精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
ジルクバルド・レドーク第一王子は無能なフリをしている。
これは家臣はもちろんのこと、家族である王族にも知られていない。
知られてはいけない。
ジルクバルド第一王子は主体性がなく、最大勢力の派閥に守られているだけの暗愚王子。
誰もがそう思っているだろう。
ジルクバルドは父であるアレクサンド国王を見て学んだ。
国の運営だけなら優れた王などいらないと。
少なくともレドーク王国においてはそうだ。
レドーク王国は建国332年の歴史を持ち、これは周辺諸国の中でも長い部類に入る。
国が長く続いている理由は、王家の力が強いからではなく、王家を支持する派閥の力が強いからであった。
既得権益を支配する保守派が派閥全体の過半数を締めている。
王族がこれを支持する限り国が転覆することはない。
王族はこの保守派に迎合しなければ排除される。
保守派内の各貴族も、出しゃばれば他貴族から集中攻撃を受けて排除される。
王族は貴族同士が直接争わないよう沙汰を下す役目で、持ちつ持たれつの関係にあった。
アレクサンドは現状維持で満足しているようだが、ジルクバルドは違う。
無能な演技も楽じゃないが、相手の油断を誘うのには使えた。
保守派の有力貴族を
女を侍らせ酒も進めば自然と口は軽くなる。
本人ですら翌朝には忘れているような会話の内容を、まさか暗愚王子が一言一句、
ジルクバルドは【智慧神の加護】の
これは脳内に映像や文章を記録し、編集管理できる能力である。
もしシキがこの能力のことを知れば、「表計算ソフトみたいだね。関数は使えるの?」と聞いていたことだろう。
〈脳内記録〉を持っていることは誰にも教えていない。
幼い頃に〈脳内記録〉だと気付かずに能力を使っていて、物覚えの良い神童としてもてはやされた時期があった。
しかしある事件を切っ掛けに、ジルクバルドは自身の実力を隠すようになる。
ジルクバルドは夜会で手に入れた情報の裏取りを必ずしていた。
酒の席での言葉というのは、虚実が入り混じっているものだからだ。
密偵に調査させ、報告資料は報告後に全て焼却処分するよう指示する。
表向きの処分理由は「裏取りしていたという証拠を残さない」ため。
さっと目を通しただけで資料を投げ返してくるジルクバルドを見て、密偵は「内容も碌に確認しない暗愚王子」と蔑んでいたことだろう。
実際は〈脳内記録〉を使い完全に記録しているのだが。
証拠を残すのは王位を継いでからだ。
それまでは保守派に敵と悟られてはまずい。
ジルクバルドの目標は保守派の打倒……いや、浄化である。
保守派の中には既得権益を守るためなら何でもする邪悪な、膿のような連中がいた。
そいつらだけは絶対に許さない。
ジルクバルドは毎晩一人になると、〈脳内記録〉のとあるフォルダを開く。
そこには
彼女はジルクバルドの元婚約者で、八歳の頃に保守派の内部争いの余波を受けて毒殺された。
画像を見ながら酒を煽り、彼女との思い出に浸る。
そして復讐心を募らせる。
記録の中の彼女は昔と何一つ変わらない。
ジルクバルドに向かって優しく微笑み続けていた。
叔父であるコンスタンティンが台頭してきた時は肝を冷やした。
自分が王位につく前に全てが終わってしまうかもしれない。
復讐対象が滅ぶのであれば、そのまま叔父に任せてもよかった。
集めた情報を根拠に〈未来予知〉すれば、確実に追い詰められるだろう。
しかし叔父は政争に敗れ、表舞台から姿を消してしまった。
やはり自分でやるしかない。
そう誓って力を貯め続けていたが、今度はシキ・エンフィールドが現れた。
エンフィールド家は332年間、精霊を使い樹海からの魔獣の侵攻を止め続けていたのだという。
