精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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247話 めぐりあい宇宙(コズミック)

 転移させられた。

 身に覚えのある浮遊感からシキはそう判断する。

 

 暗転した視界が元に戻……らない。

 正確に言うならば、激しい痛みで目が開けられなかった。

 

 呼吸もできず、何故か空気が一方的に肺から抜けていく。

 全身の皮膚が泡立つような感触は次第に痛みへと切り替わり、耳は圧迫され何も聞こえない。

 

 浮遊感は依然として続いていて、これまでに経験したことのない状況にシキは混乱した。

 叫びたくても、叫びを伝える空気が存在しない。

 

 このままだと数秒のうちに酸欠で意識を失うところだったが、体に内在するナノマシンが活性化してシキの活動時間が延長される。

 その間にナノマシンは脳の内分泌にも作用し、シキは冷静さを取り戻した。

 

 まずは体を守らなくては。

 シキは瞼の裏にメニュー画面を表示させると、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉を装着した。

 

 瞬時に漆黒の板金鎧じみたパワードスーツが現れると、シキの全身を隙間なく包み込む。

 外界を完全にシャットアウトする鎧を手に入れて、ようやく目を開けられるようになった。

 

「―――は?」

 

 バイザー越しの視界に広がるのはどこまでも続く暗闇。

 遠くに煌めくのは無数の星々、そして正面には青い惑星。

 

 つまりここは宇宙空間であった。

 生身で宇宙空間に放り出されたと知って、改めてシキの背中に冷や汗が流れる。 

 

『オルティエ! みんな!』

 

 ボイスチャットでの呼びかけに応答はない。

 メニュー画面のMAPはエリア外表示になっていて真っ黒。

 

 スプリガンの機体を選択できないため、〈搭乗〉による転移も不可能。

 どうすることもできず、宇宙空間を漂う。

 

「祖龍に転移させられたってことでいいんだよな? このゼーレの酸素はどうなってるんだろう?」

 

 空調機能はあると聞いているが、酸素供給があるかまでは不明だった。

 最悪息苦しくなればパワードスーツを買い替えればいいので、当面の安全は確保できただろう。

 

「あの惑星がアトルランか。地球そっくりだけど大陸の形が当然違う」

 

 急に一人ぼっちになったからだろうか。

 ひとりごとが多くなる。

 

「転移させられたのが俺だけならいいんだけど。また皆を心配させちゃったな。てかどうやって帰ろう? この見えてる惑星まで飛んでいくしかないのか? 仮にアトルランまでの距離が地球と月の間くらいの、約40万kmだったとして……」

 

 パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉は背部ユニットのブースターで飛ぶことができた。

 時速100km出せたとしても4000時間、160日はかかってしまう。

 暗算結果にシキはげんなりする。

 

「そもそも大気圏突入で燃え尽きるか? 焼け死ぬのは嫌だな。巨大な盾でも出してそれに隠れるか?」

 

 緊急事態なので、ここはチップの使いどころだろう。

 転移できる手段を得るか、自力で帰る手段を得るか。

 

「転移手段なら衛星兵器〈ST026:レーヴァテイン〉の購入かねぇ」

 

 〈ST026:レーヴァテイン〉は衛星軌道上から地上に向かって、星間物質型弾体加速装置で攻撃することができた。

 星間物質型弾体加速装置とは、星間物質を超圧縮して生成した弾丸を加速装置で撃ち出す装置である。

 以前オルティエからそう説明を受けたシキであったが、相変わらず意味は理解できていない。

 

 ただ通常の衛星としての機能も持つため、惑星周辺を測位できるようになれば、真っ暗になったMAPも復活するはずだ。

 問題は現時点で調達不可能な有償チップを、ほぼ使い切ってしまうこと。

 

「あ、待てよ。現在位置を知らせるといえば」

 

 あることを思い出したので、シキはCRで〈緊急ロケータービーコン〉を購入。

 ペン型の端末が手の中に現れたので、先端のカバーを外してボタンを押した。

 

