精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
〈祖霊の渓〉はブレイル獣王国の北東にある。
今回もほぼ真北にあるナディット村とは割と近い位置にあった。
「〈祖霊の渓〉は東西に延びていて、東端に中層への入口があります」
「渓自体が迷宮化してるんだっけ」
「はい。ですので周囲に発生する魔獣は死体が残らず、魔素の粒子となって消滅します」
魔獣の中でも迷宮で生み出されたものは、魔法生物と呼ばれている。
倒すと体が消滅して素材を得られない代わりに、稀に魔素の結晶である魔石を落とした。
普通の魔獣からも採れることがあるが、魔法生物のほうが頻度や純度は高いと言われている。
魔石は魔力を内包しており、魔術や魔術具の触媒として使われた。
地球における化石燃料のような扱いで重宝されるため、冒険者からすると良いお小遣いになるらしい。
〈祖霊の渓〉はその名の通り渓流になっていた。
真っすぐ伸びる河川の左右に急な斜面が聳え立ち、中腹あたりに馬車が辛うじて通れるような細い道がある。
「渓の上部、迷宮化した範囲の外側に村があります。冒険者ギルドの支部もそこにありますので、そちらに向かいます」
左側の斜面の道を上っていくと、小さな集落が見えてきた。
斜面にぽっかりと開いた平地に、複数の建物が並んでいる。
「いらっしゃぁい」
冒険者ギルドの支部に入ると、気だるそうにカウンターで頬杖をついている職員が出迎えた。
ビーグル犬のような、茶色の垂れ耳が特徴的な女性だ。
セラが馬車返却の手続きをしている間、シキは周囲を見回す。
村が斜面の途中にある影響で日が当たりにくく、屋内は薄暗い。
冒険者の数も少なく閑散としていた。
「獣王国ゆかりの地なのに、寂れててビックリしたでしょ」
「えーっと」
シキの心の内を見透かすように、女性職員が話しかけてくる。
「昔は魔石目当ての冒険者で溢れていたらしいわ。渓がひとつの大きな階層みたいなものだから、魔獣探しが楽なのよ。だから数をこなせるから魔石も手に入りやすいってわけ」
「今は違うんですか?」
「ええ、今は―――」
「シンディーただいまー。ってあれ、シキ君じゃないか」
冒険者ギルドに入ってきた黒いローブの女性が、驚いた表情を浮かべている。
「あら、リリちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね〜」
シキが反応する前にアリエが駆け寄り抱きついた。
意外とシキは顔に出るので、悟られないためのフォローだ。
リリことカルナノーラがシキたちを追い越し、待ち伏せしているのはわかっていた。
リオンが手配した冒険者に扮した密偵も到着しており、ギルトの隅の椅子に座ってこちらの様子を伺っている。
オルティエによってマーカーが付けられているため、密偵の位置は常に把握が可能。
目当ての獲物が釣れるまで密偵は泳がせると、満場一致で決まっていた。
「なんでここにいるの?」
「私は
二の腕に豊満な胸を押し付けて質問してくるアリエに、恨めしそうな視線を送りつつリリが答える。
探索者とはギルドに所属し、冒険者の支援を目的として様々な調査をする職業だ。
シキは知らなかったが、探索者という職業はどの国の冒険者ギルドにもある。
「国内に迷宮は複数あるけど、同じものはひとつもないし日々変化しているんだ。魔獣分布、迷宮構成、出現アイテム。これらの情報は冒険者からも買っているけど、基本的には彼らが情報を買う側だからね。迷宮調査はギルドが主体となって行っているんだ。それに魔獣の氾濫も未然に防がないといけないから、国の支援も受けているよ」
「それで渓の様子はどう?」
「魔獣の沸きは七割ってとこかな。そろそろ間引きが必要かも」
「うへぇ。また王族に媚びへつらわないといけないのね」
「ははっ。いくら王族がアレだからって、そんなことを言っては駄目だよ、シンディー」
リリがギルド職員のシンディーの発言を窘めるが、リリの発言も似たようなものだ。
「そういうことは、あまり大きな声で言わないほうが」
「大丈夫だよシキ君。王族当人か直属の家臣以外は皆が思ってることだから。誰も告げ口なんてしないさ。うん」
リリの台詞が静かなギルド内に響き渡ると、周囲の冒険者たちは苦笑いを浮かべていた。
大半の冒険者はそうかもしれないが、その中にリオンの密偵がいることを知っているので、シキとしては気が気ではない。
ちらりと密偵の様子を伺うと、周囲と同様に苦笑いを浮かべていた。
あれがこの場に紛れるための演技でないとよいのだが……。
「引き続き中層以降もお願いね」
「うん。さすがにソロは無理だから仲間が到着してからだけど」
リリが意味ありげに視線を送ってきたが、シキは首を横に振る。
「すみません。俺たちは真っすぐ迷宮に潜るつもりなので、調査の協力はできません」
「ありゃ、あっさりフラれちゃった。まぁ私がいても邪魔者か。シキ君のパーティー加入条件は、やっぱり胸の大きい女かな?」
「いや……そうじゃない仲間もいますよ」
「え、そこで男もいるって返しじゃないってことは、もしかして全員女なの?」
「ええと……」
咄嗟に反論できないシキに、リリが若干引いていた。
それを見て頬を膨らませたのはアリエだ。
リリの背後に回ってヘッドロックを仕掛ける。
「ちょっと~、うちのシキくんをいじめないでくれる」
「いやいや、今のは不可抗力じゃないかなぁ? ぐぐぐ。苦しいけど背中は柔らかいし良い匂いだなもう」
「現在の中層にはバイフ族のお姫様が籠ってるから、渓より間引きは進んでるはずだし急がなくていいわよー」
じゃれている二人をぼんやり見ながらシンディーが言うので、ここぞとばかりにシキが話に乗っかる。
「お姫様なのに迷宮に潜っているんですか?」
「そうよ。昔は他の氏族もいたらしいんだけど、王族が資源保全を名目にして人数制限をかけてからは、誰も寄り付かなくなったわ」
過去にはシィズ族の部隊が中層入口―――渓底に駐屯し、検問していた時期もあったという。
「日頃から圧力もかけられているし、〈祖霊の渓〉の中層以降に挑む人は殆どいないわ。下層には七氏族の祖先を祀る霊廟もあるし、荒らされたくないって気持ちもわからなくもないわ」
「ちなみにさっき探索者は国の支援を受けていると言ったけど、そのせいでギルドには中層以降に挑む人の数を把握し、状況を報告する義務があるんだ。けどまぁシキ君たちなら多少暴れても黙認するから、安心してよ」
「そ、それはどうも……」
アリエをくっつけたままリリがサムズアップする。
またもや密偵に聞かれたくない内容だったので、どうしてもそわそわしてしまうシキであった。