精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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278話 乙女フィルター

 吸脳鬼が操るオズワルドたちの動きは緩慢だ。

 表情は虚ろで目の焦点は合っていないし、歩き方もぎこちない。

 

「まるでゾンビだ」

 

「旦那様?」

 

「ああごめん。食事中に出す単語じゃなかったね」

 

 ルミナにめっ、されてシキが素直に謝る。

 拡張画面にはゾンビとは別ベクトルでグロテスクな吸脳鬼が映っているが、当然口に出してはいけない。

 雰囲気は大事なのだ。

 

 ここはエンフィールド大樹海にある、エイヴェが見つけた綺麗な花が咲き乱れている場所。

 いわゆる映えスポットだ。

 

 なだらかな斜面に背の低い薄紫の花が咲き乱れ、見下ろす限り一面に広がっている。

 シキの前世の記憶と照らし合わせるなら、芝桜(シバザクラ)と似ているだろうか。

 ただ咲いている時期が違うので、芝桜とは似て非なるものなのだが。

 

 シキとルミナ、エイヴェの三人は、レジャーシートを敷いて遅めのランチタイムと洒落込んでいた。

 先日、転生者であることに負い目を感じていたとシキは告白した。

 そんな主を慰撫し、感謝を伝えるべくスプリガンたちが企画した催しである。

 

「吸脳鬼の件は我々スプリガンにお任せください。マスターは休養が必要です」

 

 オルティエはそう言ったが、休養が必要なほど働いていただろうか?

 確かに王都に詰めている間は王族との打ち合わせをしたり、エンフィールド辺境伯として他領貴族との面会に応じていた。

 

 休みらしい休みはなかったが、フルタイムで働いていたわけでもない。

 というか体内に内在するナノマシンのおかげで、体は常にベストコンディションだ。

 

 24時間戦えますか? 多分戦える。

 さすがにそんなことをしたら、オルティエに本気で怒られてしまうが。

 

 休養は半分建前で、本音は他領貴族との面会を制限したかったのだろう。

 何せ貴族からシキへのお見合い攻勢が、これでもかと続いている。

 面会する貴族の大半が年頃の娘を伴うか、お見合い用の姿絵を持参していた。

 

 シキは救国の英雄で王族との関係も良好。

 エンフィールド辺境伯領は開拓ラッシュで今後の発展が見込まれている。

 

 加えて魔素が豊富な樹海産の魔獣素材は上質ときたものだ。

 大きなビジネスチャンスである。

 

 シキが既に王族侯爵で囲まれていたとしても、側室として娘をねじ込みたい。

 出遅れた貴族たちの強い意思が感じられた。

 

 今更ぽっと出の貴族令嬢に靡くつもりはないシキだが、他の女と歓談する様子を見たくないという乙女心もわからなくはない。

 というわけで休養を受け入れたが、戦況は気になる。

 なのでこうして小型情報端末の映像を見ているのであった。

 

「お兄様。はい、あーん」

 

「ん」

 

 エイヴェがフォークに刺した肉を差し出してきたので、口を開けて迎い入れる。

 舌の上に広がるのは懐かしい味だ。

 

「ん~~美味い! なんて言うんだっけ、この肉を甘辛く炒めたやつ」

 

「照り焼きですね」

 

「それだ。前にセラがこの世界の調味料で肉じゃがを作ってくれたけど、それの応用かな?」

 

「はい。醤油とみりんのかわりに魚醤と白ワインを使い、砂糖と魚醤の臭み消しの香草を混ぜ煮詰めて作った、特製照り焼きソースです。セラさんに教わりつつ作ってみました」

 

「素晴らしい、素晴らしいよルミナ! これなら毎日でも食べたいね」

 

「……!? はい! 毎日作ります。毎日……ふわぁ」

 

「あとこのソース、エンフィールドの名物にできないかな? まだアトルランで豆由来の醤油って見つかってないよね。ということは魚醤で代用している限りは独特の臭みを消す香草が肝なわけで、そのレシピさえ秘伝にしとけば真似されにくいし。ああでも砂糖が高いか……ルミナ? 聞いてる?」

 

 色気より食い気。

 照り焼きが美味しくて興奮しているシキだが、ルミナはもっと興奮していて上の空になっていた。

 何故ならシキの言う「毎日照り焼きを作ってくれ」とはすなわち、「毎日味噌汁を作ってくれ」と同じ意味。

 

 これは日本人特有の遠まわしな「結婚してください」というプロポーズの言葉だ。

 ルミナにはそう聞こえていた。

 

 ちなみにシキはそんなニュアンスでは言っていない。

 本当に毎日照り焼きが出てきたら、さぞ困惑することだろう。

 しかし恋する乙女には、そんなことは些事である。

 

 ルミナの顔色が、お風呂でのぼせたかのように真っ赤になっていく。

 誤解しているとはいえ、ルミナの反応が面白くないのはエイヴェだ。

 

「お兄様ぁぁぁぁぁぁ! エイヴェだって、エイヴェだって料理のお手伝いをしたんですよ。それにこのお花畑はどうですか? 感想を聞きたいです!」

 

「うん。手伝ってくれてありがとうエイヴェ。この花畑も凄く綺麗だよ。まるで薄紫色の絨毯がどこまでも広がっているみたいだ。前世の故郷にも似たような花があってね、懐かしい気持ちになったよ。満月の夜に来たら花が照らされてもっと綺麗になりそうだね。今度二人で来ようか」

 

「……!? はいっ! 二人で来ます……ふわぁ」

 

 感謝の気持ちを伝えながら頭を撫でると、エイヴェもルミナと同様に顔が真っ赤になった。

 何故ならシキが「満月(大幅省略)が綺麗だね」と言ったから。

 

 これは日本人特有の遠まわしな「あなたを愛しています」というプロポーズの言葉だ。

 エイヴェにはそう聞こえていた。

 

 今度二人で来ようか、も破壊力抜群だ。

 やっぱりシキはそんなニュアンスでは言っていない。

 恋する乙女の妄想力は無限大である。

 

 さて、二人が自分の世界に旅立ってしまったので、シキは改めて拡張画面に意識を戻す。

 こちらを取り押さえようとする奴隷たちを、アリスが武器の六尺棒(クォータースタッフ)を使って撃退していた。

 

 奴隷たちの動きは戦闘が始まっても鈍い。

 アリスが容赦なく膝関節を六尺棒で殴打すると、奴隷の足が曲がってはいけない方向に折れる。

 痛覚は多少残っているようで、地面に転がった奴隷は痛みでゾンビのようなうめき声をあげていた。

 

 ティオは前衛をアリスに任せ、ジーナを守りながら後退して距離を取っている。

 アリスが突破されたら魔術で迎え撃つことになるが、その場合手加減はできないだろう。

 

『肉腫じゃないおかげで、アリスたちでもなんとかなってるね。てかなんで肉腫じゃないんだろう』

 

『用途が違うのでしょう。肉腫を発動させると宿主は制御不能な怪物になってしまいます。一方で脳を吸うタイプの洗脳であれば、人の姿のまま操ることができます。ただし操る精度は悪いようですが』

 

 ボイスチャットで話しかけると、オルティエからそう返事があった。

 姿は見えないが現場にいるはずだ。

 

『なるほど。ならあとはゼーレが吸脳鬼を倒すだけだね』

 

 シキの言葉に反応するように映像が切り替わる。

 そこでは漆黒の騎士と異形の怪物の、激しい戦闘が繰り広げられていた。

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