精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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236話 猫に語られる真実

「大丈夫、怖くないよ」

 

 親猫は人間の言葉が分からなかったので、近づいてきた相手に激しく抵抗した。

 愛する我が子を守るために。

 

 指を引っ掻かれても噛まれても、その人間は懲りない。

 野良猫の親子が住み着いている城の物置小屋に、毎日エサを持ってくる。

 

 それが一週間も続くと、いい加減敵意はないと理解できたので攻撃するのはやめた。

 我が子のために無駄な体力を消耗している場合ではない。

 ただ、エサやりに乗じて撫でようとしてきた時は引っ掻いてやったが。

 

「ちゃんと子供を守ってて、君は偉いお母さんだね」

 

 人間はエサやりしてもすぐには立ち去らず、いつも一方的に話しかけてくる。

 

「私にも君と同じで子供がいるんだよ。今は離れ離れだけど」

 

「君の子たちとは違ってうちの子は物静かだけど、賢そうな目をしててね」

 

「あの時一緒に残ればよかったかな? でもそうしたらもっと被害が」

 

「……帰れなくなったのは、やっぱり罰なのかな」

 

 日に日に子猫たちが元気に育つ一方で、人間の声からは気力が失われていった。

 人間の事情など親猫の知ったことではない。

 

 ……しかしこの人間は敵ではないし、機嫌を損ねてエサを持ってこなくなると困る。

 なので仕方なく撫でさせてやることにした。

 

「いいの?」

 

 親猫が足元に歩み寄って人間に撫でられていると、子猫たちも安全だと理解したのだろう。

 あっという間に人間に群がり、よじ登ったりして遊んでいた。

 

「みんなも慰めてくれるんだね……ありがとう」

 

 人間の目にはうっすらと涙が溜まっていた。

 

 更に一週間ほど過ぎたある日、

 

「ようやく帰れる見込みが立ったの。殿下が祖龍に直接交渉してくれるんですって」

 

 上ずった声で人間が言った。

 

「だから君たちと会えるのは今日が最後。あ、ごはんは大丈夫よ。侍女さんにお願いしてあるから」

 

「エフェメラ、そんなところにいたのか」

 

「殿下、わざわざここまでいらしたのですか」

 

「君が世話している猫が気になってね」

 

 人間が猫たちを撫でていると、別の人間が物置小屋にやってきた。

 獅子の頭を持つ怖い人間だ。

 

 初めて見る人間に驚いた子猫たちが、一斉に物置に置かれた荷物の影に隠れる。

 親猫もそれ以上近づくなと、シャーと鳴いて威嚇した。

 

「随分と嫌われたものだな」

 

「猫は警戒心が強いですから。私も慣れてもらうまでに一週間はかかりました。でも丁度よかったです。このままだといつまでも撫でていそうでしたので。さぁ、宮殿に戻りましょう」

 

 人間は立ち上がると、獅子頭の人間の背中を押して物置小屋から出ていく。

 最後に扉の前で振り返り「元気でね」と呟いた。

 

 

 

 ―――ここまでが〈銀猫〉ザビが集めた一つ目の情報だ。

 

 【獣神の加護:猫】の影響なのだろう。

 野良猫ザビは御年二十歳だが、その外見は二歳ぐらいの成猫と変わらなかった。

 まだまだ元気で若々しい。

 

 同じ加護を持つラドールと出会ったのは最近だが、他の猫の記憶の収集自体は昔から行っている。

 そしてザビは眠ることにより、夢の中で収集した記憶を見直すことができた。

 

 十年前まで遡るとなると、結構な時間がかかる。

 ただ〈群れ鼠〉の指定したエフェメラという人物の情報量は、この物置小屋に住み着いていた猫の親子の記憶からしか得られなかったので、見つけてしまえば早かった。

 

「以上が一つ目の情報だ」

 

「一つ目ということは、まだあるの?」

 

「ああ、もう一つある。あるんだが……」

 

 ザビの代わりに〈群れ鼠〉リファへ情報を伝えたラドールが言い淀む。

 

「出し惜しみするつもり?」

 

「少し質問させてくれ。〈群れ鼠〉はこのエフェメラという人物の情報を集めてどうするつもりだ? 仇討ちするつもりか?」

 

「仇討ち、ですって?」

 

 リファのつぶらな瞳が鋭く細められる。

 

「最近になって王都には強い冒険者が次々と現れた。そして第三位階まで上がると、誰も寄り付かない〈祖霊の渓〉へと旅立っていった。きっと祖龍に挑むのだろうな」

 

 リファは沈黙を保っているので、ラドールは話を続けた。

 

「私は猫たちが平和に住む国が好きだ。だから国を管理する王族に陰ながら協力してきたが、今回ばかりは王族に頼れない。そういう情報を得てしまった」

 

 そこでラドールの言葉が途切れる。

 廃屋の天井を見上げながら思案顔のリファであったが、考えがまとまったのか視線を落としてラドールを見据えた。

 

「一つ訂正すると、仇討ちじゃないわ。エフェメラお母様は必ず生きている」

 

「そんなまさか……」

 

「私たちがその気になれば祖龍の元へ直行することもできた。でもこの国が混乱することを望まないにぃ……人がいるから、ちゃんと手順を踏んで〈祖霊の渓〉に向かったの」

 

 それは〈群れ鼠〉と件の冒険者たちが繋がっていると肯定したようなものだった。

 ラドールもリファのように視線を上げると、廃屋の梁の上から顔を覗かせていたザビと目が合う。

 サビ猫は目を光らせると小さく頷いた。かわいい。

 

「わかった。今から伝える情報は、他には絶対に売らないでくれ」

 

 その情報とは、当時の王子殿下で現在の国王、ライオス・シィズ・ブレイルの独白であった―――。

 

 

 

 エフェメラが物置小屋に来なくなって二週間経った頃。

 深夜にふらりと獅子頭の人間、ライオスがやってきた。

 

 前回と同様に子猫たちは隠れ親猫が威嚇のポーズを取ると、ライオスは物置小屋の入口で立ち止まり、どかりとその場に座り込んだ。

 手には酒瓶を持ち、牙の並ぶ口元からは強い酒気が漏れていた。

 

「すまない、エフェメラをお前たちの元に連れて帰ることはできなかった」

 

 そう呟いてから酒瓶を煽ると、俯き黙り込む。

 親猫としてはさっさと帰って欲しかったが、ライオスは微動だにしない。

 三分ほど威嚇のポーズを続けて、いい加減疲れて警戒を解こうとしたら、ライオスがまた呟いた。

 

「この秘密は誰にも言えない。同じ王族にもだ。だが私一人で抱え込むには重すぎる、耐えられない……だからここで吐き出させてくれないか」

 

「シャー(うるさい帰れ)」

 

「〈爪龍剣〉が偽物なのは王族の中では周知の事実だったんだ」

 

 親猫の威嚇を無視してライオスが告白する。

 

「当時のシィズ族がブレイル獣王国の実権を握るために、祖龍に認められたと嘘をつき、偽物の証である〈爪龍剣〉を作ったと聞かされていた。だが真実は違った。エフェメラが見破ってしまった」

 

 ライオスが再び酒瓶を煽り飲み干す。

 空になった酒瓶を抱え込み、俯くと恐怖で体を震わせた。

 

「ある意味、祖龍からは認められていたのだ。偽物の〈爪龍剣〉を作る提案をしたのは祖龍……いや、祖龍に化けた外様の神だったのだ」

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