精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
レドーク王国とブレイル獣王国。
両国は険しい山脈に阻まれているため、辿り着くためには大きく迂回しなければならない。
基本的に移動は徒歩か馬車なので、複数の国を通過しながら往復するだけで半年はかかる。
ここまで遠いと国名ぐらいは知っていても、国交どころか面識もない。
「国交を結ぶも何も、遠すぎて現実的ではありませんわ」
「通常のルートならな。だが〈克己の逆塔〉を使えばどうだろう」
〈克己の逆塔〉は祖龍に化けていた外様の神〈奈落の王〉が、アトルラン侵略の足がかりとして作ったものだ。
王族の地位に就かせたシィズ族には、試練の場だと偽って。
なのでこれまではシィズ族にしか知られていなかったが、現在は他氏族にも明らかにされている。
「出入口が迷宮のようになっているのでしょう? 交易には使えなさそうね」
商売っ気の強いスウズ族の娘、ラトピアがつまらなさそうに自身の鼠の髭を撫でる。
「交易となると街道整備や治安といった、解消しなければならない問題が多々ある。だからまずは国交だ。シキ殿、この親書をレドーク王国の王族に渡してくれないだろうか。君は貴族なのだろう? そのくらいの
「ええ、まぁ」
余計なトラブルを避けるため、これまでプライベートについては黙秘してきた。
エフェメラを助けるという目的を達成した今、あとは帰るだけなのでもういいだろう。
傍に控えるオルティエが目配せしてきたのでシキは頷く。
「私から説明します。シキ様はレドーク王国の北東に位置する、エンフィールド辺境伯領の当主です」
「辺境伯当主!? その歳で?」
「はい。エンフィールドは元々男爵家でしたが、マスターことシキ様の御活躍により侯爵相当の辺境伯の位を頂きました」
「男爵から侯爵相当って大出世なのでは」
「はい。前例はありません。エンフィールド家は332年間、代々受け継がれてきた精霊を使い、魔獣が蔓延る樹海の防衛を担ってきました。シキ様はそれまで封印されていた精霊の力を解き放ち、樹海の防衛だけでなく邪人に狙われたレドーク王国の危機を救ったのです。シキ様がいなければ王国は滅びていたでしょう。邪人が召喚した亜神を討伐した褒賞として、エンフィールド大樹海の開発主導権の付与、開発促進のための一定期間の免税及び支援金、そして別枠で莫大な報奨金が与えられました。今後は樹海産の魔獣素材の流通、領民増加による経済効果が見込まれ、エンフィールド辺境伯領は更なる発展を……」
「オルティエ、ストップ、ストップ」
オルティエが表向きの情報を早口でまくしたてる。
皆が唖然としているのでシキは慌てて止めた。
「な、なるほど。本国でも亜神を討伐していたのか。それなら地方領主にしては破格の待遇なのも頷ける」
シキだけが特別だと聞いて、内心ほっとしたのはカルナノーラだ。
もしシキみたいな戦力を持っているのが普通な、恐ろしい国だったら……国交もちょっと考え直すところだった。
「やはりシキ殿は只者ではなかったか。薬草講習は余計なお世話だったかね?」
「いいえ、とても勉強になりました」
「して精霊というのは?」
「ああ、オルティエのことですよ」
詳しい事情を知らないバルザたちのために、オルティエが実演する。
空中に浮かぶと光の粒子が体を覆う。
その光が消えるとメイド服から黒と白を基調としたドレスに変わっていた。
露出度はメイド服と同様に低い。
丸みを帯びたデザインの肩口は、袖に近づくにつれて広がっていく。
いわゆる姫袖だ。
肘と二の腕の外側にはアクセントとして大きな黒リボンが付属。
スカートには白のフリル。
腰元は黒紐のコルセットで絞られ、オルティエの豊満な胸が強調されていた。
頭には黒いカチューシャを被り、長い銀髪とのコントラストよくが映える。
