精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「アートリース伯爵領にある迷宮都市ムルザで、カドナ村の生き残りであるステナさんと再会したのが事の発端です」
「シキはカドナ村のことをよく覚えていましたね、離れ離れになったのは二歳の頃なのでしょう?」
「いえ、ほとんど覚えていませんでした。その後、攫われた俺を買った貴族の話から南方ではないかと予想して、ムルザの冒険者ギルドで情報を募った結果、ステナさんに辿り着いたんです」
実際は前世持ち故にしっかり覚えていたが、言えないのでカバーストーリーを展開する。
エフェメラと共に王城に戻ったシキは、王妃のお茶会に呼ばれていた。
先日の打ち合わせでは概要しか伝えなかったため、詳しい話を聞きたいとせがまれたのだ。
お茶会の面子はフランルージュ王妃、イルミナージェ第一王女、ラシール第二王女。
エフェメラはコンスタンティンの政務に付き添っているのでいなかった。
レドーク王国の男性王族は日頃から政務で忙しいという。
コンスタンティンも朝から働いていて、エフェメラの迎えが早かったのはこのためだった。
「どうやってその〈克己の逆塔〉というのは見つけたんだい?」
「カドナ村と周辺の村々の、村付きの冒険者に聞き込みをしました。すると山脈に住む翼人族と〈克己の逆塔〉の存在が判明したのです」
ジルクバルド第一王子からの質問にシキが答えた。
政務で忙しいはずの彼が、何故かお茶会に参加している。
これはシキ以外にとっても想定外なことのようで、女性陣全員が微妙な顔でジルクバルドを見ていた。
「ふむ、翼人族ね。未開発地域に住む亜人のことは五年程前に、ジョルジュ・アートリース伯爵から聞いたことがあるよ。まさかブレイル獣王国と繋がっていたとは」
「繋がっていたといっても侵略の意図はなく、〈克己の逆塔〉を管理しているだけでしたが」
「私も親書を読ませてもらったよ。亜人の統べる国がまさか隣にあったなんてね。レドーク王国は人族主導で亜人を低く見ている。はっきり言えば差別しているから、我が国と国交を結ぶのであれば、準備を慎重に進めなければ―――」
「お兄様。お兄様ばかりお話しないで」
我慢できなくなったラシールがぴしゃりと言い放つ。
頬は不満げに膨らんでいた。
「そうですよお兄様、このお茶会のホストはお母様です。立場をわきまえてください」
「わかった、わかったよ。そんなに目くじらを立てるな。君たちも知っている通り、私はこういったお茶会に不慣れなんだ。許してくれ」
降参とばかりにジルクバルドが両手を上げる。
不慣れなお茶会の場に何故現れたのか。
王族姉妹は兄に警戒の眼差しを向け、母たる王妃はその様子を興味深げに観察している。
シキとしてもジルクバルドの言動には違和感を感じていた。
もっとぱっとしないというか、冴えないというか、影が薄いというか。
とにかく主体性のない感じだったのだが、今日は随分と積極的だ。
「確かに双方の種族差については留意すべきでしょう。ですが国交を結ぶための、物理的な道を作ることが先決です。〈克己の逆塔〉が両国を繋ぐ門になるという認識でよいのですね?」
「はい。〈克己の逆塔〉は神の眷属である祖龍が管理しているのですが、本人も乗り気です」
「神の眷属……。私たちからすると亜神ベリーズのような、恐ろしい存在を想像してしまうわね」
「あー、普段は白いカバの子供の姿をしているので、怖さも威厳もないですよ」
フランルージュが心配そうに眉をひそめたので、シキはそうフォローした。
祖龍本人が聞けは「全然フォローになってないのだ!」とか言いそうだが。
「というか、国交を結んじゃっていいんですか? 正直言って労力に見合った利益が出るとは思えないんですが」
〈克己の逆塔〉から7kmほど森林を北上した場所にカドナ村がある。
カドナ村も現在は廃村なので、更に5km北に位置するロシェという街から道を開拓する必要があった。
