精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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274話 放蕩魔術師の決意

 ティオラ・インタリードは元違法奴隷である。

 サーライト・ノーグという悪人に捕まり、幼馴染のアイリス・ルトラ共々 〈隷属の円環〉で体の自由を奪われた。

 

 そして強いられていたとはいえ冒険者狩りに加担し、罪のない者を迷宮内で手にかけてしまう。

 身も心も、自身の名誉も穢れてしまった。

 

 自分のことはどうでもいいが、巻き込んでしまったアイリスだけでも助けなければ。

 しかし魔術具 〈隷属の円環〉が首に付けられているため、サーライトには逆らえない。

 

 この魔術具も違法に入手されたもので、何の制限もなく拘束対象を痛めつける。

 サーライトが念じるだけで首輪の内側から鋭い棘が無数に飛び出し、首と胴体が泣き別れてしまうだろう。

 

 ティオラとアイリスはお互いを人質に取られていたのだ。

 かといってこのまま罪を重ねるわけにはいかない。

 命よりも先に、罪に苛まれ続けるアイリスの心が潰れてしまう。

 

 相打ちになってでもサーライトを殺す。

 そう覚悟を決めたティオラだったが、意外な形で救いの手が差し伸べられる。

 

 シキ・エンフィールドという名の少年が、数人の美女を侍らせながら迷宮攻略をしていた。

 シキたちは美女を見て色欲に目が眩んだサーライトの本性を看破。

 

 襲撃したサーライト、及びティオラたちを返り討ちにしてしまった。

 圧倒的実力差が幸いし、ティオラとアイリス、そしてもう一人の被害者ジェリも生き残る。

 

 生き残ったからには、罪の清算をしなければならない。

 今度こそアイリスの罪も背負おう。

 

 死を覚悟したティオラだったが、またしても救いの手は差し伸べられる。

 二人は処刑されることなく、レドーク王国の暗部、諜報部員として雇われることになったのだ。

 

 表向きは失踪扱いで、貴族令嬢としての人生は捨てることになる。

 その代わり罪自体がなかったことになった。

 

 だから一族に汚名は残らないし、非公式になら家族に会う事すら許されている。

 ルトラ伯爵家の次期当主である弟を大層可愛がっていたアイリスなので、これには泣いて感謝していた。

 

 こうしてティオラはティオ、アイリスはアリスと名を変えて、レドーク王国の裏世界を取り仕切るジーナ・サンルスカ侯爵令嬢の元で働くことになった。

 

 

 

「ガスレット子爵家とノーグ侯爵家が、邪人である吸脳鬼と繋がっているという情報を得たわ」

 

「邪人……」

 

「ノーグ侯爵家……」

 

 ティオとアリスが、それぞれ気になった単語を口にした。

 ここは王都にあるサンルスカ侯爵家の屋敷の一室。

 二人はジーナから今回の作戦内容の説明を受けていた。

 

「王都を攻撃したベリーズ・ペトルスのように、人間に擬態していると思われるのだけれど、ガスレット子爵家とノーグ侯爵家の当主は人間だったわ。精霊オルティエ様が授与式の時に確認したそうよ」

 

 精霊オルティエ。

 ティオたちを助けたシキ・エンフィールドが使役する精霊。

 

 あの精霊の異質さは実際に戦ったのでよくわかった。

 ティオは詠唱した魔術を待機(スタック)させることができる。

 

 要はあらかじめ詠唱して魔術を発動する瞬間で止め、好きなタイミングで起動できるのだ。

 初撃限定且つ変更不可だが、無詠唱で魔術を撃てるようなもの。

 

 待機した魔術に限れば、あの宮廷魔術師最強の一角で、高速詠唱を得意とする〈雷霆〉よりも早いと自負している。

 だがその一撃を精霊オルティエには完璧に防がれたので、その時点でティオの勝ち目は皆無。

 

 伊達に御前試合で〈雷霆〉と引き分けていないというわけか。

 というかオルティエは精霊なのに、魔力を一切纏っていないのが恐ろしい。

 

 魔術師は空気中に漂う魔力を感知することができる。

 五感では説明できないため難しいのだが、強引に例えるなら()()だろうか。

 魔力感知は魔術師の必須能力だ。

 

 相手の魔術の起こりを素早く感知できればできるほど、より適切に対応できる。

 ティオは持っていないが、〈魔眼〉という能力があれば魔力の流れを視認することも可能。

 〈魔眼〉があれば魔術の起こりだけでなく、魔術の種類や軌道も読めるだろう。

 

