精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「何を言っているかわからないね。怪我をしたくなかったらさっさと帰りな。お嬢ちゃん」
夜のスラム街に一人で現れる少女が、普通であるはずがない。
これまでも危ない橋は何度か渡ってきた。
ラドールは腰に差した短剣を抜いて威嚇しつつも、いつでも逃げられるようにする。
「待って。危害を加えるつもりはないわ。情報を買いたいだけよ」
「売る相手はこちらが選ぶ。どこの誰かもわからないお嬢ちゃんには売らん」
「それじゃぁ自己紹介するね。私は〈群れ鼠〉よ。はい、誰かわかったでしょ? 〈銀猫〉さん」
〈群れ鼠〉の正体は、もちろん〈SG-061 リファ・ロデンティア〉である。
諜報でも活躍している鼠型ドローンで情報を集め、コアAIのリファが情報屋として活動していた。
ザビとラドールの二人分の働きを一人でしている。
「!?……そうか。なら余計に駄目だな。商売敵に情報は売れない。さらばだ」
「だから待ってよ。こっちが買うだけじゃなくて、〈猫の杓子〉にとって有益な情報を売ることもできるわよ」
「お前……」
どこまで知っている?
そう問いただしそうになったがラドールは堪えた。
〈猫の杓子〉というのはラドールが運営している野良猫の支援施設の名前だ。
と言っても表向きは別の名義人がいるため、ラドールは〈猫の杓子〉に名を連ねていない。
それにも拘わらず、〈群れ鼠〉は何の脈絡もなく〈猫の杓子〉の名前を出してきた。
まるで関係者だろ? と言わんばかりに。
奥の瓦礫に隠れているザビに判断を仰ぎたいが、今振り返るのはまずい。
不自然だ。
このまま立ち去るのも悪手。
〈群れ鼠〉がどこまで知っているのか探らなければ、後手に回ってしまう。
どうしようかと悩んでいると、背後で猫が鳴いた。
「にゃー(我輩は偶然居合わせた野良猫。そのつもりで接するのだ)」
ザビが瓦礫から出てきてラドールの足に纏わりつく。
かわいい。
「お姉さんの飼い猫?」
「……いや、ただの野良猫だ。私たちを見て寄ってきたんだろう」
「にゃー(取引に応じるふりをして〈群れ鼠〉を探るのだ)」
「それで〈群れ鼠〉は何の情報が欲しい? 聞くだけなら聞いてやろう。最近は同業者の中でも優秀と有名な〈群れ鼠〉なんだから、自力で調べたらいいだろう」
「新参者にはちょっと不得意な分野なの。だって十年前の出来事なんだもん」
〈群れ鼠〉が知りたいのは、十年前の現国王を助けたとされる人族の女性の情報だという。
どこでどのように助け、その後どうなったのかを知りたいそうだ。
「十年前、か」
「にゃー(問題ない。我輩は長生きだからな。精査には時間がかかるが。引き受けるかは別として、もう少し探るのだ)」
「調べられないこともないが、同業者と馴れあうつもりはないね。〈猫の杓子〉ってなんだ? 聞いたこともないな」
「誤魔化さなくてもいいよ。お姉さんが猫を使って情報収集してるんでしょ。知ってるんだから。それで稼いだ資金を〈猫の杓子〉に流してるんだよね?」
〈群れ鼠〉の核心に踏み込んだ発言を受けて、ラドールの瞳に剣呑な輝きが宿る。
降ろしていた短剣の切っ先を再び〈群れ鼠〉に向けた。
「だから敵対するつもりはないって。刃物を向けないでよ。私は〈銀猫〉と仲良くしたいの。今の話だって言いふらしたりしないわ」
「そこら辺のドブネズミを猫たちが狩りつくしても、同じことが言えるか?」
「勝手にどうぞ~」
自分たちのように王都に巣食う鼠を使役して情報収集しているのではないか?
