精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「あれはスライム……いや、ナメクジかな」
〈祖霊の渓〉の底に降り立ったシキがまず最初に目にしたのは、渓流の中に潜む魔獣だった。
そいつは半透明の体を持っているため、水の中だとほぼ見えない。
中層へは先に渓底まで降りてから渓流を上るルートと、斜面の細道を進んで最後に一気に下るルートの二つがある。
魔獣は渓流付近に多く分布しているため、見学がてら今回は前者のルートを選択していた。
「名を
「だね。オルティエの視覚補助がなかったらまずわからないよ」
軟泥蛞蝓は細長いフォルムをしていて、川底をのんびりと這っていた。
「どうやって倒すの?」
「川岸を立ち止まらずに歩いて、陸におびき寄せたところを集中攻撃するようです。丁度他の冒険者パーティーが戦っていますので、こちらを御覧ください」
シキの拡張画面に映し出されたのは、ここより上流で戦っている四人組の冒険者パーティーの様子だ。
偵察のために飛ばしている
斥候役と思われる猫人族の女冒険者が川岸を駆けると、軟泥蛞蝓が一体、川から飛び出してきた。
戦闘体勢だからか、視覚補助で見ていた軟泥蛞蝓よりも俊敏に動いている。
女冒険者が渓流から離れ斜面の際まで誘導すると、仲間たちと共に軟泥蛞蝓を囲んでボコボコにし始めた。
「おー、手際が良いけどナメクジ君がちょっと哀れ」
「早く倒さないと他の魔獣が寄ってきますので。女冒険者は攻撃への参加を途中でやめて周囲を警戒していますね」
小型情報端末の
その中でも迷宮が生み出す魔法生物は、軟泥蛞蝓の他にもう一種類しかいない。
残りは通常の魔獣で、外からやってきて住み着いたのだ。
エンフィールド大樹海の迷宮にいた
そのまま観察していると、警戒していた女冒険者の猫耳がぴくりと動く。
警告の声を上げながら川上を指差した。
「新手か。うわ、なんだあれ」
川から飛び出してきたのは一匹の魔獣だ。
蛙を二足歩行にしたような姿で、丸みを帯びたフォルムをしている。
青緑の鱗を纏い、全体的に筋肉質。
長い腕の先にある鋭い爪は、前傾姿勢なこともあって地面すれすれの位置にある。
シキは某サバイバルゲームに出てくる生物兵器みたいだなと思った。
冒険者たちの判断は早い。
魔獣の爬虫類のような目でぎろりと睨まれると、倒しかけの軟泥蛞蝓を放置して一斉に逃げ出した。
「あ、まずい。逃げ切れなさそう……」
冒険者たちは必死に走っているが、魔獣が飛び跳ねるようにして追いかけている。
そしてついに殿を務めていた冒険者の背中が爪で切り裂かれた。
「御屋形様。助太刀しますか?」
「うん。俺たちのいる下流へ逃げてきてるし、向こうと合流しよう」
「承知。先行します」
先頭を走るスースをシキたちが追いかける。
足元は岩石や荒い砂利で覆われて走りにくいはずだが、スースの足取りは軽い。
頭や肩は上下に揺れることなく水平移動していて、軍用ロングコートをはためかせる姿はまるで忍者のようだ。
ものの十数秒で現地に到着したが、既に二人が地面に倒れ伏していた。
「助けはいるか!」
「駄目だっ、こいつは首狩りだ! 勝てるわけがない。だからあんたらも逃げろ!」
冒険者の流儀に則りまず声をかけると、盾を構えて魔獣と対峙している冒険者が叫んだ。
その盾は金属製にもかかわらず、魔獣の爪によって上半分が引き裂かれなくなっていた。
「スース、勝てる?」
「勿論です。造作もありません」
気負うでもなく、スースが腰に差した剣を抜いて進み出る。
自前の白鞘の刀ではなく、アトルランで市販されているブロードソードだ。
躊躇いなく間合いに侵入してくるスースに、首狩りという物騒な名前を持つ魔獣は敵意を剥き出しにした。
低く唸ってから屈んで力を貯めると、一足飛びでスースへと襲い掛かる。
鋭利な爪がスースの白い首筋に吸い込まれたかと思われたが、幅広い刃を持つ剣によって阻まれた。
剣と爪がぶつかり合い金属音が響き渡るかと思いきや、殆ど音はしなかった。
スースの絶妙な力加減と剣の角度によって、爪の威力を完全に相殺したからだ。
首狩りが驚いたように目を見開いた……ような気がしたが、のんびり観戦している場合ではない。
「オルティエ」
「はい、マスター」
シキは倒れている冒険者に駆け寄ると、オルティエから治癒の霊薬の入った瓶を受け取る。
蓋を外して緑色の粉をふりかけると、冒険者の背中の傷がみるみるうちに塞がった。
「ありがとう! 助かる……って、治るの速くにゃい!?」
「ちょっと特別製なんですよ。さぁ、そっちの人も癒しましょう」
中身は Break off Online 製の治療薬なので、即死でない限り完治する。
常識外れの効果なので、女冒険者が驚くのも無理はない。
二人目を治療している間もスースと首狩りの戦闘は続く。
ごう、と風をうねらせるようにして爪が何度も繰り出される。
しかし剣に触れるとその勢いは一気に削がれた。
首狩りの周囲が嵐のように荒れ狂う一方で、スースの側は凪いだ海のように穏やかだ。
「凄い……。第二位階冒険者でも苦労する首狩りの攻撃を完璧に防ぐなんて」
最初は油断なく欠けた盾を構えていた冒険者だったが、いつの間にかスースの剣技に見惚れてしまっていた。
盾を持つ手が下がっている。
「えっ、ここは迷宮の上層なのに、そんな危険な魔獣が出るんですか?」
「渓の奥に一体ずつしか湧かないんだが、運悪く遭遇してしまったんだ」
「なるほど。急にゲームっぽくなったなぁ」
「げーむ?」
「なんでもないです。湧くということは、首狩りが二種類目の魔法生物なんですね」
果たして魔法生物たる首狩りに、どれほどの知能が備わっているのだろうか。
爬虫類の目から感情は読み取れないが、スースと斬り結び続けても打開が叶わぬことは理解したようだ。
首狩りは急に向きを変えて、女冒険者に襲い掛かった。
「うにゃぁ!?」
「臆したか。大海を知らぬ蛙風情が」
傍から見ていただけのシキにはわからなかったが、直接刃を交えたスースは首狩りの感情を正確に読み取っていた。
目の前から一瞬でいなくなった首狩りだったが、スースとしてもその一瞬があれば十分。
すぐに背を向けてしまった首狩りに、太刀筋は見えていない。
女冒険者は慌てて逃げようとしたが、足がもつれて転倒。
そこへ首狩りが覆い被さり―――
「crooooak!?」
低くしわがれた断末魔と共に、首狩りの体が縦に裂ける。
首狩りは魔法生物だ。
故にその死体は虹色の泡―――魔素の粒子となって空気中に消えていく。
女冒険者の視界が開けると、剣を振り抜いたスースの姿が遠くに見えた。
「いたっ」
魔素の粒子に紛れて、何かが女冒険者の額に当たってから地面に落ちる。
それは青緑の輝きを放つ、大きな魔石であった。