精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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220話 渓に潜む脅威

「あれはスライム……いや、ナメクジかな」

 

 〈祖霊の渓〉の底に降り立ったシキがまず最初に目にしたのは、渓流の中に潜む魔獣だった。

 そいつは半透明の体を持っているため、水の中だとほぼ見えない。

 

 中層へは先に渓底まで降りてから渓流を上るルートと、斜面の細道を進んで最後に一気に下るルートの二つがある。

 魔獣は渓流付近に多く分布しているため、見学がてら今回は前者のルートを選択していた。

 

「名を軟泥蛞蝓(スラッジ・スラグ)といいます。動きはさほど速くないですが、視認性が悪いため油断すると複数に囲まれます」

 

「だね。オルティエの視覚補助がなかったらまずわからないよ」

 

 森林蚯蚓(フォレストリーチ)の時のように、シキの目からはワイヤーフレームによって、軟泥蛞蝓の輪郭が誇張されて表示されている。

 軟泥蛞蝓は細長いフォルムをしていて、川底をのんびりと這っていた。

 

「どうやって倒すの?」

 

「川岸を立ち止まらずに歩いて、陸におびき寄せたところを集中攻撃するようです。丁度他の冒険者パーティーが戦っていますので、こちらを御覧ください」

 

 シキの拡張画面に映し出されたのは、ここより上流で戦っている四人組の冒険者パーティーの様子だ。

 偵察のために飛ばしている小型情報端末(リーコン)からの映像である。

 

 斥候役と思われる猫人族の女冒険者が川岸を駆けると、軟泥蛞蝓が一体、川から飛び出してきた。

 戦闘体勢だからか、視覚補助で見ていた軟泥蛞蝓よりも俊敏に動いている。

 

 女冒険者が渓流から離れ斜面の際まで誘導すると、仲間たちと共に軟泥蛞蝓を囲んでボコボコにし始めた。

 

「おー、手際が良いけどナメクジ君がちょっと哀れ」

 

「早く倒さないと他の魔獣が寄ってきますので。女冒険者は攻撃への参加を途中でやめて周囲を警戒していますね」

 

 小型情報端末の調査(スキャン)によると、迷宮〈祖霊の渓〉の上層にあたる渓流付近には、数種類の魔獣が生息している。

 その中でも迷宮が生み出す魔法生物は、軟泥蛞蝓の他にもう一種類しかいない。

 

 残りは通常の魔獣で、外からやってきて住み着いたのだ。

 エンフィールド大樹海の迷宮にいた綿毛羊(フラフィーシープ)も後者である。

 

 そのまま観察していると、警戒していた女冒険者の猫耳がぴくりと動く。

 警告の声を上げながら川上を指差した。

 

「新手か。うわ、なんだあれ」

 

 川から飛び出してきたのは一匹の魔獣だ。

 蛙を二足歩行にしたような姿で、丸みを帯びたフォルムをしている。

 青緑の鱗を纏い、全体的に筋肉質。

 

 長い腕の先にある鋭い爪は、前傾姿勢なこともあって地面すれすれの位置にある。

 シキは某サバイバルゲームに出てくる生物兵器みたいだなと思った。

 

 冒険者たちの判断は早い。

 魔獣の爬虫類のような目でぎろりと睨まれると、倒しかけの軟泥蛞蝓を放置して一斉に逃げ出した。

 

「あ、まずい。逃げ切れなさそう……」

 

 冒険者たちは必死に走っているが、魔獣が飛び跳ねるようにして追いかけている。

 そしてついに殿を務めていた冒険者の背中が爪で切り裂かれた。

 

「御屋形様。助太刀しますか?」

 

「うん。俺たちのいる下流へ逃げてきてるし、向こうと合流しよう」

 

「承知。先行します」

 

 先頭を走るスースをシキたちが追いかける。

 足元は岩石や荒い砂利で覆われて走りにくいはずだが、スースの足取りは軽い。

 頭や肩は上下に揺れることなく水平移動していて、軍用ロングコートをはためかせる姿はまるで忍者のようだ。

 

 ものの十数秒で現地に到着したが、既に二人が地面に倒れ伏していた。

 

「助けはいるか!」

 

