精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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275話 前が見えねェ

「ようこそおいで下さいましたジーナ様。歓迎いたします」

 

 馬車を降りたジーナたちを出迎えたのは、杖を突く腰の曲がった老人だった。

 浅黒い肌は(しわ)だらけで、窪んだ眼窩に収まる目玉はぎょろりとしている。

 

「出迎えありがとう。オズワルド卿」

 

 そう、この老人はガスレット子爵家の三男、オズワルドである。

 とてもジルクバルドと同い年の二十一歳には見えない。

 

 明らかに異常だが、それを訴える者は一人もいないようだ。

 オズワルドと共にジーナたちを出迎えている執事も侍女も、表情ひとつ変えていない。

 

「従者の方はこちらの三名のみですか? 侯爵令嬢であられるジーナ様の共としては随分少ないようですが」

 

「これで全員よ。今回は急ぎの案件だったから最小限で来たの。私の身の回りはこの二人がいれば十分」

 

 ジーナの言葉に合わせて侍女に扮したティオとアリスが一礼する。

 

「そしてもし物騒なことになったとしても、この〈漆黒〉がいるもの」

 

「〈漆黒〉ですか……!?」

 

 既に太陽は沈み、辺りは暗闇に包まれている。

 ガスレット子爵家の屋敷の門に松明が括り付けられているが、当然門の周辺しか照らしていない。

 

 ジーナの背後に控えていた黒い影が、音もなくぬるりと進み出る。

 そこで初めて影の正体が露わになった。

 

「今しがたジーナ嬢より紹介を賜ったゼーレだ。最近は〈漆黒〉と呼ばれている。以後知り置き願おう」

 

 漆黒の鎧を纏った大男が、オズワルドの前で目礼する。

 腰が曲がっている故に、首を傾げるようにして見上げたオズワルドだったが……。

 

「知っていると思うけれど、ゼーレは先の邪人との戦いで活躍し、国王より〈漆黒〉の称号を得ているわ。護衛戦力はゼーレ一人で十分。オズワルド卿?」

 

 オズワルドは杖を取り落とし、見上げた姿勢のまま硬直していた。

 そして両手で自分の首を守るように押さえている。

 集合的無意識から一体何の記憶を拾ったのか。

 

「……はっ、これは失礼しました」

 

「というか、ガスレット子爵家の屋敷でそんな物騒なことにはならないわよね?」

 

「もちろんでございます。さぁ、当主の元へご案内いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

『オズワルドの老け方がやばいね。彼も吸脳鬼の擬態ではなく、本人なんだよね?』

 

『はいマスター。スキャンした結果、屋敷内部に邪人の反応はありません。また肉腫も埋め込まれていません。ですが屋敷の人間全員の頭部―――脳の海馬に異常が見られます。一部記憶を吸われ、改竄されている可能性があります』

 

『うへぇ』

 

 オルティエから恐ろしい報告を受けて、シキの口から変な声が出た。

 

『常識改変とか薄い本だけで十分だぞ』

 

「ウ…ス異本?」

 

「今のは独り言だから気にしないでいいよ、母さん。偶然だろうけどそんな名状しがたい書物でもないから」

 

 エフェメラは〈パイロット登録〉してある。

 これによりスプリガンに〈搭乗〉できるだけでなく、ボイスチャットを聞くことも可能になっていた。

 

 ただしあくまで聞けるだけで、自分の声をボイスチャットで送ることはできない。

 またコンスタンティンも〈パイロット登録〉済みなので同様である。

 

 シキはパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉の中にはいない。

 王都の王城の一室から、小型情報端末(リーコン)が映すガスレット子爵家の屋敷の様子を見ていた。

 

 ジーナは現在ガスレット子爵家の当主と会食中だ。

 その側でティオとアリス、そしてゼーレが待機している。

 

 今回ゼーレの中身は最初からスプリガンに任せ、シキはエフェメラとコンスタンティンに、自身が前世の記憶持ちであることを打ち明けていた。

 シキとして生まれた瞬間から大人としての知性を持っていたと知られて、気味悪がられるかもしれない。

 

 それなりの緊張感を持って告白したシキであったが、両親の反応は嫌悪ではなく納得であった。

 

「どうりで聞き分けのいい子だと思ったわ。夜泣きも全然しないから、ステナさんが驚いていたもの」

 

「その子供らしくない落ち着いた態度と、常識にとらわれない知恵はそのせいか。おかげで未来予知が全く定まらん」

 

「改めて聞くけど俺のことが気色悪くないの? 自分の子供に別人の人格が入ってるんだよ? 本当のシキから体を奪ったようなものだけど」

 