 ところが精霊オルティエの扱う魔術は魔力を一切感知できない。

 多分〈魔眼〉でも見えない。

 

 しかも無詠唱。

 勝てるわけがない。

 

 上位精霊になると息をするように、手足を動かすかのように魔術を行使するという。

 また人と契約できる精霊は下位から中位に限られ、契約者以外と意思の疎通はできない。

 

 人語を理解し不特定多数と会話が成立するのは上位精霊だけ。

 つまりシキ・エンフィールドは過去に類を見ない、史上最強の精霊使いだ。

 

「ジーナ様。亜神ベリーズ及び吸脳鬼との戦闘記録は読みましたが、宮廷魔術師でも隠蔽状態の吸脳鬼を探知できないのですよね? 今回はシキ様と精霊様が同行されるのですか?」

 

 精霊とは何かしらの事象を司る存在である。

 精霊オルティエは何を司っているのか。

 

 魔術に関する論文を発表したこともあるティオだ。

 精霊オルティエに接触できるチャンスか?

 少しだけ期待したがジーナは首を横に振った。 

 

「辺境伯は忙しい身だから、代わりの従者を派遣して頂くわ」

 

「精霊オルティエ以外にも吸脳鬼を探知できる者がいると?」

 

「ええ、それがいるのよ。()()()とは現地で合流予定よ。というわけで私たちはこれからガスレット子爵領に向かいます。出立の準備をしなさい」

 

 あ、これは間違いなくあの人だな。

 誰かは言わなかったが、ジーナの反応を見れば一目瞭然。

 

 普段は冷静沈着で冷酷なジーナが、乙女の表情をしている。

 頬を上気させうっとりとした様子は、控えめに言って不気味だ。

 乙女の顔が変だとは言わないが、普段とのギャップが酷い。

 

 ジーナがこの表情ということは……。

 ティオがちらりと隣のアリスを見ると、ジーナと同じ乙女の顔をしていた。

 

 ジーナとアリスは、シキ・エンフィールドの従者である〈漆黒〉ゼーレに恋をしている。

 まぁ気持ちはわからないでもない。

 

 既に何度か諜報活動や貴族の粛清で行動を共にしているが、その圧倒的強さには惚れ惚れする。

 粛清対象の貴族が大勢の配下を配備して待ち構えていたこともあったが、ゼーレひとりで千切っては投げ、千切っては投げの大立ち回りで壊滅させてしまった。

 

 実際ゼーレがいなければ、ティオたちは返り討ちに遭っていた可能性が高い。

 それに本人の性格も良く、まるでこれから向かう先が見えているかのような、正確なフォローをかかさなかった。

 

 唯一の欠点は絶対に鎧を脱がないこと。

 生理現象や食事はどうしているのか。

 

 精霊オルティエと同様にゼーレからは魔力を一切感じないので、あの鎧は高性能な魔術具なのだろう。

 巨体の割に気配が希薄なので隠密性にも優れていた。

 気が付いたら姿をくらましていることもしばしば。

 

 ジーナは知らないが、アリスがゼーレに惚れるのは予想外だった。

 低く渋い声から年上の男性だとわかる。

 

 兜を脱いだらイケオジが出てくるに違いない。

 サーライトが最低なクソ野郎だったので、誰にでも優しいゼーレは余計に紳士に映るようだ。

 

 元々異性に耐性のないアリスは、サーライトのせいで男性恐怖症になってしまった。

 異性と対面すると萎縮してしまうアリスだが、ゼーレ相手だとそうはならない。

 

 全身鎧で姿を隠していることがプラスに働いていた。

 ただし、ゼーレへの気持ちが本心かは怪しい。

 

 姿が見えず馴染みやすいゼーレを好きだと思い込むことで、異性全体への恐怖心を和らげようとしているのではないだろうか。

 ティオはそんな気がしていた。

 

 いずれにせよ幼馴染は全力で守らねば。

 ジーナには悪いがゼーレと合流したら、アリスを気にかけてもらうようお願いしよう。

 うっとりしているアリスの顔を見ながら、ティオはそう心に決める。

 

 ちなみに当のアリスは、ティオに顔を見られていることに気付き、慌てて表情を引き締めたがもう遅い。

 恥ずかしさで耳まで真っ赤になっていた。

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