シキの代になって精霊の力が増したそうだが、あんなものが精霊なわけがない。
御前試合を見たが〈雷霆〉の攻撃を易々と防ぎ、最後は魔力が尽きたなどと適当なことを言って降参していた。
その場では弟に合わせて適当に精霊の美貌を褒めておいたが、背筋を冷や汗が伝う。
あれはレドーク王国を根底から覆しかねない。
下手をすれば国が亡ぶ。
彼女はそれを望んでいない。
どうやってシキ・エンフィールドに接触しようか。
機会を伺っているうちに事態は急変する。
哀れにも弟のレカールキスタ第二王子が邪人に操られ、王城が戦場と化す。
やはりこの国は滅ぶ運命かと諦めかけたが、颯爽と現れたシキと精霊が亜神にまで格を上げた邪人を打ち倒した。
救国の英雄の誕生である。
今度こそ自分の王位継承はなくなっただろうと思いきや、シキは王位を望まずエンフィールド領に引き籠った。
暗愚王子の演技も最後かと思ったが、まだ続けなければならないようだ。
それとも運命が己の手で復讐を果たせと言っているのか。
第二王子派が壊滅したことにより、国内情勢は目まぐるしく変化した。
アレクサンド国王はこの混乱に乗じて、サンルスカ侯爵家を使い不穏分子の排除に乗り出す。
一時は第二王子派から梯子を外され、凋落の一途を辿るかに思われたサンルスカ侯爵家だったが、驚異的な巻き返しを見せた。
その裏には謎の漆黒の騎士の協力があると、ジルクバルドは密偵から報告を受けている。
正体は全く掴めなかったが。
保守派の膿を出す絶好の機会が訪れた。
この流れに乗り遅れては復讐を果たせない。
ジルクバルドも動こうとした矢先、シキが行方不明だったエフェメラを連れて王都に現れた。
エフェメラのことはジルクバルドも覚えている。
彼女のように政争に巻き込まれた可哀そうな人だ。
ただ彼女とは違い己の身を守る術を持っていたので、城を離れてもきっと何処かで生きている予感はしていた。
「というわけで、南方の隣国ブレイル獣王国で母を見つけ、外様の神を倒して帰ってきました。その結果精霊オルティエの力が増し、人語を理解するようになり、転移の力も手に入れました。あ、転移は消耗が激しいので週に一度しか使えませんので」
王族を集めた打ち合わせの場でシキがそう報告する。
この従弟は一体何を言っているのだろうか?
理解が追い付かずジルクバルドは真顔になった。
周囲の様子を伺うと、父は同じく無表情。
母と妹二人は「さすがシキ」と言わんばかりにドヤ顔でうんうんと頷いていた。
……もはや何も言うまい。
叔父も真顔だが視線はシキに向いておらず、隣のエフェメラの顔を凝視している。
そういえば昔から叔父上はエフェメラに惚れ込んでいた。
顔には出ないが態度に出ていたなと懐かしくなる。
シキは険しい山脈で隔たれている隣国に、いつの間に行っていたのか。
外様の神を倒したと言っているが、亜神の比ではない偉業ではないか。
転移などという恐ろしい能力は聞いたことがない。
そして取って付けたように言った条件が嘘くさい。
衝動的にそう言いたくなったが、シキの背後に控えているオルティエと目が合う。
不敵な笑みを浮かべていた。
―――黙っていろ。
その全てを見透かしているような銀の双眸に言われた気がして、ジルクバルドは言葉を飲み込んだ。
シキはブレイブ獣王国から国交を求める親書を預かってきていた。
親書の対応と転移でエンフィールドへ帰る都合、一週間は王城に滞在するという。
この機会を逃すわけにはいかない。
かつてコンスタンティンは「シキ・エンフィールドには誠実に接することで最も穏便に事が進む」と言っていた。
それに対してジルクバルドは「誠実さは王侯貴族に一番無いもの」と答えたが、無くても絞り出さなければならないだろう。
十三年間続けてきた暗愚王子に、終止符を打つ時が来たのだ。
打ち合わせが進む中、ジルクバルドはひとり密かに大きく息を吐いた。