シキたちが整備した、エンフィールド辺境伯領と主要街道を結ぶ道より倍以上長い。
「交易はお互いをより深く理解しあってからで問題ありません、ですから当面は利益度外視です。隣国との連絡窓口があるということが重要なのです。そうですよね? お母様」
「ええ、そうよ」
フランルージュが頷いたのを確認してから、イルミナージェが説明を続ける。
「一番欲しいのは隣国の情報です。こちらに対して敵意をもっていないか、侵略してくるおそれはないかを、国交の中で見極めることができます。険しい山脈に阻まれているから大丈夫だろう、などと楽観視できたのはこれまでの話。〈克己の逆塔〉という抜け道があると発覚した以上は警戒が必要です。国交がなくても偵察や監視は可能でしょう。ですがそれだけでは侵略そのものを防ぐことはできません。国交があれば事前に相手と交渉し、侵略を回避できるかもしれません。つまり国交とは国防の手段でもあるのです」
「おお~」
「ご清聴ありがとうございます」
シキが感嘆の声を上げると、イルミナージェが冗談めかして一礼する。
頬が上気しているので照れ隠しだ。
一方で姉にいいところを持っていかれたラシールは、再び不満そうに頬を膨らませながら議論に加わった。
「利益が二の次なのはそうですが、逆に言えば二番目には必要になるということ。そこで僕、ラシールがアートリース伯爵領南部開拓の陣頭指揮を執ります」
「なっ! 抜け駆けはずるいですよラシィ」
「ナージェお姉様はエンフィールド辺境伯領の開拓支援を任されているではありませんか。そっちのほうがずるいです。それとも僕にも一枚噛ませてくれますか?」
「うっ、それは」
「ほらずるいーー」
「およしなさい二人とも。そういうのは殿方の見ていない場所でやりなさい」
あ、喧嘩を止めるわけじゃないんだ。
などと思ったシキである。
レドークの女性王族は政治に参加させない慣習があると聞いていたが、このお茶会はもはや会議だ。
「そもそもアートリース伯爵領は第一王子派でしょうに。第二王女派は第一王子派に迎合するのかしら?」
「えーーーーーーー」
心底嫌そうにするラシール。
「派閥の再編はまだまだ過渡期。第一王子派、第一王女派、王弟派、第二王女派、そして辺境伯派」
「うん? 今なんか聞いたことない派閥が」
「完全迎合せずとも協力関係、連立するのもひとつの手でしょう。そういえばここに丁度第一王子派の長がいますね」
先程とは打って変わって黙り込んでいたジルクバルドに視線が集まる。
「ラシール、ジルクバルドに直接交渉してみてはどう? それともいつも通り宰相への伝書鳩になるだけだから無意味かしら?」
フランルージュが妙に煽りつつジルクバルドへ水を向ける。
まるで何かを確認するかのよう。
数秒間見つめ合った後、ジルクバルドが肩をすくめた。
「嫌だなぁ母上、可愛い妹の頼みを断るわけないじゃないですか」
「え」
「……そんなに引かないでくれ我が妹よ。アートリース伯爵領は〈星屑の迷宮〉の維持管理で手一杯。南部開拓となれば、外部の手を借りる必要があるでしょう」
迷宮都市ムルザにある〈星屑の迷宮〉からは、様々な魔獣の素材、宝物、資源が産出される。
それらは非常に有用であり、派閥の資金源にもなっているため蔑ろにできない。
「国交のための開拓となれば、王国肝入りの事業となる。相応の組織力が必要になるが、派閥再編の過渡期に、肝入りとはいえ南部の辺境で指揮を取りたがる貴族はいないでしょう。ナージェの言う通り利益が出るかは不透明。国交樹立という名誉だけで動く貴族は残念ながら少ない。そこで母上、提案なのですが」
「なんでしょう?」
「解体した第二王子派の無所属貴族の中にいくつか、私が弱みを握っている連中がいます。脅すか粛清して乗っ取り、南部開拓に参加させましょう。お勧めは奴隷労働者を沢山扱っているガスレット子爵家ですね」
「!?」
その名を聞いて、シキは思わず立ち上がる。
ガスレット子爵家とは、幼い頃のシキを買った貴族であった。