「駄目だっ、こいつは首狩りだ! 勝てるわけがない。だからあんたらも逃げろ!」

 

 冒険者の流儀に則りまず声をかけると、盾を構えて魔獣と対峙している冒険者が叫んだ。

 その盾は金属製にもかかわらず、魔獣の爪によって上半分が引き裂かれなくなっていた。

 

「スース、勝てる?」

 

「勿論です。造作もありません」

 

 気負うでもなく、スースが腰に差した剣を抜いて進み出る。

 自前の白鞘の刀ではなく、アトルランで市販されているブロードソードだ。

 

 躊躇いなく間合いに侵入してくるスースに、首狩りという物騒な名前を持つ魔獣は敵意を剥き出しにした。

 低く唸ってから屈んで力を貯めると、一足飛びでスースへと襲い掛かる。

 

 鋭利な爪がスースの白い首筋に吸い込まれたかと思われたが、幅広い刃を持つ剣によって阻まれた。

 剣と爪がぶつかり合い金属音が響き渡るかと思いきや、殆ど音はしなかった。

 

 スースの絶妙な力加減と剣の角度によって、爪の威力を完全に相殺したからだ。

 首狩りが驚いたように目を見開いた……ような気がしたが、のんびり観戦している場合ではない。

 

「オルティエ」

 

「はい、マスター」

 

 シキは倒れている冒険者に駆け寄ると、オルティエから治癒の霊薬の入った瓶を受け取る。

 蓋を外して緑色の粉をふりかけると、冒険者の背中の傷がみるみるうちに塞がった。

 

「ありがとう! 助かる……って、治るの速くにゃい!?」

 

「ちょっと特別製なんですよ。さぁ、そっちの人も癒しましょう」

 

 中身は Break off Online 製の治療薬なので、即死でない限り完治する。

 常識外れの効果なので、女冒険者が驚くのも無理はない。

 

 二人目を治療している間もスースと首狩りの戦闘は続く。

 ごう、と風をうねらせるようにして爪が何度も繰り出される。

 

 しかし剣に触れるとその勢いは一気に削がれた。

 首狩りの周囲が嵐のように荒れ狂う一方で、スースの側は凪いだ海のように穏やかだ。

 

「凄い……。第二位階冒険者でも苦労する首狩りの攻撃を完璧に防ぐなんて」

 

 最初は油断なく欠けた盾を構えていた冒険者だったが、いつの間にかスースの剣技に見惚れてしまっていた。

 盾を持つ手が下がっている。

 

「えっ、ここは迷宮の上層なのに、そんな危険な魔獣が出るんですか?」

 

「渓の奥に一体ずつしか湧かないんだが、運悪く遭遇してしまったんだ」

 

「なるほど。急にゲームっぽくなったなぁ」

 

「げーむ?」

 

「なんでもないです。湧くということは、首狩りが二種類目の魔法生物なんですね」

 

 果たして魔法生物たる首狩りに、どれほどの知能が備わっているのだろうか。

 爬虫類の目から感情は読み取れないが、スースと斬り結び続けても打開が叶わぬことは理解したようだ。

 

 首狩りは急に向きを変えて、女冒険者に襲い掛かった。

 

「うにゃぁ!?」

 

「臆したか。大海を知らぬ蛙風情が」

 

 傍から見ていただけのシキにはわからなかったが、直接刃を交えたスースは首狩りの感情を正確に読み取っていた。

 

 目の前から一瞬でいなくなった首狩りだったが、スースとしてもその一瞬があれば十分。

 すぐに背を向けてしまった首狩りに、太刀筋は見えていない。

 

 女冒険者は慌てて逃げようとしたが、足がもつれて転倒。

 そこへ首狩りが覆い被さり―――

 

「crooooak!?」

 

 低くしわがれた断末魔と共に、首狩りの体が縦に裂ける。

 首狩りは魔法生物だ。

 

 故にその死体は虹色の泡―――魔素の粒子となって空気中に消えていく。

 女冒険者の視界が開けると、剣を振り抜いたスースの姿が遠くに見えた。

 

「いたっ」

 

 魔素の粒子に紛れて、何かが女冒険者の額に当たってから地面に落ちる。

 それは青緑の輝きを放つ、大きな魔石であった。

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