精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
最近縄張りが荒らされている気がする。
気がする止まりで確証を得られないのは、気配を全く感じないからだ。
にもかかわらず、確実にこちらの縄張りに入って得たであろう情報が流出していた。
既存の組織でこちらを出し抜く力量のある者はいない。
つまり新参者……〈群れ鼠〉に違いない。
鼠が猫に喧嘩を売るとはいい度胸だ。
こちらが狩る側で、そちらが狩られる側だと思い出させてやろう。
「にゃー(おはよう)」
「にゃー(あ、王様。おはようっす)」
塀の上で日向ぼっこをしていた黒猫が、やってきたサビ猫に挨拶する。
しかしその間も、何もいない向かいの屋根の上から視線を外さない。
「にゃー(何かいるのか?)」
「にゃー(や、気になっただけでなんでもないっす)」
サビ猫は黒猫に頭を擦り付け、暫く雑談をしてから次の縄張りへと向かう。
そこは孤児院の前で、丁度エサやりの時間だった。
子供たちの持ってきたエサに猫が群がっている。
「にゃー(あら王様。いいところにきたわね。一緒にごはん食べましょう)」
「あーーー知らないこがいるーーーーー」
「シャー!(おいこらやめろ。尻尾を触るな。エサが食えないのだ)」
無遠慮に触ってくる孤児院の子供を威嚇しながらエサを食べると、サビ猫はさっさと退散した。
その後も何ヵ所かの縄張りを見回るが、特に異常なし。
最後に寄ったのは城で、猫らしく城壁の縁を駆け上り奥へ進む。
王族の居室のバルコニーに辿り着くと、椅子の上で寛ぐ猫がいた。
白い毛の長毛種で、シキが見たら「マフィアのボスがワイングラス片手に撫でてそう」と感想を述べただろう。
「にゃー(ダーリン待ってたわ)」
「にゃー(ダーリンじゃなくて王なのだ……あいつはいないだろうな?)」
「なーん(もちろんいないわよ。追い払ったから暫く戻ってこないわ)」
猫なで声を出して長毛猫がすり寄ってくるが、サビ猫は周囲の警戒を怠らない。
過去に一度、長毛猫の番の猫と鉢合わせをしてえらい目に遭った。
だからさっさと用事を済ませるために、サビ猫は自分の頭を長毛猫の頭にくっつける。
すると長毛猫が最近見聞きした光景が、サビ猫の脳内に流れ込んできた。
サビ猫は【獣神の加護:猫】を持つ野良猫である。
その能力は猫の王者。
あらゆる猫の支配者であり、あらゆる猫の記憶を覗き見ることができた。
この効果は動物の猫相手にのみ発動し、猫人族や獅子人族は適用外だ。
そもそも別の種族なので当たり前なのだが。
他の猫は加護を持っていない。
なぜ自分だけが加護を持っているのかわからなかったが、本能で使い方は理解できた。
記憶を回収したらもう用はない。
名残り惜しそうに長毛猫が鳴いたが、王族の居室から撤収する。
サビ猫は加護の力により他の猫から王と敬われているが、それでも泥棒猫は許せないらしい。
記憶をもらいに来ただけで番から奪うつもりはないのだが、長毛猫が満更でもない態度なのがよくなかった。
前回来たときは番の猫と鉢合わせしてしまい攻撃された。
サビ猫は喧嘩に弱い。
なので尻尾を巻いて逃げた。
自分は猫の王様なのに……世知辛い。
今日も逃げるように城から脱出。
日没を迎える頃、今日の取引場所のスラム街にある廃屋に到着する。
そこでは猫人族の女がで待機していた。
「ザビ様。お待ちしておりました」
「にゃー(うむ)」
サビ猫の名前はザビ。
この銀髪の猫人族ラドールが名付けた。
取引相手が来るまでにはまだ時間がある。
ザビはラドールの前でこてんと横になると、腹を撫でろとアピールした。
「失礼します」
ラドールは凛々しい表情のままザビの腹を優しく撫でるが、すぐに相好を崩す。
デレデレの顔になってザビを撫でまわした。
「にゃー(もっと右……)にゃぁーーん(うむ、いいぞ。次は喉だ…)」
「はい、こっちですね~」
ラドールも【獣神の加護:猫】を持つ。
だだしその力は弱く、なんとなく猫の気持ちがわかる、くらいのものであった。
元々猫好きということもあり、王都の野良猫たちに餌付けしていたのだが、ある日ザビと出会って世界が変わる。
同じ加護持ちだからなのか、ザビ相手だと感情どころかお互いに意思疎通ができた。
嗚呼、お猫様と会話できるなんて夢のよう。
その日からラドールは猫の奴隷となる。
ザビが他の猫の記憶を共有し、情報収集できる能力を持っていると聞いて、ラドールは情報屋を始めることを提案した。
稼いだ金は勿論猫たちへエサ代として還元する。
そのために野良猫の支援団体も立ち上げた。
猫たちはエサが沢山食べられてハッピー、ラドールは沢山お世話できてハッピー。
これが情報屋〈銀猫〉誕生の理由であった。
巷では時に偽情報を流して相手を試し、〈銀猫〉を騙る偽者を粛清したりしていると噂されているが、それらは真実ではない。
情報の入手元を偽装するために、他の情報屋から得た情報を提供したりはするが、意図的な偽情報は流さない。
周囲が勝手に抗争の種に使っているだけで、〈銀猫〉自体は非常にクリーンな情報屋であった。
「それで〈群れ鼠〉の手掛かりは掴めましたか?」
「うなー(いや、何もわからなかったのだ)」
ラドールに尻をトントンされながらザビが答える。
縄張りを見て回り、猫たちの記憶を覗き見たが、不審な点は見当たらなかった。
強いて言えば、
「にゃー(引き続き調べる。ラドールも身の回りには気をつけるのだ)」
「承知しました」
今日の取引相手が来るまでには、まだ少し時間がある。
ラドールがザビの毛並みを堪能しようと手を伸ばした瞬間、廃屋に接近する気配を察知した。
「ザビ様」
ザビが廃屋の置くに隠れたのを確認すると、ラドールは腰に差した短剣の柄に手を添えて入口を警戒する。
「何者だ? そこで止まれ。ここは私の縄張りだ。すぐに立ち去れ」
ラドールの警告を受けて、やってきた人物が立ち止まった。
崩れた天井から月明かりが差し込み、その姿が照らされる。
「横入りしてごめん。その代わりいい情報を持ってきたから、私と取引しない?」
銀髪ツインテールの少女が、不敵な笑みを浮かべながらラドールを見つめていた。
*誤字報告ありがとうございます*