精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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239話 ひと狩り行こうぜ

 正午を回った頃、湖に到着した。

 太陽がないのに何故正午とわかるのか。

 シキの拡張画面に時計機能が付いているからである。

 

 アトルランにグリニッジ標準時や協定世界時は存在しないため、オルティエが日の出と日の入りから時刻を算出していた。

 衛星がなくてもそのくらいはやってのける演算能力を、サポートAIであるオルティエは持っている。

 

「おおー、これが丘の上から見えていたやつか」

 

「近くで見るとやっぱりおっきいねー」

 

 ライカが目を丸くして見上げているのは、全長三十メートルはあろうかという巨大な恐竜だ。

 斜め上に伸びた長い首が特徴的で、高所にある木の葉を食んでいる。

 シキの前世の知識に当てはめると、似ているのはブラキオサウルスだろうか。

 

 大人が十頭、子供が二頭の群れであった。

 先に出会ったステゴサウルス同様、シキたちの存在を認識しても気にした様子はない。

 

「温厚そうだけど、念のため子供には近づかないようにね」

 

 そわそわしているエルとシアニスに釘を刺しつつ、シキは湖を見渡す。

 上手の三方向から川が流入し湖を形成し、一本の大きな川となって下手に向かって流れていた。

 

「水源として使うなら少しでも綺麗そうな、一番上手にある川のほうがいいよね?」

 

「はい。湖は他の魔獣も利用しているため、水質はよくありません」

 

「見た目は結構透明なんだけどね」

 

 前世の故郷にあった透明度の高い湖や青い湖を思い出していると……足元から僅かな振動を感じた。

 振動は断続的に続き、次第に大きいものとなる。

 

『お兄様、敵影発見。映します』

 

 護衛役として上空で待機しているエイヴェからボイスチャットが入り、拡張画面に小型情報端末からの映像が出る。

 

 二足歩行の恐竜が森を走っていた。

 巨大な頭部の下半分を占める顎に、鋭い牙が並んでいる。

 

 体高は周囲の木々と同じくらいなので、ブラキオサウルスと同様に十五メートルはあるだろうか。

 そして巨体の割に異様に小さい前肢。

 

「おおっ、ティラノサウルス」

 

 シキのテンション高めの呟きと同時に、森からその恐竜が現れる。

 最初からシキたちが目当てだったようで、勢いのまま一番近くにいた獲物に向かって大口を開く。

 

 決して油断はしていなかったが、恐竜は特急電車並みの速度で森の中から飛び出してきた。

 予備動作もなにも見えない状態から急に目の前に現れたのだ。

 

 だからの獲物に選ばれたモアの反応は遅れた。

 一本一本が剣のように長い牙が眼前に広がる。

 

 モアは死を覚悟した―――が、側にいたエルに助けられた。

 

「ふんっ」

 

 モアの背嚢(リュック)を掴んで力任せに引っ張る。

 するとモアの体は後方へ瞬時にスライドし、恐竜の巨体は目の前を通り過ぎていく。

 ライカとモア以外はエイヴェの映像を見ていたので、恐竜の飛び出すタイミングも把握していた。

 

「す、すみません。助かりました」

 

「みんな、森から離れて戦おう!」

 

「対象からの高エネルギー反応を確認。湖周辺の主と言って差し支えないでしょう」

 

「それなら祖龍との前哨戦にもってこいだね。こいつも一応竜だし」

 

「Gyaoooooooow!」

 

 突進を避けられた恐竜が、旋回してこちらに振り返ると咆哮した。

 ある程度離れているというのに、鼓膜を突き抜け脳を揺さぶるような衝撃波がシキたちを襲う。

 

「耳が~」

 

「うるさーーーい」

 

 皆が咆哮に怯む中、恐竜に向かっていく影が二つある。

 盾持ちのシアニスとルミナだ。

 

 二人とも盾で咆哮を防ぎながら、恐竜の足元へと詰め寄った。

 身軽なシアニスが先に辿り着くと、片手剣で後肢を斬り付ける。

 恐竜の鱗は相当な硬度を持っているようで、金属を削ったような鈍い音がした。

 

