精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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277話 名状しがたきもの

 その後も農場を何ヵ所か回ったが、奴隷たちの反応は大体同じだった。

 今より僻地に飛ばされるかもしれないと聞いて嫌な顔をするが、貢献すれば奴隷解放と追加報酬があると聞くと手の平を翻す。

 

 慌ててアピールしてももう遅い。

 そうやって態度を表に出しているから後悔するのだ。

 

 最初から従順なフリをしていれば、買われて開拓地に連れて行ってもらえたかもしれない。

 なのに失敗してしまった。

 

 落胆する奴隷たちの気配を背中で感じながら、ジーナが内心でほくそ笑む。

 ああ、人間ってなんて愚かなのかしら……おおっと、悪い癖が出たわね。

 

 ゼーレ様に見られないようにしなくちゃ。

 扇子で顔を隠しながらジーナは馬車に戻る。

 

 奴隷の態度が悪いからその場で買わなかったわけではない。

 今回は奴隷の質を確認するための視察だ。

 という表向きの名目通り、後で奴隷をまとめて買い付けてもいいだろう。

 

 奴隷の質はまあまあ良い。

 しっかり食べさせているようで、どの奴隷も健康的だった。

 

 態度が悪いから待遇も悪くしてやろう、なんてみみっちいことはしない。

 ジーナはただちょっと人間観察が好きなだけである。

 

「ジーナ様、こちらが最後の農場となります」

 

 ここでも他所と同様の流れだった。

 やる気のなかった奴隷たちが慌てふためく姿を見て終了。

 

 結局、違法奴隷も邪人も見つからなかったのだろうか。

 ジーナがゼーレをちらりと見ると、漆黒の騎士はおもむろに呟いた。

 

「闇の臭いがするな」

 

「は? 臭い、ですか?」

 

 オズワルドが困惑しつつ聞き返した。

 兜で頭が隙間なく覆われているのに臭うのか? とでも言いたげだ。

 

 ゼーレは突然、農場内にある屋敷に向かって歩き出した。

 屋敷の前にはこちらのやりとりを見ていた農場主の家族がいる。

 

 中年の父母と十代半ばくらいの娘だ。

 ゼーレは家族の前まで来ると、冷たい声で言い放った。

 

「貴様、それで隠れているつもりか?」

 

「………え?」

 

 何を言われているのかわからない。

 そんな反応の娘が呆然とゼーレを見上げる。

 

 怖い騎士に迫られ、怯えた娘の顔色は蒼白。

 唇は小刻みに震えていた。

 

「き、騎士様! 娘が何か粗相をしましたでしょうか!?」

 

「どけ。残念だがもう手遅れだ」

 

 ゼーレは娘を庇おうとした父親の襟首を掴み、放り投げる。

 そして腰に差した剣を抜く。

 

「うわぁっ」

 

「あなた! ミア、逃げなさい!」

 

 気丈にも母親が両手を広げて立ちはだかるが、ゼーレは手を出すことなく軽々と飛び越える。

 ミアと呼ばれた娘は足をもつれさせながらも、母に言われた通り走り出していた。

 だがゼーレからは逃れられない。

 

 一足飛びで追いついたゼーレの剣が翻り、ミアの首元を通過した。

 するとミアは糸の切れた操り人形のように、力なく前のめりに地面へと倒れ込む。

 

 華奢な体が地面とぶつかり、僅かな砂塵を巻き起こす。

 その上を何かがころころと転がっていく。

 

 それは恐怖に顔を歪めたミアの頭だった。

 

 衝撃的な出来事に誰もが息を飲み、すぐには声を出せない。

 最初に声を発したのは、やはり母親だった。

 

 それは悲鳴のような慟哭。

 泣き叫びながら娘に近づこうとしたが、またもやゼーレが制止する。

 

「近づくな。落ち着いてよく見ろ。其方たちの娘は紫色の血を流すのか?」

 

「え……?」

 

 視線で射殺せそうなほどにゼーレを睨みつけた母親だったが、剣に付着した紫色の粘性のある液体を見て思考が停止する。

 それは明らかに人間の血液ではない。

 

 見た目やゼーレを前にした反応も、普通の娘にしか見えなかった。

 仮に確証があったとしても、首を刎ねるのは躊躇われるだろう。

 並の精神力ではできない。

 

 ところがゼーレは平然とやってのける。

 ジーナは密かに、筆舌に尽くしがたい興奮を覚えていた。

 

「―――何故わかった」

 

 不意に皺枯れた老婆のような声が聞こえる。

 声の出所はミアの頭だったものだ。

 

 いつの間にか娘の顔は消え失せ、邪人吸脳鬼の顔に変貌していた。

 鼻腔が消失し、口の部分には鋭い歯が生えた(あな)がついている。

 肥大化した紅い瞳には横長の角張った瞳孔が浮かび上がり、ゼーレを地面から睨みつけていた。

 

「敵に手の内を明かすわけがなかろう。だが貴様らがいくら姿を変えて潜伏したとしても、俺の目を誤魔化せると思うな。とだけは言っておこう」

 

 ゼーレは剣に付いた紫色の体液を振って飛ばす。

 切っ先を吸脳鬼の顔に向けて宣言した。

 

「ふん、さすがは同胞を打ち倒した〈大敵(アークエネミー)〉の僕といったところか」

 

「貴様は一人だけのようだが、何を企んでいる。十年以上前からガスレット子爵家に取り入っているようだが、その頃から貴様らが〈大敵〉と呼ぶ我が主を狙っていたのか?」

 

「くけけ……それこそ敵に手の内を明かすわけがなかろうが。支配者たる〈悪魔卿(イビルロード)〉の威光に怯えて暮らすがよい。殉教者たちよ、今こそ〈大敵〉を打ち倒し、神への供物として捧げるのだ!」

 

 吸脳鬼が叫ぶのと同時に、首が空中へと浮かび上がる。

 鋭い歯が生えた口が内側から捲れ上がり、ぬめぬめとした口腔内が露出。

 肥大化を始めた。

 

 花弁のように垂れ下がった無数の歯は真っすぐ伸びると、地面に突き刺さり足の役目を果たす。

 上下が逆になった口蓋垂(こうがいすい)は人の上半身を形作り、吸脳鬼としての新たな目と口になった。

 

 捲れた口腔内は至る所に口内炎のような白い炎症が発生していて、全体的に赤と白の(まだら)模様になっている。

 見るもおぞましい姿だが、農場内は混乱することなく静けさを保っていた。

 

 何故ならオズワルドと同行した商会の会頭、そして農場にいた父母と奴隷たち全員が呆けた表情のまま、ゼーレたちを取り囲んでいるからだ。

 

「やはり吸脳鬼の洗脳下だったか。アリス嬢、ティオ嬢、手筈通りジーナ嬢の警護を頼む。俺は吸脳鬼を討つ」

 

「はい、承知しました」

 

「わかったわ」

 

 ゼーレは二人の返事を聞いて頷くと、吸脳鬼に向かって突撃した。

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