 これは遭難時に救難信号を発信する端末で、以前ナディット村のベルベットに渡したのと同じ物だ。

 果たしてこの距離で救難信号が届くかはわからないが、何もしないよりはましだろう。

 

「自力で帰るなら……やっぱりガチャかな」

 

 ガチャを回して、新たなスプリガンを手に入れる。

 換装式汎用人型機動兵(スプリガン)器であれば、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉より早く飛べるし、大気圏突入も可能なはず。

 

 ガチャは無償チップで回すことができ、10連3回分ほどのストックがある。

 できるだけ宇宙空間に適応していそうなスプリガンは選びたいところ。

 

 シキはメニュー画面からガチャの項目を選択する。

 表示されたのはシリーズ別のガチャ一覧だ。

 

 〈反撃の狼煙は生肖と共に〉〈黄昏に咲く雪月花〉〈妖星舞踏〉

 〈夏を彩るローレライ〉〈屍山血河の乙女たち〉〈白虹(びゃっこう)兵団の聖譚曲(オラトリオ)〉 etc……

 

 様々なシリーズガチャのタイトルが並んでいる。

 

「さすがに水着ガチャは除外するとして、選ぶなら〈妖星舞踏〉あたりか」

 

 〈妖星舞踏〉は星をモチーフにしたスプリガンが手に入るガチャなので、宇宙に適応していないなんてことはないだろう。

 

「どれどれ、ピックアップは……」

 

 寂しさを紛らわせるためガチャ画面に夢中だったせいで、それの接近に気付くのが遅れた。

 足元で煌めいていた星々が、ブラックホールに飲み込まれたかのように一斉に消える。

 

 実際は消えたのではなく、真っ黒で巨大な()()に遮られていた。

 強烈なプレッシャーを感じ、本能的に抗えないと悟ったシキは、息を止めて気配を消す。

 

 それはゆっくり近づいてきた。

 いや、巨大すぎて動きがゆっくりに見えただけだ。

 

 それは太さが数百m、長さが数kmある巨大な(ひも)のような物体で、のたうつようにして宇宙を泳いでいた。

 シキの側をそのまま通過するかと思われたが、紐の終端が足元でぴたりと止まる。

 紐に亀裂が入り、ぱっくりと裂けるようにして現れた。

 

 眼だ。

 直径100mを超える紅玉の眼だ。

 

 上下にある(まぶた)が開くと、縦に長い瞳孔が現れた。

 瞳孔の中には更に小さな眼―――といっても一つ数mある―――が縦に四つ並んでいる。

 それらが一斉に動き、目の前で浮かんでいるシキを睨みつけた。

 

「うわあああああああああああ!」

 

 強烈な怖気がパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉に装備されたサイコフィールドを貫き、シキの心を削り取る。

 ブースターを吹かして全速力で逃げるが、紅玉の眼はこちらを観察するかのように、ぴたりと追従して離れない。

 

 その間もシキの正気は急速に失われていく。

 シキは狂気の最中(さなか)、ガチャ画面を触ってしまっていた。

 〈ガチャを一回まわすボタン〉で、結果的にそれが窮地を脱する隙に繋がる。

 

 ガチャの演出が始まった。

 宇宙空間が断裂し、その隙間から宇宙戦艦が現れる。

 流線形のボディに複数の砲台が並び、船首には主力武装である巨大な砲門が水平に取り付けられていた。

 

 戦艦の出現に紅玉の眼は動きを止め、視線をそちらにむける。

 眼を見下ろす位置にいる戦艦の船底から赤い光が伸び、眼を捉えると、何かが射出された。

 

 宇宙空間は空気がないため音が伝わらない。

 そのはずだが、何故か砲弾が直撃したかのような衝撃音が響き渡る。

 

 紅玉の眼の上に現れたのは、虹色に輝くコンテナだ。

 ダメージはないようだが眼球に直置きされて、瞳孔が驚いたかのようにコンテナを見つめている。

 

 コンテナの上部が開くと、虹色の輝きが溢れ出す。

 

 

 

『我の召喚は主の債務の始まりと知るがよい』

 

 

 

 どこからともなく、艶のある女性の声が聞こえてきた。

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