そう思いカマをかけてみたラドールだったが、〈群れ鼠〉は不敵な笑みを浮かべたままで判別はつかなかった。
真実は当たらずも遠からず。
ザビが縄張りを見回った際に、虚空をじっと見つめる猫がいたが、その視線の先に鼠型ドローンがいたり
「それで〈猫の杓子〉にとって有益な情報だけど、お近づきの印にひとつ無償で提供してあげる。さて、エサやりと去勢で猫の頭数は管理してるみたいだけど、それだけでいいの?」
「それだけとはどういう意味だ」
「猫じゃらし、って知ってる?」
「なんだそれは」
意味のわからない問いかけばかりで、ラドールの眉間に皺が寄る。
〈群れ鼠〉は納得するかのように頷いた。
「やっぱりそういう文化はないのね。猫じゃらしというのはイネ科の植物の別名で、猫のおもちゃになるのよ。毛の生えた花穂が目の前で揺れると、猫の狩猟本能が働いてつい飛びついてしまうの」
「狩猟本能だと? それがどうした。猫は普段から鼠や虫を狩っているのだから、それで十分だろう。わざわざ偽物の毛を揺らす意味がわからん。子猫に狩りの練習でもさせるのか?」
「え~、本当に十分だと思う? エサやりをしているってことは、狩りの頻度が減って運動不足になってたりしない?」
「そ、それは」
ラドールはエサを食べにやってくる猫たちを思い浮かべる。
そう言われると一部の猫は丸々としていた。
「それに運動不足解消だけじゃないんだから。丁度そこに猫がいるから試してみよっか」
〈群れ鼠〉が懐から取り出したのは、黒い筒状の何か。
それを地面に向かって翳すと、赤い光の点が投影された。
これは Break off Online 製ハンドガン用のレーザーポインターである。
「それは赤い光を発する魔術具か? それがどうした………っ!?」
足元にいるザビが、光点を凝視していた。
〈群れ鼠〉が光点を緩急つけながら動かすと、ザビの視線もそれを追いかける。
本物の鼠のようにそろり、そろりと目の前までやってくると、ザビは堪らず飛びついた。
もちろん光を捕まえることはできない。
光点は逃げるように壁を這う。
今度は虫のような動きだ。
ザビは壁に向かって猛ダッシュして駆け上り、光点を捕まえようとする。
その瞬間、光点が壁から飛び立つ。
奥の瓦礫に投影されながら逃げる光点だが、ザビは諦めない。
駆け上った壁を後足で蹴り、
「こ、これは」
ザビは狩猟本能を剥き出しにして、廃屋の中を縦横無尽に駆け回る。
猫がここまで生き生きと走り回るのを、ラドールは初めて見た。
躍動感をじっくり観察することができて、感動すら覚える。
ザビ本人も楽しそうだ。
嗚呼、こんな奉仕の仕方があったとは。
「はい、おしまい」
不意に光点が消えたので、ザビは急ブレーキをかける。
遊び足りないのか、光点を探してキョロキョロしていたが、途中で我に返った。
「うにゃー(しまった。つい追いかけてしまったのだ。こ、これは違うのだ)」
夢中になっていたのが恥ずかしかったようだ。
ザビがラドールを見上げ、言い訳をしながら顔を洗っている。
「まぁこんな感じね。他にもキャットタワー、爪研ぎ、衛生的なトイレ用の砂とか色々提案できるけど、少しは信用してくれた?」
ザビとラドールの様子を見て、〈群れ鼠〉ことリファは手応えを感じていた。
これらの提案はシキによるものだ。
アトルランにおいてペットの飼育は一般的ではない。
王侯貴族の娯楽や従魔、使い魔として一部で飼育されてはいるが、日々の生活で忙しい庶民には無縁のもの。
故に猫の住環境や生態に関する知見はあまり認知されていないので、さぞ有益に聞こえただろう。
さすがにぃに。
ラドールが足元に視線を向ける。
見上げているザビが小さく頷いた。
「わかった。信用するかはともかく、有益な情報だというのは理解した。調査依頼は引き受ける。ところで」
「何?」
ラドールは何か言いにくそうにもじもじしている。
やがて意を決したのか、キリッとした表情でリファにこう伝えた。
「その魔術具、少し貸してくれないか? 私もやってみたい」