精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「ガスレット子爵家は、当時二歳のマスターを非合法の、違法奴隷として購入した貴族ですね」
突如出現したオルティエが、当たり前のように会話へ参加する。
表示設定をオフからオンに切り替えただけなので、シキの視界には最初からいた。
「せ、精霊殿、いらっしゃったのですか。こう言っては失礼かもしれませんが、姿を消されている時に不快な思いをなさらぬよう、城の者たちに軽口は控えるよう通達したほうがよさそうですね」
動揺して余計なことを口走ってしまうジルクバルド。
その一方でオルティエの発言を聞いて、ぎくりと肩を震わせたのはシキである。
ちょっとオルティエさん? なんで持ってる情報をバラしたの?
訴えるように視線を送ると彼女は悠然と微笑んだ。
『ご安心ください。こちらは情報戦も可能。故に侮るべからず。そう警告しただけです』
「精霊殿はなんと?」
「……えーっと、姿を消していてもオルティエ
嘘ではない。
シキの側を離れて諜報活動しているのは、リファの鼠型ドローンなので。
それならそれでどうやって情報収集しているんだ。
と言いたくなるのだが、不敵な笑みを浮かべながら睥睨するオルティエを見て、黙らざるを得ない王族たちであった。
「それでガスレット子爵家ですが、代々奴隷商として栄えてきた貴族で、一時期は悪い噂が絶えませんでした」
オルティエの威圧にたじろいだジルクバルドだが、すぐに説明を再開する。
それは今から十年ほど前。
ガスレット子爵家が違法奴隷で商売をしているという噂であった。
レドーク王国において奴隷は法律で認められている。
元日本人のシキが奴隷と聞くと印象が悪いが、奴隷には奴隷という身分が保障されていた。
奴隷の買い主は、奴隷の生活を保障しなければならない。
イメージとしては丁稚奉公や小作人に近いだろうか。
自由には責任が伴うが、逆に言えば自由と引き換えに責任を放棄することもできる。
食い詰めた弱者が衣食住を求めて、自ら奴隷になるというのはよくある話であった。
成人なら自分の意思で、未成年なら親の意思で奴隷になれる。
後者については世知辛い話だが、寒村では口減らしをしなければ、村が滅ぶこともあるため仕方ない。
子は親の財産という扱いであった。
また刑罰としての奴隷もある。
犯罪奴隷と呼ばれ、鉱山送りや戦闘奴隷にされることが多い。
先に述べた奴隷は一般奴隷や契約奴隷と呼ばれ、犯罪奴隷とは区別された。
奴隷身分が法律で認められている以上、各地の領主貴族は奴隷が適切に扱われているか、監督する義務が発生する。
ところが、奴隷全員が順風満帆な奴隷生活を送れているわけでもない。
奴隷の生活保障の定義が漠然としているため、各貴族の裁量に任されているからだ。
極端な話だと、死ななければセーフというレベルの、酷い扱いを受ける奴隷も少なくなかった。
残念ながら法律上はそれでも問題ない。
法律とは貴族が都合よく解釈できるよう、わざと曖昧に設定されているからだ。
その一方で奴隷を大切にする貴族もいた。
待遇が悪いと奴隷になるくらいなら……と死を選ぶ者や、他の領地に流れる者も増えるだろう。
奴隷とは労働力だ。
労働力を必要とする領地であれば、奴隷を使い潰したり流出させるなどもってのほか。
必然的に奴隷の待遇は良くなるのであった。
今後のエンフィールド辺境伯領の発展を考えるならば、奴隷を使う機会もあるだろう。
その時は好待遇で迎えなければと、固く誓う元奴隷のシキである。
さて話を戻すと、一般奴隷と犯罪奴隷以外の奴隷はすべて違法奴隷だ。
誘拐や魔術具〈隷属の円環〉で、承諾を得ず強引に奴隷にさせられた者が当てはまる。
愛玩用、人体実験用、生け贄用、etc……
違法奴隷の扱いは、当然違法なものとなる。
「ガスレット子爵家は違法奴隷を調達、販売を取り仕切っていましたが、実行役は別にいて、トラステン男爵家に任せていました。こちらはご存知の通り、〈剣姫〉エリンによって罪が暴かれ、男爵家は取り潰されています。シキ殿は二度、誘拐されたんだったな」
「はい、そうです」
「マスター、その先の説明はお任せください」
シキに代わってオルティエがシキの半生を語る。
一度目の誘拐はカドナ村脱出直後の二歳の頃。
人攫いに掴まり王都まで運ばれ、ガスレット子爵家に買われた。
その二年後、四歳になったシキはガスレット子爵家の屋敷を脱走。
スラム街の孤児を経て孤児院に入った。
更に四年経過し八歳になると、今度はトラステン男爵家が雇った人攫いに誘拐される。
時期を同じくして、エリンは故郷を離れ冒険者として活動していた。
既に〈剣姫〉という二つ名を持ち活躍していて、その強さを買われてある貴族から〈商品〉を運ぶ商隊の護衛を依頼される。
「エリン様が中身を知らずに護衛していた〈商品〉というのが、マスターのような珍しい子供たちでした。その貴族とはトラステン男爵家のことで、違法奴隷を他国に売ろうとしていたのです」
〈商品〉のシキが脱走し、護衛のエリンに話したことで全てが露見。
最終的にトラステン男爵家は取り潰しになる事件となった。
「ですが取り潰しになったトラステン男爵家は違法奴隷を売買する組織の、ほんの一部分で黒幕が別にいました。マスターの存在は黒幕に知られているので、エリン様は保護する目的で養子にしたのです」
ちなみにその時のシキは覚悟が決まりまくっていた。
若干八歳にして違法奴隷売買の証拠を揃え、他の子供たちを守るために最後は貴族を手に掛けようとする。
そんな子供とは思えない気概を発揮したシキに、エリンは惚れたのであった。
「精霊殿のご説明の通りトラステン男爵家は潰れましたが、黒幕ことガスレット子爵家は証拠不十分でお咎めなしとなりました」
「そういえば俺が最初にガスレット子爵家に買われた件も、特に追及はないんですか?」
「そちらも証拠は一切出なかったよ。シキ殿を誘拐した人攫いの素性も不明。まぁとっくに処分されてるだろうね」
「むう。どうしてお兄様が、隙のないガスレット子爵家の弱みを握っているの? 僕とお姉様でも苦戦しているのに」
イルミナージェとラシールもガスレット子爵家を追っていたのだが、先を越されてラシールが悔しそうに頬を膨らませた。
五歳児にしては聡明過ぎる彼女だが、感情の制御はまだまだ未熟である。
「私も夜会で無意味に飲んだくれてはいないのさ。証拠は残念ながら残っていないが、手掛かりは掴んでいる。一年前の夜会でのことだ。べろべろに酔ったガスレット子爵家の三男が懺悔してくれたよ。我が家とノーグ侯爵家は秘密裏に、頭の中だけで邪神を崇拝している。邪神の啓示に従って奴隷を集めているのだと」
「「「ええ……」」」
予想の斜め上を行くジルクバルドの説明に、困惑を隠せないシキ、イルミナージェ、ラシールの三名であった。