精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
迷宮の最下層に広がる孤島には、外の世界と変わらない自然が広がっていた。
夜明けとともに周囲は明るくなり、心地よい風が吹き、天高く雲が流れる。
この分だとそのうち雨も降るかもしれない。
外と違う点は、太陽がないことだろうか。
直接の光源は見当たらないものの空はしっかりと明るいので、植物の光合成にも問題はなさそうであった。
「川の水源とかどうなってるんだろう。普通なら山々に蓄えられた雨水が集まって川になるけど、それらしい山って龍脈のある山しかないよね。でも見た目は草木の生えてない火山だから、水源としては明らかに足りないはず」
天幕で一泊した翌朝、丘の上から見えていた湖を目指してシキたちは歩いている。
「やっぱり魔術、いや魔法で水を生み出しているのかな。山の裏側に水を汲み上げる巨大ポンプがあったりして」
「調査してきましょうか?」
「えっ、ううん、いいよ。気になっただけで重要なことでもないし」
隣を歩くオルティエに小声で提案されたが、シキは首を横に振る。
興味はあるが、今は偽祖龍とリオンたちの監視に専念してもらわなければならない。
最初は太陽がないだけかと思ったが、細かいところが次第に気になってきたシキである。
植生も場所によって全然違った。
中層と繋がっている塔周辺は、まるで森林限界かのように木が生えていなかったが、少し下ると広葉樹が立ち並ぶ。
そして湖に近づくとシダ植物や木性シダ(幹のあるシダ植物)が目立ち始めた。
雰囲気はすっかり太古のジャングルだ。
「狭い範囲で植生のメリハリがありすぎる。誰かが手を加えた
ぼやきながら歩くシキの前では、シアニスが気になる植物を発見する度に立ち止まっていた。
顔を寄せてじっくり観察したり、匂いを嗅いだりしている。
犬耳と尻尾がついているので、なんだか犬の散歩みたいだなとシキが見ていると、シダ植物の茂みから何かが飛び出してきた。
それは黄色い鱗を持つ、小型で二足歩行の蜥蜴……いや、恐竜だ。
茂みの近くにいたシアニスへ襲い掛かるが、彼女は散歩モードから戦闘モードへと瞬時に切り替えた。
手に持っていたバックラーで牙を剥く恐竜の横面を叩く。
牙と顎を砕きながらバックラーを振り抜いた。
恐竜の体は弾き飛ばされ茂みの奥に消えたが、入れ違うようにして新手の恐竜が次々と飛び出してくる。
「敵襲!」
ライカが短く叫んで警告するが、その前から各々が武器を構えている。
これで三度目の襲撃なので慣れたものだ。
シアニスが一撃で撃退したように、こいつらは単体だとそこまで強くない。
その代わりに大群で襲ってくるのだが、油断しなければ問題なく撃退できる。
皆で協力して半数の二十体ほどを倒すと、生き残りの恐竜は散り散りになって逃げていった。
「不利になると逃げるくらいの知能はあるのか。それならもう少し賢くなって、最初から襲わないでくれると楽でいいのに」
最初は倒した恐竜の死体の処理をしていたが、さすがに数が多すぎて途中から放置している。
Break off Online 製のストレージボックスならいくらでも死体を回収できるが、アトルラン製の次元収納に偽装しているため、容量の都合上やはりすべて回収はできない。
あとでこっそり回収できなくもないが、そこまでして欲しいものでもなかった。
一行は湖を目指して再び歩き出す。
「既に何種類かの恐竜と遭遇しましたけど、草食の恐竜は襲ってこないですね」
「そうだね? 草食の恐竜は俺たちを食わないだろうし」
「あ、いえ、外敵から身を守る的な意味でです」
「ふむ」
そんな会話をルミナとしていると、丁度草食の恐竜が現れた。
四足歩行のそいつは全長が四メートルほど。
背中は丸みを帯びていて前肢と後肢では後者のほうが長い。
なので常に前傾姿勢で尾は空中に高く伸びていた。
特徴的なのは背骨に沿って魚のヒレのように飛び出している、幅広く直立した皮骨板だ。
尻尾の先端には
かの有名なステゴサウルスに似ていた。
そんな彼だが、シキたちが接近しても我関せずでのんびり草を食んでいる。
「何も考えてないのか、それとも自慢の装甲でなんでも防げると思っているのか」
「身軽な黄色い恐竜は薄い鱗しかなかったですが、この子のはすごい分厚いですね。まるで戦車です」
「せんしゃって何?」
後ろの方でこそこそ喋っていたのだが、ライカの虎耳に拾われてしまったようだ。
シキとルミナの間に背後から割って入ってくる。
知らない単語を聞いて、翡翠色の瞳が興味深げに瞬いた。
「あの、ええと」
「破城槌に移動用の車輪と防御用の屋根と装甲をつけたやつがあるじゃないですか。あれのことを故郷では戦車って呼ぶんですよ」
「はじょー?」
あれ、適当に誤魔化してみたけど、破城槌ってアトルランにないのか?
ルミナと一緒に焦り出すシキであったが、モアがフォローしてくれた。
「破城槌とは城壁や城門を破壊するための、太い丸太のことです。鐘を突くように使います。戦争の道具ですので、姫様はご存じなかったかもしれません」
「へー、そういうのがあるんだー」
納得したライカがうんうんと頷いている。
なんとか怪しまれずに済んだかと思ったが、今度はモアの目が鋭いままだ。
今の会話で別に変な所は……あることに気が付いたシキが後ずさり、ライカから距離を取る。
するとモアの鋭い視線が和らぐ。
未だにシキとライカのスキンシップに目を光らせているようだ。
「それじゃあ進みますか。ほら行くよ、二人とも」
「「はーい」」
しゃがみ込んで恐竜を観察していたシアニスとエルが立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくる。
至近距離で元気よく返事されても全く動じず、のんびり草を食む恐竜だけがその場に残された。