「むっ、硬いです」

 

「シーちゃん上!」

 

 ルミナの警告を受けてシアニスが見上げると、恐竜が顎を大きく持ち上げ、真っすぐ振り下ろしてきた瞬間だった。

 恐竜の下顎が地面に叩きつけられ、轟音と共に砂塵が舞い上がる。

 

 直撃すればぺしゃんこだが、そう簡単にやられるシアニスではない。

 砂塵の向こう側、恐竜の両足の間をすり抜けていく犬の尻尾をシキは見た。

 

「分厚い装甲に素早い機動力。これは手ごわそうだ」

 

「濃密な魔素を、長い年月をかけて体に取り込んだと思われます。その量は階層守護者の比ではありません」

 

「なるほど。迷宮に起きている異変の影響も受けていそうだ」『いざという時は頼むね』

 

『了解です。お兄様』

 

 シキの言葉の後半はエイヴェに向けたものだ。

 ライカとモアの命が危険に晒された時は、〈SG-070 エイヴェ・サリア〉のライフル〈LR-017 RHODES〉での狙撃による援護をする段取りになっている。

 

 状況によっては誤魔化すのが大変かもしれないが、死ぬよりはましだ。

 

「Gyaaaaaaa!」

 

 新たな砂塵が恐竜の左側面から円を描くように発生する。

 尻尾による薙ぎ払いだ。

 

 背後に回り込んだシアニスと散開しているライカとエルには当たらないが、ルミナが尻尾の軌道上に残っている。

 回避するのか、受け止めるのか。

 

 ルミナの答えは後者。

 

 自分の体よりも太い尻尾がうなりを上げて迫ってくるが、何の躊躇いもなくタワーシールドで受け止めた。

 先程の下顎の攻撃の時と似た、硬い者同士が衝突したような音が響き渡り、砂塵がルミナの姿を隠す。

 

「エッちゃん」

 

「まかせて」

 

 ルミナの無事を確信していたエキュースが、砂塵の中から聞こえてきた声に応えた。

 自身も砂塵の中に突入し、武器の薙刀(グレイブ)で恐竜の後肢を斬り付ける。

 

 シアニスの教訓を生かし、助走と力を存分に込めた一撃だ。

 薙刀の刃は恐竜の硬い鱗の奥にある肉まで到達した。

 

「Gyoaaaaaaa!」

 

 痛みと怒りで恐竜が吠える。

 下手人であるエキュースを踏みつぶそうと、文字通り地団駄を踏んで暴れた。

 

 その斬られた後肢も激しく動かしていることから、傷自体は浅いようだ。

 地団駄を踏めば踏む程に砂塵が舞い上がり、恐竜自身の視界を塞いでいく。

 

 だからエキュースがすぐに離脱したことだけでなく、新手の接近にも気付いていない。

 

「「せーーのっ」」

 

 恐竜が疲れて動きの鈍ったタイミングを見計らって、ライカとエルが同時に攻撃した。

 二人の貫き手が、エキュースの付けた傷口を深く抉る。

 ライカの方は〈雷撃〉のおまけつきだ。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 これまで以上の大音量で叫びながら、恐竜がもんどりを打って倒れた。

 そして陸に打ち上げられた魚のように地面で跳ねる。

 

「よし、縦振りなら任せろ」

 

 満を持して攻撃に参戦したのはシキだ。

 魔剣 〈流星砕き〉を構え、倒れている恐竜目掛けて飛び上がる。

 

 〈流星砕き〉は魔力を込めれば込めるほど、剣の重量が倍増していく国宝級の魔剣だ。

 生物が纏う魔力に触れただけで数十キロの重さになり、目一杯魔力を込めると一瞬で三十トンまで膨れ上がる。

 

 義母エリンのような繊細な魔力制御はできないが、重力に逆らわずに振るうことはできた。

 シキは振りかぶった〈流星砕き〉に魔力を込めながら、真っすぐ振り下ろす。

 

 膨れ上がった質量の前では恐竜の鱗であっても紙同然。

 〈流星砕き〉の刃が尻尾に抵抗なく吸い込まれ、そのまま切断した。

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