 義理の家族であるロナンドとエリンはまだしも、実の親である二人には負い目を感じていた。

 シキと名付けられた赤子の人生を奪ったことには違いないのだから。

 不安気な表情で見上げる我が子を見て、両親は同時に同じ言葉を放った。

 

「「シキはシキでしょ(だろう)」」

 

「……え?」

 

「その人格というのはよくわからないけれど、最初からシキだったんだから、シキの体はシキのものじゃない?」

 

「いやそうなんだけど、そうじゃないんだ。思いっきり異物が混じっているというか。本来ならもっと普通に成長する子供だったんだよ」

 

「その場合、シキは奴隷として買われたガスレット子爵家から脱走することはできず、エリン・エンフィールドにも出会わず、精霊使いにもならず、エフィは助からなかっただろう」

 

「そうかも……だけど」

 

「シキ、お前のこともエフィの腹の中にいる時に未来予知したが、常に暗闇だった。最初は死産だと思った。ところがある日を過ぎると、急に予知ができるようになった。しかし結果が全く定まらない。現状のように王族と懇意にする光景もあれば、王都を火の海にしている光景も見えた」

 

 それを聞いてシキはかつてオルティエに言われたことを思い出す。

 シキの望みを叶えるのがスプリガンの望み。

 きっと無数にある未来の中には、シキが欲望のままにスプリガンを行使し、世界を蹂躙する選択もあるのだろう。

 

「子供は弱く死にやすい。市井で五歳まで生きる子供がどれだけいると思う? 王族でさえラシールのように五歳まで存在の発表を控えるくらいだ。前世の記憶があるからなんだ? そのおかげで生き延びたのだろう。生き延びた自身の幸運に感謝せず軽んじる行為は、生きたくても生きられず死んでいった子供たちへの侮辱だ」

 

「そんなつもりは」

 

 シキは思い出した。

 この異世界は弱肉強食の世界だということを。

 

 日本のように生まれさえすれば、誰もが健康に育つと勘違いしていた。

 転生して攫われ、脱走し、孤児となり、同年代の子供たちの死を見てきたはずなのに。

 

 スプリガンのマスターとなり危険は増えたが、それ以上の強さも手に入れた。

 この先病気で死ぬことはないし、寿命を超越する可能性すらあるだろう。

 

 現在の環境を当たり前のように思っていた。

 驕りがないかと言えば……

 きっと嘘になる。

 

「もう、コンス。そんなにシキを責めないの。他の子を心配することができる、優しい子なのよ」

 

「その優しさは上に立つ者としては、弱点にしかならない。救えるからといって際限なく救い続ければ、やがてそれは枷となって自身の足を引っ張る。最後は本当に救いたいものすら手から零れる」

 

「コンス」

 

 低い声でエフェメラが叱ると、ようやくコンスタンティンは黙った。

 コンスタンティンの言葉を噛みしめ、愕然としているシキを優しく抱きしめる。

 

「前世の記憶があってもなくても、あなたは私たちの大切な子よ。だからこれだけは言わせて」

 

 

 ―――生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

『マスター、私たちも同じ気持ちです。マスターが現れなければ、我々スプリガンは今も樹海に籠り続けたままでしょう。新たなる使命、新たなる力でマスターに仕えることは至上の喜び。改めてマスターに感謝を』

 

 オルティエが深々と一礼する。

 どうやら一連のやりとりは、音声が各スプリガンにも届けられていたようだ。

 一気にボイスチャットが賑やかになった。

 

『ご主人様、外に出してくれてありがとうございます! お散歩できて嬉しいです!』

『お兄様のために、樹海のお花が綺麗なスポットを見つけましたわ。今度一緒に行きましょう』

『うだうだ悩むなんて大将らしくないぜ。命令さえくれりゃどんな奴でもぶっ飛ばしてやる』

『ごしゅじん落ち込んでるの? なら川原で見つけたとびきりまるい石をあげる。元気出るよ』

『あの、また糧食を使った料理を作りますね。以前美味しそうに食べてもらえたので』

『料理なら私も手伝おうかしら』

『落ち込んだ時こそ別のことで発散しなきゃ。シキくん、お姉さんと一緒に全年齢版の限界を越えてみ―――』

 

『わかった。みんなわかったから。俺こそありがとう。そしてこれからも、よろしくね』

 

 エフェメラに抱きしめられたまま、シキはなんとか声を絞り出す。

 そして涙で視界が滲むので、ごしごしと袖で拭った。

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