りていない。

 

 シキはオルティエの暴走が心配だった。

 オルティエはシキの防御に問題がないと分かっていても、動揺が隠せなかった。

 その結果、シキの顎が蹴り砕かれてしまう。

 

「オルティエを信じられなくてごめん」

「マスターを信じられなくて申し訳ありません」

 

 暫く続いた沈黙の後に同時に呟いて、はっとして顔を見合わせる。

 理解が足りていなかったかもしれないが、決してゼロではなかった。

 

 不足する分はこれから積み重ねていけばいい。

 そう思えた。

 

「思いは一緒のようですね」

 

「だね。目覚めた瞬間はこの国が滅んでることも覚悟してたよ」

 

「マスターの命令は絶対順守ですから」

 

「それを信じられなかった俺が悪かったよ。もし違う手段を選ぶとしたら、どうするのがベストだったかな」

 

「戦闘試験を受ける役をセラたちの誰かにすればよかったのです」

 

「皆がリオンの暴力に晒されるのは、嫌だな」

 

「マスターが私たちを大切に想ってくれていることは、とても嬉しいです。ですが、私たちはマスターと違って替えが利きます」

 

「それでも嫌なんだよ。これって我儘かな」

 

「我儘ですね」

 

「うっ、それならお互いの我儘で相殺しよう。だからオルティエももっと我儘を言っていいんだよ?」

 

「そうですか。じゃあ、手を貸してください」

 

「手?」

 

 オルティエは首を傾げるシキの両手を取り、自分の顔に近づけた。

 掌がオルティエの頬を包み込むと、気持ちよさそうに目を細める。

 

「マスターの手、暖かいです」

 

 その拍子に瞳に溜まっていた涙が零れ、シキの手の甲を濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

「やはり代理構成体と意識の電脳化が急務ですね。あと無辜の民にシィズ族は含みません」

 

「ほんとすみません」

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