精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「邪神だなんて……お兄様、それは本当なのですか?」
「どうだろう? ガスレット子爵家の三男、オズワルドの告白だけで証拠はないね」
自分から説明しておきながら、投げやりな回答をするジルクバルド。
イルミナージェの表情が剣呑なものに変わっていく。
「そう怒らないでくれ。詳しく説明するから。しかし今考えると、もし告白を聞いた直後に裏取りしようと動いていたら、私は既に死んでいたかもしれないな。彼が変わってしまったのは一年前のことだ」
オズワルド・ガスレットは当時二十歳。
浅黒い肌に筋骨隆々の偉丈夫で、戦闘系の加護を持つ。
自領の騎士団に所属し活躍していた。
性格も豪快で怖いもの知らず。
ジルクバルドと同い年で派閥も同じということもあり、月に一度は夜会で交流していた。
軍属故に上下関係には厳しく、次期国王であるジルクバルドへも丁寧な対応をするオズワルド。
しかしそれも酒が入る前までの話。
酔っぱらい饒舌になったオズワルドの武勇伝を聞き流すのが、ジルクバルドのいつものパターンであった。
もちろん聞き流すフリをして、騎士団の重要そうな情報は〈脳内記録〉していたが。
そんなオズワルドの様子が夜会で会う度に、少しずつ変化しはじめる。
酒を飲んでもあまり口数が増えず、時折り思いつめたような表情をしている。
それが最初に覚えた違和感だ。
翌月の夜会で会った時は、酒を飲む前から顔色が悪く頬も少しこけていた。
更に翌月になると筋肉は萎み、背中は丸まり、ぎょろりとした目で周囲を不安そうに見回している。
さすがにこれはおかしい。
いくら暗愚なフリをしているといっても、触れないのもおかしいだろう。
「オズワルド、病気を患ったのか? それとも何か心配事か? 自慢の筋肉が見る影もないぞ」
「殿下に言っても何も解決しません」
こいつは……。
心の中で毒づくジルクバルド。
ただその取り繕う余裕もない様子から、言いたくても言えないという葛藤が垣間見えた。
だからジルクバルドはオズワルドに酒を飲ませ続け、ついにその胸の内を吐露させる。
「殿下……ガスレット子爵家は邪神を崇拝しているのです。私は成人前から騎士団に入り家から遠ざかっていたため、知ったのは最近のことです。いつからなのか。その邪神はガスレット子爵家一族の頭の中にいます。久しぶりに父上に会うと、頭の中に直接声が響いてきました。〈いと気高き我らの神からの啓示を拝領せよ〉。あれは本当に父上なのか。いや違う。目を閉じると本当の姿が脳裏に浮かぶ。削ぎ落された鼻と唇。青白い肌はぬめり。指先が紐のようにだらりと伸びている。奴隷を集めろと命令してくる。何年も前から。理由はわからない。いやわかる。勝手に頭の中に入ってくる。無意識が集まってくる。大敵を逃した。だから戦力となる贄が、駒が必要。証拠は残らない。残さない。頭の中にしかいない。逃げられない。家宰が逃げた。首の肉が弾けた。俺も逃げれば弾ける。嫌だ。いやだ。イヤダ……」
「あー。ガスレット子爵家も
吸脳鬼とは外様の神〈悪魔卿〉を崇拝する邪人である。
レドーク王国の南東に位置するペトルス伯爵領も吸脳鬼に支配されていた。
ベリーズ・ペトルス伯爵令嬢に化けた吸脳鬼が、第二王子派に潜り込み国家転覆を目論む。
生贄を使い神格を得ようとしたところをシキが阻止し、滅ぼしたのであった。
「そのようだ。オズワルドが言っていた通り、ガスレット子爵家と違法奴隷の関係を示す物的証拠は一切残っていない。吸脳鬼は仲間同士、遠く離れていても頭の中だけで会話できるんだろう? それなら指示文書のような証拠が残らないのも納得だ」
「まさかベリーズ・ペトルス以外にも吸脳鬼がいたなんて。しかも相当昔から……」
邪人ベリーズはシキのことを大敵と呼んだ。
オズワルドは大敵を逃したと言っている。
その逃したとは、一体いつ頃のことだろうか。
いや、大敵認定されたのは最近だから、辻褄が合わないか?
