精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
その後も農場を何ヵ所か回ったが、奴隷たちの反応は大体同じだった。
今より僻地に飛ばされるかもしれないと聞いて嫌な顔をするが、貢献すれば奴隷解放と追加報酬があると聞くと手の平を翻す。
慌ててアピールしてももう遅い。
そうやって態度を表に出しているから後悔するのだ。
最初から従順なフリをしていれば、買われて開拓地に連れて行ってもらえたかもしれない。
なのに失敗してしまった。
落胆する奴隷たちの気配を背中で感じながら、ジーナが内心でほくそ笑む。
ああ、人間ってなんて愚かなのかしら……おおっと、悪い癖が出たわね。
ゼーレ様に見られないようにしなくちゃ。
扇子で顔を隠しながらジーナは馬車に戻る。
奴隷の態度が悪いからその場で買わなかったわけではない。
今回は奴隷の質を確認するための視察だ。
という表向きの名目通り、後で奴隷をまとめて買い付けてもいいだろう。
奴隷の質はまあまあ良い。
しっかり食べさせているようで、どの奴隷も健康的だった。
態度が悪いから待遇も悪くしてやろう、なんてみみっちいことはしない。
ジーナはただちょっと人間観察が好きなだけである。
「ジーナ様、こちらが最後の農場となります」
ここでも他所と同様の流れだった。
やる気のなかった奴隷たちが慌てふためく姿を見て終了。
結局、違法奴隷も邪人も見つからなかったのだろうか。
ジーナがゼーレをちらりと見ると、漆黒の騎士はおもむろに呟いた。
「闇の臭いがするな」
「は? 臭い、ですか?」
オズワルドが困惑しつつ聞き返した。
兜で頭が隙間なく覆われているのに臭うのか? とでも言いたげだ。
ゼーレは突然、農場内にある屋敷に向かって歩き出した。
屋敷の前にはこちらのやりとりを見ていた農場主の家族がいる。
中年の父母と十代半ばくらいの娘だ。
ゼーレは家族の前まで来ると、冷たい声で言い放った。
「貴様、それで隠れているつもりか?」
「………え?」
何を言われているのかわからない。
そんな反応の娘が呆然とゼーレを見上げる。
怖い騎士に迫られ、怯えた娘の顔色は蒼白。
唇は小刻みに震えていた。
「き、騎士様! 娘が何か粗相をしましたでしょうか!?」
「どけ。残念だがもう手遅れだ」
ゼーレは娘を庇おうとした父親の襟首を掴み、放り投げる。
そして腰に差した剣を抜く。
「うわぁっ」
「あなた! ミア、逃げなさい!」
気丈にも母親が両手を広げて立ちはだかるが、ゼーレは手を出すことなく軽々と飛び越える。
ミアと呼ばれた娘は足をもつれさせながらも、母に言われた通り走り出していた。
だがゼーレからは逃れられない。
一足飛びで追いついたゼーレの剣が翻り、ミアの首元を通過した。
するとミアは糸の切れた操り人形のように、力なく前のめりに地面へと倒れ込む。
華奢な体が地面とぶつかり、僅かな砂塵を巻き起こす。
その上を何かがころころと転がっていく。
それは恐怖に顔を歪めたミアの頭だった。
衝撃的な出来事に誰もが息を飲み、すぐには声を出せない。
最初に声を発したのは、やはり母親だった。
それは悲鳴のような慟哭。
泣き叫びながら娘に近づこうとしたが、またもやゼーレが制止する。
「近づくな。落ち着いてよく見ろ。其方たちの娘は紫色の血を流すのか?」
「え……?」
視線で射殺せそうなほどにゼーレを睨みつけた母親だったが、剣に付着した紫色の粘性のある液体を見て思考が停止する。
それは明らかに人間の血液ではない。
見た目やゼーレを前にした反応も、普通の娘にしか見えなかった。
仮に確証があったとしても、首を刎ねるのは躊躇われるだろう。
並の精神力ではできない。
ところがゼーレは平然とやってのける。
ジーナは密かに、筆舌に尽くしがたい興奮を覚えていた。
「―――何故わかった」
不意に皺枯れた老婆のような声が聞こえる。
声の出所はミアの頭だったものだ。
いつの間にか娘の顔は消え失せ、邪人吸脳鬼の顔に変貌していた。
鼻腔が消失し、口の部分には鋭い歯が生えた
肥大化した紅い瞳には横長の角張った瞳孔が浮かび上がり、ゼーレを地面から睨みつけていた。
「敵に手の内を明かすわけがなかろう。だが貴様らがいくら姿を変えて潜伏したとしても、俺の目を誤魔化せると思うな。とだけは言っておこう」
ゼーレは剣に付いた紫色の体液を振って飛ばす。
切っ先を吸脳鬼の顔に向けて宣言した。
「ふん、さすがは同胞を打ち倒した〈
「貴様は一人だけのようだが、何を企んでいる。十年以上前からガスレット子爵家に取り入っているようだが、その頃から貴様らが〈大敵〉と呼ぶ我が主を狙っていたのか?」
「くけけ……それこそ敵に手の内を明かすわけがなかろうが。支配者たる〈
吸脳鬼が叫ぶのと同時に、首が空中へと浮かび上がる。
鋭い歯が生えた口が内側から捲れ上がり、ぬめぬめとした口腔内が露出。
肥大化を始めた。
花弁のように垂れ下がった無数の歯は真っすぐ伸びると、地面に突き刺さり足の役目を果たす。
上下が逆になった
捲れた口腔内は至る所に口内炎のような白い炎症が発生していて、全体的に赤と白の
見るもおぞましい姿だが、農場内は混乱することなく静けさを保っていた。
何故ならオズワルドと同行した商会の会頭、そして農場にいた父母と奴隷たち全員が呆けた表情のまま、ゼーレたちを取り囲んでいるからだ。
「やはり吸脳鬼の洗脳下だったか。アリス嬢、ティオ嬢、手筈通りジーナ嬢の警護を頼む。俺は吸脳鬼を討つ」
「はい、承知しました」
「わかったわ」
ゼーレは二人の返事を聞いて頷くと、吸脳鬼に向かって突撃した。