これは Break off Online のコスチュームガチャで出るゴスロリ衣装である。
衣装だけでなく地雷系メイクもばっちり決まっていた。
「これが、精霊?」
精霊とは何かしらの属性を司る存在である。
メジャーなところで言えば四大元素の風、火、水、土があるが、果たしてゴスロリは何属性だろうか。
全く想像がつかずバルザたちが戸惑う一方で、ラトピアは一人興奮していた。
「まぁ! なんて素敵なお召し物。メイド服もそうでしたが、なんて繊細で美しい造形なのでしょう。わたくしの衣装に取り入れたいわ」
「それなら国にオルティエの衣装を再現しているデザイナーがいるので……」
「その話、詳しく聞かせてくださるかしら。前言撤回します。是が非でも国交を結びましょう。ライカちゃんにも着せたいし」
「えっ、ボク?」
「そうよ。折角可愛いんだから、武術ばかりしてないでちゃんと着飾りなさい。それに祖龍の爪を賜ったことで、これから沢山お見合いすることになるわ。それ用の衣装を用意しておかないと」
「えー、お見合いなんてしたくないよ」
胸元に下げた指輪を指で触りながら、ちらちらとシキを見るライカ。
「ラトピア。乗り気になったのはいいけど、こちらの話を進めさせてくれ」
カルナノーラが用意した親書の内容は以下になる。
・ブレイル獣王国について自己紹介
・レドーク王国に所属するシキに、国家存亡の危機を救ってもらったことへのお礼
・これを機に国交を結ぶ用意があること
・外交窓口として山脈に住んでいた翼人族を派遣する予定があること
・国交を結ぶ意思の有無に関わらず、シキ及び王国への報奨を予定していること
「そういえば翼人族は山脈を越えていたんでしたっけ」
「ああ、〈克己の逆塔〉の管理者としてね。ただ十年前にレドーク王国と繋がる洞窟が塞がった際に撤収している」
シキはかつて山脈を捜査した時に、翼人族の廃村を見つけたことを思い出す。
当初、洞窟を塞いだのはエフェメラだと予想していた。
だが真犯人は〈奈落の王〉であったことが祖龍によって明らかにされている。
「シキ殿は塞がっていた洞窟に穴を開けて、ブレイル獣王国にやってきたということでよいかな?」
「ええ、そうです」
「それなら派遣する翼人族も〈克己の逆塔〉を使うことが可能か……いやしかし、洞窟の外はレドーク王国か。許可を得る前だと領土侵犯になってしまうか」
「大丈夫だと思いますよ。洞窟の外は未開の森なので、はっきりとした領土というわけでもないですし。最寄りの村人も翼人族を認知してましたし、俺がフォローしますよ」
翼人族とはいえあの山脈を越えるのは大変だろう。
険しい山間にあった廃村を見ていたが故に、シキは気を遣った。
「そんな安請け合いをしてしまっていいのか? 辺境伯とはいえ他領に干渉はまずいのでは。もちろんこちらとしては有難いが」
カルナノーラの懸念はもっともだ。
それについては空中に浮かぶオルティエが反論する。
「心配には及びません。先ほど説明した通りシキ様はレドーク王国においても救国の英雄です。また王族の血筋でもあるため、本来なら国政に携わっても良いくらいなのです」
「王族!?」
皆の視線がシキ、それからエフェメラへと向けられる。
「あ、いえ。私はレドーク王国の隣、エルワン王国の伯爵家の娘です。しかも養子なので……ただ、この子の父親は国王の弟なので、王族で間違いありません」
「ほお……」
「まさか王族とはね」
珍しく王族であることを持ち上げるなぁ。
シキがオルティエを見上げると、彼女は腰に手を当てドヤ顔を決めていた。
マスターが尊ばれるのが嬉しいのだろう。
―――オルティエ自身は、王族の血筋が尊いとは
単に現地人にもわかりやすいステータスだから、マスターの偉大さを誇示するのに利用している。
ただそれだけであった。