シキが考え込んでいると、イルミナージェが焦った様子で立ち上がる。
「オズワルドによると、ノーグ侯爵家も邪神を崇拝しているのですよね? 早急に対処しなければ。お兄様、どうしてそのような重要な事を今まで黙っていたのですか」
「対処のしようがないからだよ。物証もないのにナージェはどうやって吸脳鬼を見つけ出すつもりだ? オズワルドの証言を鵜呑みにして断罪するのかい?」
「そ、それは」
「外様の神の尖兵である闇の眷属や邪人というのは、通常であれば体に纏った異質な魔力ですぐにわかる。ところが吸脳鬼はそれすら隠蔽してしまう。はっきり言ってお手上げだ」
ジルクバルドはそう言いつつも、調べられることは密偵に調べさせている。
オズワルドの身辺を調査したが、奴隷商のような怪しい存在との接触は認められなかった。
接触する必要がないのだから当然だろう。
レドーク王国を守護する宮廷魔術師に、隠蔽状態の吸脳鬼を探知できるか問い合わせもした。
恐ろしいことに答えは否。
つまり後手に回らなければならない状況なのであった。
「由々しき事態だが、絶望はしていないよ。何せシキ殿と精霊殿がいるからね」
王族たちの視線がシキとオルティエに集まる。
「精霊殿なら隠蔽状態の吸脳鬼も探知できますよね? 亜神ベリーズとの戦いの際には、肉腫が埋め込まれた城の者たちが救われている」
「ええ探知できるわ。授与式で国内の有力貴族が集まったでしょう? あの中に邪人はいなかったわ」
「おお、それは朗報だ。母上、後で名簿を確認しましょう」
ほらこれだ。
シキと精霊オルティエにかかれば、亜神どころか外様の神そのものすら敵ではない。
332年もの間、完璧過ぎて認知されないレベルで樹海の防衛を行ってきただけはある。
レドーク王国は建国当初からエンフィールド家に依存しているのだ。
エンフィールド家がなくなれば、レドーク王国もなくなる。
当主がシキになってからは活動範囲が国外に広がっていた。
幸いにもシキはエンフィールド辺境伯領を大切にしているので、レドーク王国から出ていくことはなさそうだ。
最悪エンフィールドが独立した国になっても構わない。
樹海からの魔獣の氾濫を防ぐ壁になればいいのだ。
しかし欲を言えばレドーク王国も守って欲しい。
妹たちが妻に収まり守る理由になればいいのだが、シキの反応を見ると微妙なところだ。
普段から美女を侍らせている弊害か、もうすぐ十三歳だというのに異性を意識している様子が見られない。
そんな調子で世継ぎを残せるのだろうか。
死別した少女を想い続けている自分のことを棚に上げて、ジルクバルドは内心でひとりごちる。
一応次期国王であるジルクバルドには婚約者があてがわれているが、お互いに完全な政略結婚であるため、数度面会したきりだった。
次に会うのは結婚式の時だろう。
「授与式にはガスレット子爵家、ノーグ侯爵家、両方の当主が出席していたはずです。ああでも、ガスレット子爵家は直近で代替わりしていましたか。現当主が邪人でないのであれば、その周辺に潜んでいるのかもしれませんね」
「オズワルドも操られている側でした。サンルスカ侯爵家を使って探らせましょう。精霊殿、邪人探しに助力願いたいのですが」
「サンルスカ侯爵家に同行するなら適任者がいます。ですよね、マスター」
「そうだね。ゼーレに任せようか」
「〈漆黒〉殿も邪人を探知できるのですか?」
「強力な魔獣がひしめくエンフィールド大樹海では、そのぐらいできないと役に立ちません。マスターに仕えるなら最低限の能力です」
「最低限……」
オルティエのドヤ顔回答を受けて、ジルクバルドが頬を引きつらせた。
適当に言っているだけのはずだが、言ってる本人は本気っぽいな……。
などと思うシキであった。