精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
虹色のコンテナは最高レアリティの確定演出だが、初めてガチャを回したシキには知る由もない。
戦艦は役目を終えたと言わんばかりに、断裂した空間の中に悠々と消えた。
虹色の輝きが収まるとコンテナが消失していて、今度は古めかしい木製の両開きの扉が鎮座している。
ぎぃ、と軋む音を立てて扉が開き、そこから
その姿を端的に表現するなら、箒に乗った魔女だろうか。
無論ロボットなので体を構成するのは金属だが、丸みを帯びた女性的な造形をしている。
羽織るローブとスカートは縦にスリットが入っていて、それらが個別に稼働することによって本物の布のような質感を表現していた。
とんがり帽子型のヘルムを被り、顔は大型のバイザーゴーグルとマスクで覆われている。
箒に見えたが正しくは杖で、先端に満月のように輝く球形の結晶が嵌っていた。
杖に横向きに座ったスプリガンが宇宙空間を飛び回ると、光の粒子が流れ星のように尾を引く。
『そこにいるのが我が主か? 疾く部隊登録を済ませるのじゃ』
『あっ、はい』
先ほど聞こえた女性の声で指示があったので素直に従う。
シキの拡張画面に映る〈ユニット〉欄に、「New」の文字が点灯したので選択。
十二個並んでいるスプリガンの名前の一番下に、十三体目の新機体が表示されていた。
その名前を選択して部隊登録。
次の瞬間、新機体の小型情報端末の情報が反映され、真っ暗だったMAPが息を吹き返した。
ちなみに〈ユニット〉登録は最大十四体なので、もう一体分の空きがある。
『次は〈複座〉を購入して〈搭乗〉じゃ』
言われるままに設定し〈搭乗〉コマンドを実行。
すると妙に柔らかくて暖かくて、良い匂いのする〈複座〉へと転移した。
「あれ、〈ゼーレ〉は? 〈複座〉は?」
「ようこそ。そして初めまして、我が主よ」
「ふぁっ」
突然耳元で囁かれたため、シキの口から変な声が漏れる。
何故かパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉が脱げていて、〈複座〉にも座っていない。
シキを膝の上に乗せているそのコアAIは、新機体と同じで魔女のような外見をしていた。
艶やかな褐色の肢体を、露出度の高い漆黒のドレスが彩る。
無造作に伸ばした長い銀髪が操縦席を埋め尽くす。
宝石のような碧眼には、振り向いたシキの顔が反射して映っていた。
背丈はシキより少し大きいくらいだろうか。
あどけなさの残る顔立ちをしているが、妙に大人の色香を感じる。
体つきは
そして耳は
シキはガチャ〈妖星舞踏〉のピックアップレア、〈GS-202 マニ・ルーン〉を一発で引き当てていた。
「我が名はマニ・ルーン。マニと呼ぶがよい。詳しい自己紹介は後じゃな。総合支援AIすらいないし緊急事態なのだろう?」
「は、はい」
「エネルギー反応からして、あれが
〈GS-202 マニ・ルーン〉のコックピットは見晴らしがいい。
直径三メートルほどの球形の空間で、全方位がモニターなので広大な宇宙空間がよく見える。
中央には操縦席と、操縦桿の代わりの巨大水晶が浮かぶようにして設置されていた。
他に計器の類は見当たらない。
これまでのスプリガンのコックピットとは全然違う。
複座は操縦席の後ろにちゃんとあるのだが現在は空席。
何故かシキはマニの膝の上に収まっているからだ。
〈GS-202 マニ・ルーン〉が出てきた木製の扉はいつの間にか消失している。
視界を遮る物のなくなった紅玉の眼が、こちらをじっと観察していた。
「暗くて姿がよくわからないですね」
「どれ、視覚情報を補足しよう」
マニが水晶に手を翳すと、宇宙空間の黒に同化していたメナスの輪郭が赤い線で強調される。
細長い体に無数の背棘と短い手足、頭部には紅玉の眼の他に大きな顎が付いていた。
「東洋の龍? 何故か常に横顔で片眼しか見えないけど」
「そのようじゃな。それで他のスプリガンは
「正面に見えるあの惑星にいたんだけど、外様の神、つまりメナスに俺だけ転移させられて―――」
「Woooooooooooon!」
シキの説明はメナスの咆哮によって遮られる。
龍の咆哮にしては奇妙で禍々しく、低い男の声で唸っているかのようだった。
「ぎぃっ」
「精神攻撃か。もう少し距離を取るぞ」
マニが再び水晶に触れると、〈GS-202 マニ・ルーン〉はメナスに背を向けて移動を始める。
メナスはまず眼で追い、その後体も動かして追いかけてきた。
『アルテ、セレネ、ヘカテ、援護せよ』
『がってん』
『しょうち』
『のすけー』
マニがボイスチャットで何者かに命令すると、子供のような甲高い声で複数の返事があった。
声と同時にメナスの側面から三つの光が現れる。
〈GS-202 マニ・ルーン〉の
従来のものとはかなり仕様が違うのか、球形でミラーボールのように光を反射している。
エルが喜びそうだ。
三機の小型情報端末は素早くメナスへ近づくと形状を変化させた。
縦に割れると中から銃身が現れ、一斉に光線を放つ。
太さだけで数百mあるメナスからすれば、その光線は髪の毛ほどのか細い攻撃だ。
最初は何の痛痒も与えていないように見えたが、光線はメナスの体に着弾してもすぐには消えず、黒い鱗を浸食するかのように焦がして広がった。
「Woooooooooooo!」
不気味な悲鳴をあげてメナスが暴れる。
巨体をくねらせて小型情報端末に体当たりするが、三機は巧みに躱しながら攻撃を繰り返す。
「おお、カッコいい」
「主よ、無理して観戦することはない。精神を削られて辛かろう。治療するから我を見るのじゃ」
某無線式のオールレンジ攻撃用兵器みたいだなあ。
そんなことを考えて気を紛らわせていると、マニがシキの体を横向きにした。
お姫様抱っこ状態にしたシキの顎をつまみこちらを向かせると、瞳を至近距離で覗き込む。
マニの碧眼が淡く輝くと、シキの体が温もりに包まれ、恐怖心が和らいでいく。
次第に顔色に血の気が戻り、早鐘のように打っていた鼓動が治まる。
……はずだったのだが、吐息どころか唇が触れそうな距離にマニの美しい顔があるため、シキの頬は上気して鼓動は再び速くなる。
「も、もう大丈夫です。ありがとうございます。降ろしてください。あれ?」
シキはマニの上から降りようとしたのだが、何故か体がくっついたままで動けない。
その様子をマニが不満そうに見ている。
「のう主よ、いつまでも他人行儀な態度だと寂しいぞ?」
「いつまでも何も、さっき会ったばかりの初対面じゃないですか」
「絶対的な主従関係があるのだから、気にせず命令すればよいのじゃ。主が望むなら閨を共に……は年齢制限で引っかかるのか。ならそれまでは同衾じゃ、同衾」
『おいこら主! 主の主とイチャイチャしてる場合じゃねーぞ!』
『そうだそうだー』
『ひぃ、しぬぅー』
声が聞こえて視線を外に向けると、メナスが大分接近してきていた。
小型情報端末の攻撃で体に穴が開くのだが、すぐに再生してしまうようだ。
三機ともメナスの体当たりを必死に躱していた。
「ちっ、役立たずな使い魔どもめ。もう少し主のために気を利かせぬか。しかしまぁ、そろそろ我の力を主に見せても良い頃合いか」
「なら複座で大人しくしてますので」
「ならぬ、ならぬぞ主ぃ。複座より我の上のほうが安全じゃ。理術で固定しておるしの」
「ええ……りじゅつ?」
「うむ、理術じゃ。主の精神力を回復させたのも理術の働きによるもの。そして」
〈GS-202 マニ・ルーン〉が腰掛けていた杖から降りると、両手に持ち替え頭上に高く掲げた。
「この〈真月の杖〉は我が理術を増幅し、宿敵であるメナスを討つ。〈真月の魔女〉の実力、とくとご照覧あれ」
マニの宣言と共に、〈真月の杖〉の先端にある結晶が眩い光を放つ。
それは膨らみ実体化すると、巨大な満月となってメナスに襲い掛かった。